今月の著作・句集

☆執筆☆播广 義春

坪内稔典著「モーロク日和」

 著者は一九四四年愛媛県佐田岬半島生れ。俳人。京都教育大学・佛教大学名誉教授。公益財団法人柿衛文庫理事長。晩節の言葉を磨く場を標榜する俳句結社「窓の会」の常連。著書に句集『リスボンの窓』(ふらんす堂)、評論集に『老いの俳句』(ウエップ)、『高浜虚子』(ミネルヴァ書房)など多数。
本書は産経新聞大阪版に二〇一六年八月から二〇一七年十二月にかけて連載したもの。このモーロクシリーズは岩波書店から『モーロクのすすめ 10の指南』『ヒマ道楽』の2冊の本になっており、この『モーロク日和』はその続きにあたる。著者は当時、七十二歳~七十三歳、文中の期日などは連載時のままで、春夏秋冬の四章に分かれている。日本近代文学の研究・教育を生業としてきた俳人のエッセー集、軽装の本で気楽に読める。
 新聞の連載は、コロナの時期には『モーロク満開』、その後は『モーロクらんらん』として今なお続いている、という。
創風社出版

竹岡佐緒理著 句集「帰る場所」

 著者は一九八六年愛知県生れ。二〇一三年「鷹」入会、二〇一四年「蒼穹」入会。二〇二一年「鷹」新人賞受賞。現在「鷹」同人・「蒼穹」同人、俳人協会会員。
序は小川軽舟「鷹」主宰による。帯に
帰る場所あるから急ぐ聖夜かな
「帰る場所」があって、また明日出かける先がある。その先々がどんな俳句になっていくのか。(序・小川軽舟)
と記す。以下、同じく自選十句より
冬うらら何もない町だけど好き
旅したし雪降る街に眠りたし
短夜を逃げろとテレビからなのか
新婚のころの梅酒を飲み干しぬ
満月や紐に通して干すピアス
 あとがきに「『帰る場所』は高校の部活動として句作を始めた二〇〇二年から就職、結婚し、一児の母になった二〇二四年までの二九四句を収めた私の第一句集である。編年体ではなく、章ごとに物語を感じるような配置にした。(中略)私にとって俳句は、エッセイのようなものでもあるし、物語のようなものでもあるからだ」と記す。
ふらんす堂

涼野海音著 句集「虹」

 著者は昭和五六年香川県高松市生れ。「白桃」「火星」などを経て、現在「晨」同人。「梓」「いぶき」会員。俳人協会会員。第一句集『一番線』(文學の森、平成二六年)出版。受賞歴 平成二八年第四回星野立子新人賞。二九年第五回俳句四季新人賞、第一回新鋭俳句賞準賞。三〇年第三一回村上鬼城賞正賞。
第二句集で帯に
いくたびも虹仰ぎたる背広かな
「足は地元に、目は全国に」をモットーに、全国の方、百三十名と超結社句会をして早十年が経つ。これからも仲間とともに精進したい。
と記す。以下、同じく自選十句より
未知の空あり風船に青年に
アステカもインカも滅び雲の峰
登高や亡き人の句をつぶやいて
大花野師を追ふやうに雲を追ひ
冬帝や樹のしづけさは墓に似て
「俳句を始めて二十年となる。二十年の間に初学の結社の終刊や身近な句会の閉会を見届けた。今までお世話になった先生方に心より感謝したい」とあとがきに。
ふらんす堂

☆執筆☆小林伊久子

「語りたい俳人」上・下
師を語る友を語る…24人の証言  聞き手・編者 董振華

 高野ムツオ氏が
 本書が、これからの俳句を探る得難いヒントの宝庫であると信ずる。昭和百年、戦後八十年の今年を記念すべき二冊として、一人でも多くの俳句愛好者に読み味わってもらうことを心から願っている。
と「監修者まえがき」に記す。対象とした俳人は、金子兜太ら戦中世代の代表が顔を並べる大正八年生れ以後。語り手は、師としてあるいは友として身近であった俳人に依頼。人選は難渋したが最終的には監修者の独断に拠ったという。
 上巻の第一章は「中原道夫が語る福永耕二」。続いて仁平勝、松尾隆信、西村和子、奥坂まや、岸本尚毅、小澤實、保坂敏子、長谷川櫂、安西篤、筑紫磐井、森澤程らが語る十二章まで。下巻は第十三章から津川絵理子、仲村青彦、井上康明、仲寒蟬、西村我尼吾、山田貴世、角谷昌子、三村純也、中岡毅雄、井上弘美、井口時男、「片山由美子が語る鷹羽狩行」の第二十四章まで。
 二十四人へのインタビュー及び編集校正はすべて董振華。文章を一人語りに統一し、語り手の言葉を伝える。各章末に俳人の二十句と略年譜を記載。  
 下巻の帯は堀田季何氏。
 俳人の人生が死によって完成するならば、その真の姿は、死後の証言によって見えてくるだろう。弟子や友であった24名の俳人たちが語った、愛憎・恩讐・葛藤・苦悩・収穫・結実・栄光の姿が、現代の私たちにいきいきと浮かび上がってくる。
 聞き手・編者の董振華(とうしんか)は、俳人、翻訳家。一九七二年生れ、中国北京出身。平成八年慶應義塾大学留学中、金子兜太に師事して俳句を学び始める。平成一三年「海程」同人。句集『揺藍』『年軽的足跡』『出雲驛站』『聊楽』『静涵』等。随筆『弦歌月舞』。譯書『中国的地震予報』(合訳)、『金子兜太俳句選譯』『黒田杏子俳句選譯』『長谷川櫂俳句選譯』等。映画脚本、漫画等多数。現在「聊楽句会」代表。現代俳句協会評議員、兜太現代俳句新人賞選考委員、俳人協会会員、日本中国文化交流協会会員。
コールサック社

荒井寿一著 句集「麒麟」

 著者は昭和二八年神奈川県生れ。平成一六年「松の花」入会、松尾隆信に師事。一八年「俳句の『もの』についての考察」で「松の花百号記念」評論賞受賞。二二年「松の花」新人賞受賞。同年「誓子における小動物季語について」で「松の花」百五十号記念評論賞受賞。二六年「松の花」賞受賞。俳人協会会員。
 松尾隆信主宰は序に
産まるるは櫻見んため嬰眠る
「家族への愛の目差しが、寿一俳句の原点」「格調の高さは、趣味とする謡の高い修錬があってこそ」と上梓を言祝ぐ。
風船の逡巡のなきのぼりかな
形代のたましひあるは立ちあがり
初日の出胎児は祈るかたちして
悠久を摑みてをりし蟬の殻
銃声一発鹿の眼の裏返る
スペアリブしやぶり尽くせり信長忌
 書名は〈秋風やキリンが死んだ檻一つ〉から。版画家川瀬巴水に魅せられ収集、所蔵の一枚を集に載せる。「一句一句が私自身であり、生きた証」とあとがきに記す第一句集。奥行きのある句集である。
角川書店