巻頭句 東京四季出版「俳句四季」11月号
朝妻 力(雲の峰・春耕)
通夜終へて夜顔香る門を出づ
星月夜何か跳ねたる水の音
文机に筆乾ききる長き夜
合評鼎談 守屋 明俊・山西 雅子・黒岩 徳将
角川「俳句」11月号
作品16句
朝妻 力(雲の峰・春耕)「高野八葉」
【黒岩】虎杖の花や高野へいくまがり
いきなり高野山本番ではなく、連なるように咲く〈虎杖の花〉から始まり、今から高野山に行くぞという雰囲気が出ているのがいいと思います。
渓挟み老鶯声をしぼりあふ
大きな渓谷を挟み向こう側の鳴く鶯の声の綺麗な美しさが〈しぼりあふ〉という言葉で少しだけ切実に見えてくるところも良かった。
【山西】〈しぼりあふ〉なのでオス同士が縄張りを主張して、鳴き声を強く響かせている。響き合っている大きな空間が力強く出てきます。
峰峰は高野八葉鵤鳴く
高野山は極楽浄土にある花弁八枚の蓮の花に譬えられる〈峰峰〉で囲まれています。〈鵤〉という月日星とききなせる美しい声の鳥を持ってこられたことで恰幅のある句になっていると思います。
炎昼や青畝が牡丹詠みし庭
これは阿波野青畝の〈牡丹百二百三百門一つ〉の句でしょう。金剛峯寺にかつては牡丹園があったのですが、今は蟠龍庭という枯山水の庭になった。それを思うと〈炎昼〉という季語が抜群にきいています。炎昼の枯山水の光の向こうに、かつての牡丹が咲き乱れた季節の青畝の句を思う。牡丹句会がありそこで詠まれたのですが、青畝や高浜虚子などあまたの人々がいて、そこで俳句を詠んでいたイメージが沸き立つ。素晴らしく奥行きがある句だと思います。
【守屋】奥の院へ蜩の鳴く道長し
〈奥の院〉まで行く道が長いと感じたのは〈蜩〉が盛んに鳴いていたから。蜩の哀調を帯びた声をずっと聞きながら相当時間をかけて歩いたのではないかと、〈道長し〉に納得した句です。
黒岩 本当に長い道なので〈道長し〉は的確で、語順もいい。字余りになってもここは〈奥の院へ〉と言うべきだと思います。
瑠璃蜥蜴高野の色をちりばめぬ
高野の木が高くそびえ立つ中の、小さい〈瑠璃蜥蜴〉に色が集約されるというのは美しい。
【守屋】青嵐の真中に小林佐兵衛墓碑
幕末から活躍した浪花の侠客小林佐兵衛の墓碑。九歳でもう賭場荒しをしていて十五歳で親分になった人とか。明治以降は亡くなるまで社会事業に尽くした方だったようですね。この句、高野山を吹き抜ける〈青嵐〉が小林佐兵衛の人生そのもの。〈青嵐の真中に〉というのは誠に所を得た表現で、佐兵衛の義侠心への共鳴も感じられた句です。
侠骨と称され佐兵衛墓碑涼し
高野山には芭蕉とか虚子の句碑もあるようですが、そこに〈侠骨〉と称された侠客の墓碑もあって、そういうものも受け容れる高野山の懐の深さに感じ入りました。
【山西】白象師の句碑や御堂や夏深し
一つ前に〈普賢院の庭に虚子句碑したたりぬ〉という句がありますが、その〈普賢院〉を自坊とした森寛紹のこと。全剛峯寺第四百六世座主であり、ホトトギスの俳人で、白象は俳号です。森白象は牡丹句会も立ち上げ、芭蕉を慕って普賢院に芭蕉堂を建てた。芭蕉堂の南と堂の前にご自身の句碑があります。〈夏深し〉という季語がよく働いていると感じました。深い緑の中に、今は亡くなられた人とその人の周りにある人の気持ちが生き生きと深く息づいている。敬いの感じられる句で、同じ俳句の道を歩む者としての、大事な句だと思います。
【黒岩】朝霧を生身御供の僧二人
