若葉集前々月号鑑賞         伊藤たいら

 

 以前、句評の中で主宰から「切れがありませんね」と指摘されたことが何度かありました。とても有り難いご指摘で、そのたびに「切れ」の効果というものを考えさせられました。
 そして知ったことの一つは、「切れ」があると五七五の定型と相まって句にリズム感が生まれるということでした。さらに、もう一つ、「切れ」は、この最短の詩の内容を膨らませ、豊かにしてくれるということでした。とは言え、なかなか上手く「切れ」を使いきれませんがチャレンジを続けています。

老斑も包み隠さず更衣          西山 厚生

 私も、このところ胸や背に染みができて年々増えていきます。これは、作者の言う〈老斑〉なのでしょうか。家内にその指摘を受けることがありますが、これは、長年にわたって頑張ったことへの功労賞、勲章みたいなものだよと言い張っています。
 作者も、この私と同じ気持なのかな。そんな染みを気にすることもなくもろ肌を見せて衣更えをしています。加齢のことなど気にせず、この夏も頑張るぞという気概が伝わって来る力強い一句ですね。

蚊を痛打血を分かちたる仲なれど     佐々木一夫

 分かち合う、これは友人や同僚との絆を固くする必須の心がけだと思います。とりわけ〈血を分かちたる仲〉であれば、生涯、綻ぶことのない絆となることでしょう。でも、その相手が〈蚊〉であることは残念ですね。この野郎という感じで蚊を打ってしまいました。いや、打つ瞬間、ちょっと躊躇いを感じたかも知れませんね。ユーモアを感じる一句でもあります。

縁日の金魚いつしかわが家族       溝田 又男

 縁日の夜店で金魚掬いをして買い取った金魚ですね。硝子鉢に入れて部屋に置くと、ちょっとずつ成長し華やぎを添えてくれます。幼い孫たちが遊びに来ているかのようでもあり、まさに〈いつしかわが家族〉のような存在感なのですね。そう言えば、単身赴任の同僚が金魚を飼って寂しさを紛らわしていたという話を聞いたことがあります。私など〈余生にも紅を添えたく金魚飼ふ〉、そんな気分になりそうです。

梅雨の空鷺ゆつたりと西東        扇谷 竹美

 梅雨最中の曇り空を真っ白な鷺が飛ぶ、その対照的な色合い、そして周りは青田が広がり、鷺の白さが一層際立つ、素晴しい情景ですね。〈鷺〉の一語が、さまざまな色合いを読み手の胸に浮かばせる働きをしているのですね。
 また、結びの〈西東〉の措辞によって鷺が梅雨空を行きつ戻りつしている、そんな情景までとらえている、写生の妙ですね。   

青山椒少しの量で主役の座        古谷 清子

 青山椒、その実の佃煮をはじめ煮魚や焼魚はもちろんステーキの類に至るまでの幅広い料理の欠かせないレシピになっているとのこと。そして、その爽やかな香りと辛みが多くの人をとりこにしているのだそうですね。
そんな風に青山椒のとりこになっている人にとって料理の主役は、魚や肉というメインの食材ではなく、味付けや香りのための青山椒が〈主役〉なのですね。味わってみたくなりました。

若竹の盃で飲みほす吟醸酒        山本 創一

 筍が成長し、その皮を脱いだばかりの竹。その青さも瑞々しい、文字通りの若竹ですね。そんな竹を切ってぐい飲み用の猪口にするのですね。旅行中に土産物店で拝見したことがあります。この猪口でぐい飲みしたら美味しいだろうなと思いつつ、飲み過ぎてしまいそうなので買わずに帰りました。
 でも、作者は、そんなことなど恐れずに吟醸酒を一気に飲み干しました。美味しかったでしょうね。

五月晴気持隅まで晴れてゆく       近藤登美子

新緑に鬱てふ病失せにけり        進藤  正

 一読して、たちまち爽快な気分にさせていただきました。歳時記では、五月の副季語に〈聖五月〉が、聖母月の副季語に〈マリアの月〉がありますが、これは、五月の地中海沿岸の明るく、晴れ上がった情景を「アヴェ・マリア、恵みに満ちた方」であるマリアさまに例えたのが始まりだそうです。
 〈気持隅まで晴れてゆく〉と詠んだ近藤さん、五月晴を仰ぐ地中海沿岸の人々も同じ気持だったのでしょうね。
 進藤さんも、五月の新緑の美しさに見惚れているうちに〈鬱〉の気分など何処かに行ってしまった。そんな明るい気持を一句にされました。私も、心の底まで晴れ晴れとさせていただきました。ありがとうございます。

梅雨晴間傘廻し来る下校の子       神出不二子

かき氷口いつぱいの女の子        髙橋 保博

 小学生ぐらいの子でしょうか。その無邪気で可愛らしい仕草を捉えた二句。
 神出さんの句。雨はとうに上がっている梅雨の晴れ間なのに傘を広げ、くるくると回しながら楽しそうに下校する子。可愛いですね。
 髙橋さんの句。暑い日の真昼どきでしょうか。かき氷を口いっぱいに搔きこんでいる女の子。美味しいと言いたいのでしょうが、口を開けば零れてしまう。そんな姿ですね。
 お二人の句、いずれも、さらっと情景を描写しながら子どもたちの可愛らしさを雄弁に伝えてくれる素敵な句だと思います。