若葉集前々月号鑑賞         伊藤たいら

 

 歳時記、いつも手元に置かれていることでしょう。最近、その歳時記を読んでいて気づいたことですが、そこに季語として掲載されている風物の多くは、意外と身近にあり、日常の中で頻繁に出会っているのに気づかず、見逃してしまっていることです。でも、「一見、平凡に見えても、捉えようによっては詩となり、一句を生む泉なのだ」ということに気づきました。そして、歳時記を読むと世の中を見る目が好奇心に満ちたものになって来ました。嬉しく、あらためて、歳時記のありがたさに感謝しています。

千段の石段踏破秋高し          関根由美子

 あの芭蕉の句で有名な山寺にお出でになったのですね。前後の句から想像するに、石段の左右から迫って来る色とりどりの紅葉を楽しみながら千段を登り切った作者です。やったぁと喜びながら澄む空を仰ぎ、深呼吸をされたことでしょう。まさに〈秋高し〉の気分です。
 山寺は、この私も訪れたことがあります。そのときは、真夏の時期で、〈山寺の磴千段に万の蟬〉なんていう句を詠んだ記憶がありますが、関根さんの句を拝読しながら今度は、紅葉の時期に行ってみたくなりました。

焼栗の香る露店に好好爺         山﨑 尚子

 秋祭の境内でしょうか。人の好さそうなお爺さんがニコニコ顔で焼栗を売っている場面です。思わず、ひと袋買って見たくなりますね。きっと、甘くてホコホコとした美味しい焼栗でしょう。焼栗は、調味料などは一切使わずに焼くので、栗本来の食感と甘さがあります。そんな露店が出ているのはどこでしょうか。教えてください。栗が大好きな孫へのお土産にいたします。

テーピング外しゆるりと秋の道      加納 聡子

 以前、この欄で骨折をされた加納さんの句を拝読いたしました。痛々しい句で、早いご回復を祈っていたところです。
 リハビリに励まれていたのでしょうか。〈テーピング外し〉をして、涼しくなった〈秋の道〉を歩けるようになったのですね。よかったです。この〈秋の道〉の措辞から、回復し、涼しく爽やかな想いで散歩などをされている作者の姿を想像し、安堵の気持になっています。

朝霧に包まれてゆくウォーキング     神出不二子

 お元気ですね。この句の前に〈卒寿とて気分は六十路温め酒〉があります。夕食のときに一献傾ける〈温め酒〉が若さを保つ秘訣でしょうか。
 そうした若さを維持しながら朝の霧が立ち込める川辺の道などを散策されている、素晴しいです。
 以前の演歌などでは、霧の道はロマンチックな道としてうたわれていたと思います。作者もきっと、〈朝霧に包まれ〉ながら、ロマンチックなお気持になって散歩を楽しんでおられるのでしょう。私など、そうした作者の気持の持ちようを見習わなければいけませんね。

放牧や太平洋と鰯雲           磯野 洋子

 形容詞や動詞を一切つかわずに、広々とした〈太平洋〉、そして、その上空に果てなく広がる〈鰯雲〉の大景を見事に詠み切って印象深い一句。想像するに、都井岬、そして、その海辺に岬馬が放牧されている、そんな場面でしょうか。岬馬が遠く太平洋を見渡し、そして、その岬馬が嘶くたびに仰ぐ空には鰯雲。
 そうした岬に自分も立っている、そんな気分にさせてもらっています。とても贅沢な気分です。

大の字に親子安らぐ秋日和        竹中 敏子

 明るく温みのある日差しが溢れる秋日和の草原に親子が大の字になって空を仰いでいる情景。その親子はもちろん、この句を拝読している私まで〈安らぐ〉気持になっています。
 きっと、澄み切った青空を仰ぎながら、大人になったら何をしたい?なんて将来の夢を語り合っているのかも知れないですね。最近は、ファミリーレストランの親子が会話もせずにスマートフォンの操作に夢中になっている姿を目にします。そんな現代の風景を目にしている者にとっては、作者の詠まれた親子の姿、とっても素敵です。

無月の空また仰ぎ見て煽り酒       松谷 忠則

 酒、そして、つまむ肴も用意して、中秋の名月が昇り来るのを待っておられた作者でしょう。でも、残念なことに雲が広がり,折角の名月を隠してしまいました。そろそろ雲が切れたかなと〈また仰ぎ見て〉も、残念ながら名月は、雲に隠れたまま。依然として〈無月〉です。
 中秋の名月を仰ぎながらの一献を楽しもうと思っていた作者は、その酒を一気に煽り飲み、憂さを晴らしたのですね。無月ならぬ無念の気持をお察しいたします。でも、無月には無月なりの情があります。楽しみましょう。

風吹きて金木犀の開花知る        山地 高子

 空気の澄み切った朝、風に乗って来る金木犀の香りを追いながら散歩する、とても快適です。作者も、風に漂う甘い香りに金木犀の開花を知り、秋の爽やかさを実感されたことでしょう。
 秋の爽やかさ、様々なことに想いを巡らせるチャンスです。運動会などに代表されるスポーツの秋、文化祭などを通して味わう芸術の秋、さらには、懐かしい詩人などを思い出す読書の秋と言われるように、秋ならではの想いが浮かんで来る季節です。
 作者の〈金木犀の開花知る〉の措辞は、そうした秋の到来、そして深まりを感じる入口だよ、という意味合いを含んでいるのだと思います。そうした秋の情景をロマンを持って受け止め、句づくりに励みましょう。