お坊さんが担いでお供えを届けるところを〈朝霧を〉という言い方にして、少し見えなくなっているお坊さんの不思議感、不可思議さを言えている。いい出会いの句だと思いました。
【山西】〈生身御供〉、一日に二回、お大師様へ食事を運んで一二〇〇年続いているという。いいところを捉えられたと思います。
競詠・新句集の人々
本阿弥書店「俳壇」11月号
秋風裡 浅川加代子(雲の峰)
秋うららつかず離れず猫のゐて
からくりのさやかに出づる亭午かな
阿形ばかり並ぶ宮居や天高し
啄木のやうに手を見る秋風裡
穏やかに笑める菩薩や秋思ふと
虫すだく来布の句碑に蟲塚に
頂に皇子が眠れる紅葉山
本阿弥ライブラリー 今村 恵子
本阿弥書店「俳壇」11月号
『笈摺』 浅川加代子著
姉上を詠んだ句が多く目につくと思っていたら、あとがきを読んで合点がいった。姉上に捧げるために編まれたという。
訪ふ姉に癒ゆる兆しや花柊
白餡の鯛焼提げて姉を訪ふ
マスクして見舞ふ三時のデイルーム
火の恋し姉思ひつつ酌む夜は
笈摺をかけ如月の棺閉づ
各章の表題は、そうした句から付けられたもの。五句目は、
ゆくりなく送る逮夜の灯の朧
と共に姉上が逝去なさった際に詠まれたもの。句集のタイトルにもなっている。
四句目で〈酌む〉のはもちろん日本酒であろう。というのは、
山廃を酌み交はす夜の初鰹
酒盗もて酌む辛口の今年酒
地の酒に添ふるいさきの奉書焼
もう酒好きにしか作れない句が続々と。
吟醸の香のふくいくと江戸切子
熱燗や火だすきほのと古徳利
肴ばかりではない、器にも拘る。
距離をとることにも慣れて冷酒酌む
人と人の間を近づけるのも遠ざけるのも酒のなせる業。
底抜けの上戸がつまむ柏餅
これは自画像だろう。
芝浜を聞きつつ春の夢の中
「芝浜」は呑兵衛のぐうたら亭主が主人公の落語。
酒林吊るし今井の町さやか
〈酒林〉とは杉玉のこと。時は秋なので枯れ色に。吟行をしながら著者の頭の中は、「秋あがり」で占められていたに違いない。
鬼飲みと称しワインと冷し酒
〈鬼飲み〉とは酒や湯茶の毒味のことをいう。ここまで開き直られるとむしろ爽快。女性がジェンダーに縛られずこのような句を臆することなく詠めるとは、つくづくいい時代になったと喜ばしいかぎり。
美人湯の効能少し天高し
河豚食うて五欲なかなか捨てられず
着ぶくれて目指す優先座席かな
率直で人生全肯定の人物像が浮かんでくる。
清々しい印象の句にも惹かれるものがある。
月冴ゆる三つ星縦に従へて
きびきびと草木のかをる薄暑かな
軽やかに走る杼の音夏浅し
(七月十五日 二〇八頁 三〇八〇円)
総合誌の秀句鑑賞 弘 操
梶谷予人主宰「獅林」12月号
「俳壇」10月号
四季巡詠33句「風の盆」より
一稿を上げねば行けぬ風の盆 朝妻 力
(雲の峰・春耕)
「おわら風の盆」は収穫前の稲が台風で害を受けないように、風の神様を鎮めるためと、豊作の祈願が起りといわれている。九月一日から三日間の伝統行事である。
一連の作品三十三句を拝読。それぞれの町流しの見所がさりげなく詠まれていて、三日間の風の盆を堪能できる作品が並んでいる。八月三十一日、作者はやっと予定の原稿を仕上げて床につく。
雨音に目覚むる二百十日かな
秋霖の中をおわらへひた走る
女郎花の咲く石垣の町、坂なだらかな城山に葛の花の甘い香りが漂う。
養蚕の宮を起点に風の盆
新涼や子らがおわらを奉る
