若葉集前々月号鑑賞         伊藤たいら

 

 朝妻主宰の第二句集に『伊吹嶺』があります。もう十年ほど前になりますが、その句集のあとがきに「俳句という短詩型には底知れぬ魅力が潜んでいる。その魅力は、魔力と言い換えても不思議ではない」という趣旨の一文があったのを記憶しています。
 今もなお、主宰のおっしゃる、その「魔力」に魅せられながら皆さんの句を鑑賞させていただいています。それにしては拙い鑑賞かも知れませんが。

サックスの音に溶けゆく秋の虹      倉本 明佳

 私の家の近くに見沼田んぼという広々とした野原があります。その野を歩くと、誰もいない野に立ってサックスを吹いている青年がいます。自宅や街中では煩いといわれるからでしょうか。私など、立ち止まって聞き入ってしまいます。柔らかく、かつ、澄んだ透明感のある音色が魅力的です。
 作者も同じような経験をされたのでしょう。その日は、雨が上がったばかりで、空には淡く〈秋の虹〉が立っていたのですね。秋の虹は、とても淡く、すぐ消えてしまうのですが、作者は、そうした秋の虹の様子を〈サックスの音に溶けゆく〉と表現しました。一種の見立てで、好き嫌いのある表現かも知れませんが、サックスの音色を思い浮かべながら読むと、なかなかの魅力ある措辞だと思います。

湯豆腐のぐらり打明け話かな       野村よし子

 湯豆腐の仕上がりを待ちながら友人と屈託のない話をしているのですね。その最中に突然、その友人がどきっとするような打明け話を始めました。聞き入る作者さえ動揺しそうな話だったのでしょう。作者は、そうした心の動揺を主観的な言葉で表現することなく、〈湯豆腐のぐらり〉との措辞に託しました。むしろ、こうした表現の方が作者の心の動きを雄弁に語ってくれていると思います。

嫁ぎきて越えきし道や冬ぬくし      竹中 敏子

 作者のお嫁入りの際に越えて来た道。何年前なのかな、懐かしいですね。それ以来の夫婦の間の様々な出来事、さらには、お子さんの育児や教育のことなど、楽しいことも悩むこともあったことでしょう。
 でも、そうしたことがらの一切を諾い、良き家庭を築いてこられたのでしょう。そうしたことが〈冬ぬくし〉という季語、その一言で見事に言い切っています。

亡き夫と狭庭に植ゑし柿実る       小谷  愛

亡き妻の植ゑし柿の木実のたわわ     髙橋 保博

 「桃栗三年柿八年」という言葉があるように、柿は実るまでに少し長い年月がかかります。亡くなったご主人、あるいは、奥さまと植えた柿の木を仰ぎながら、そのご主人や奥さまの永遠の幸せのシンボルとしてその実りの日を待ちに待っていた作者でしょう。ようやく、しかも〈たわわ〉に実った柿を捥ぎ、遺影の前に供え、一つあるいは二つを分かち合って食べる、涙が出そうな場面です。
 そう言えば、私の亡くなった妻は、枇杷の木を植えました。子どもたちは、その木の枇杷の実をすべて捥ぎ取って持って帰ります。それも、妻を偲ぶ大切な行事の一つになっています。

遠吠えに犬鳴き返す冴ゆる朝       中尾 礼子

 深夜とか早朝の救急車や消防車のサイレンは緊張を呼ぶけど、犬の遠吠えもまたすごく緊張しますね。何となく不気味で。敏感な犬同士だったらなおさらだと思います。だから、遠吠えが遠吠えを呼ぶと言った現象によく出会います。
 こうした寒い中で行き交う遠吠えは、まさに〈冴ゆる〉ものの典型だともいえます。この句の〈冴ゆる〉の季語が動きませんね。

身に入むや母校に子らの声もなし     松谷 忠則

 地方、ことに市部から離れた地域では、少子高齢化が進み、人口の減少も顕著です。子どもをほとんど見かけない村もあります。
 作者の母校も、そんな地域の学校でしょうか。私の田舎も、かつては五、六十人のクラスが一学年に六つぐらいあって賑やかだったのに今は、ひっそりとしています。
 作者は、運動会や七五三の句も作っておられることから想像すると子ども好きな方なのでしょう。そんな母校の情景は、寂しいですよね。こうした少子高齢化、地方の衰退は、日本の将来が大きく傾く可能性のある大きな問題です。

桐一葉一直線に落ちにけり        安齋 行夫

 思わず、虚子の〈桐一葉日当りながら落ちにけり〉という名句を思い出しました。この虚子の句は、葉の表面が広くて日差しを受けやすい、そんなところに着目して落葉するさまを描写したのだと思います。
 桐の落葉は、そんな一面がある一方で、大きく、かなり重いので、すとんと一気に落ちてしまうこともあります。まさに〈一直線に〉です。虚子の句と並べるのは恐れ多いのですが、ともに写生に徹した句と言えるでしょう。

箸袋にしたたむる句や牡丹鍋       井上 浩世

 私の癖を見抜かれているような気分です。一杯飲みながら出されてくる肴を見ながら。ふと一句の浮かぶことがあります。そんなとき、女将さんからペンを借りて箸袋に書き留めておきます。作者も、そんなことをするのですね。
 ことに作者は、牡丹鍋、別名は猪鍋というなかなか口にできない鍋料理、言い換えれば絶好の句材を目の前にしていますから、いろんな句が浮かんで来たのでしょう。