若葉集前々月号鑑賞         伊藤たいら

 

 毎月、皆さまの句を楽しく鑑賞させていただいていますが、このところ、その難しさというか責任の重さを痛感しています。一見、まったくフリーの立場で鑑賞しているのですが、その私の考え方、感じ方、さらには人格さえもがすべて打ち出されてしまうのですね。考えてみると、恐ろしいことです。そうした責任の重さを自覚して、しっかりと鑑賞しなければと思いを新たにしているところです。

草々の中や白百合匂ひ来る        壷井  貞

 夏の盛りに薫り高い優雅な花を咲かせる百合。とりわけ白に紅の斑がある山百合が素敵ですね。藪のような叢の中から顔を出すように伸びて、その香りを放ちます。作者のお詠みになった百合も、きっとそんな山百合なのでしょう。
 カトリックの教会で子どもたちが歌う聖歌にこんなくだりがあります。「マリアさまの心、それは山百合。私たちも欲しい白い山百合」。それはともかく、草々の中の山百合の香りにいち早く気づき、一句にしたためる作者の感性も素敵です。

ビル風に一息入るる残暑かな       福原 正司

 今年の夏は、史上初めてと言ってよいほどの暑さでした。
そして、その暑さは立秋を過ぎても続きました。そんな中、連日、仕事に追われるサラリーマンの方々のご苦労は、並々ならぬものがあったと思います。〈ビル風〉、そんなものは涼しくあるはずはないのですが、そんな〈ビル風〉にも涼しさを求めて〈一息〉入れるサラリーマンに思わず同情してしまいます。俳句は、花鳥諷詠と言いますが、こんな場面の句も味がありますね。

鍬の手を休め聞き入る秋の蟬       関根由美子

 大根、白菜、ブロッコリーなど、秋に種を蒔いたり、植付けをする野菜のために鍬を振るって耕しをしておられる作者ですね。残暑の厳しかった折、ご苦労さまです。
 そんな中で、振るっていた鍬の手を休め、ひと時、秋の蟬の声に聞き入る、よき休息になったことでしょう。秋に育成する野菜は、寒さに触れると甘さが増し、美味しくなるのだそうですね。収穫が楽しみです。

どの寡婦も後悔口に秋暑し        小見 千穂

 今は、法律上の言葉としてしか聞かなくなった〈寡婦〉、夫に先立たれた婦人のことですね。そんなご婦人方が集まって談話をなさっている場面でしょうか。タバコをやめなさいと言っていたのにとか、もっと我儘を許しておけばよかったとか、故人を惜しみつつ話し合っているのでしょうね。私は、寡婦ならぬ寡夫の身なので、〈後悔口に〉の措辞が〈秋暑し〉の措辞と相まって胸が痛むほど身に入みます。
 でも、愚痴であろうとなかろうと、〈後悔口に〉して偲んでくれることは、故人にとっては、一つの救い、ありがたいことだと思います。

語部がまなこで語る敗戦忌        山本 創一

八十年前のあの日の暑さふと       井上 妙子

 八十年前の昭和二十年八月十五日、天皇がラジオを通じて国民に太平洋戦争の終結を伝えた日です。この〈終戦の日〉、また〈敗戦忌〉は、戦争の過ちを反省し、戦死者を悼み、平和を願う日です。さまざまな想いが胸を過る日でもあります。
 山本さんの句。語部の方は、もちろん、敗戦に至るまでの悲惨な出来事を語っているのでしょうが、最も雄弁なのは、悲しみを込めた、その〈まなこ〉なのでしょう。深く身に入む一句です。私も、〈その刹那語部黙す原爆忌〉などと詠んだことがあります。
 井上さんの句。終戦の日あるいは敗戦忌とは言わず、八十年前、ラジオを通して天皇のあのお言葉を聞いた時の暑さを詠んでいます。特に暑かったこの夏、そして、なお紛争が続いている世界情勢を思うと、井上さんの句は、とても雄弁だと思います。

鳥ごゑの静もる夕の花野原        竹中 敏子

 さまざまな花が咲き誇る高原の野、華やかでありながら、もうすぐ枯れていくのだという儚さもあって詩情の溢れる光景ですね。そんな花野に小鳥が鳴いて興を添える、素敵ですね。
 でも、日も短くなって来ました。小鳥たちも、次々と塒に帰り始めたのでしょう。その鳴き声もまばらになって来ました。これまでが華やかであっただけに、ちょっと寂しくなりました。そんな情景を、寂しいとかの主観的な言葉を使わず作者は、〈鳥ごゑの静もる夕〉と表現しました。心情のこもった措辞だと思います。

日焼して似合ふ真白きユニフォーム    岡田  潤

 作者の目にあるのは、甲子園の球児たちでしょうか。それとも、練習で汚れていたユニフォームを洗って試合に臨む草野球の子どもたちでしょうか。どちらであっても、少年たちの練習熱心さを物語る〈日焼〉と真っ白なユニフォームの対比を捉えて、それを〈似合ふ〉の一語で結びつけた巧みな一句だと思います。
 野球少年たちの一途さまで伝わって来ます。

踊る輪へ母が子の背そつと押す      西山 厚生

 踊りの輪に入っていくことをためらっている、ちょっと内気なお子さんなのですね。そんなお子さんを叱るのではなく、〈そつと押す〉ようにして踊りの輪に入れてあげるお母さん。優しいですね。この優しさは、内気な子どもへの対応の秘訣でもあるのです。内気で気弱なお子さんにプレッシャーをかけたり、叱ってはいけない。ますます自分に自信を持てないようになってしまうのだそうです。説教じみて恐縮です。