先ずは高台にある蚕を奉った若宮八幡宮へ。ここの境内では少女たちがたすき掛けの田植衣装で踊る姿が独特で風情がある。
盆唄や坂来る昼の町流し
明るい時間の町流しでは踊り手の表情や浴衣の美しさや細やかな振り付けが見られる。各地区それぞれの個性を表現した踊りが見もので、見ていて飽きない。
酔芙蓉咲きてしばしの小休止
秋日避け弦のしごきを伝授せり
地方(じかた)と呼ばれる三味線・胡弓・太鼓・囃子・唄い手による哀愁漂う演奏もおわらを一層魅力的なものとし、非日常を感じさせてくれる。そろそろ友待つ馴染みの店へ。
錆鮎を焼く鉢巻の傘寿翁
枝豆や卒寿の女将きびきびと
常連にそれぞれの席新走り
立ち寄る店には懐かしい顔、顔、顔。杯を手に談笑は続く。鮎の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
三味の音や神杉の秀に七日月
弦月を仰ぎおわらの声絞る
盆唄や三味は名うての刀鍛冶
越中おわら節が町に響き渡る。夜は町全体がぼんぼりの灯に包まれて、幻想的な雰囲気が漂う。
三味の音をしばし離れて虫聞きに
秋涼しおわらすぎゆく窓の外
越中八尾九月二日の雨止みぬ
棟梁の撥の競ひも風の盆
おわらの町では棟梁も刀鍛冶も芸達者。広い道では「輪踊り」が名物で観光客も気軽に輪の中に入って踊る。
夜の闇を男踊の指が裂く
秋色を突きて掬ひておわら節
昼と夜で変わる風情を楽しむ。編み笠を目深に被って表情が見えない分、指先の所作の美しさが際立つ。闇を美しく踊るゆったりとした息づかいがいい。
吊橋に立ちて三味待つ風の盆
この場から望む町並みは、石垣の上に軒を連ねる家並の景観がみごと。ぼんぼりに照らしだされた踊りはまさに「おわら風の盆」の醍醐味、町全体が特別の呼吸をしているようだ。訪れる人を別世界へ誘ってくれる……。
くれなゐの濃きあけがたの酔芙蓉
鰯雲あふぎおわらの街を去ぬ
九月三日、早朝作者は「おわら」の朝の空気を胸いっぱい吸って元気に帰路に……。
窓 総合誌俳句鑑賞 汕 としこ
小澤 實主宰「澤」11月号
「俳句」九月号より
青嵐の真中に小林佐兵衛墓碑 朝妻 力
作品16句「高野八葉」より。小林佐兵衛は、司馬遼太郎の小説『俄 浪華遊侠伝』のモデルとなった人物で、幕末から明治にかけて活躍した。数え年十一歳で一家を養わねばならなくなり、賭場荒らしで莫大な金を稼ぎ、遊侠で名を上げた。だが、入れ墨は入れず、米の高騰で苦しむ貧民のために相場破りをするなど異例の侠客で、最後には私財を投じて授産場を開設し、慈善事業に尽くした。その破天荒な男の墓所が高野山の奥の院にある。前後を顧みず、世のため人のためという自らの大義を貫いた彼の生き方を「青嵐の真中に」という措辞が見事にあらわしていると思った。
感銘句逍遥 森野 稔
森野 稔主宰「森」12月号
秋日避け弦のしごきを伝授せり 朝妻 力
「俳壇」十月号の「四季巡詠」は、「風の盆」と題しての三十三句だった。締切日などを考慮すると昨年の越中八尾の風の盆に来訪されて作られた作品を一年間あたためてからの発表と思われる。風の盆の句でよく詠まれる踊りのしぐさの句が少ないのが良い。句からして作者が訪れたのは九月二日だった。当日はときおり雨に悩まされる天候だった。そのことが却って作品に好影響を与えている。さて掲句。日中の風景。地方と呼ばれる胡弓の人たちが、夜の本番に備えて稽古をしているのだ。長老のもとで懸命にそれを習おうとする若い地方。こうした伝統芸能は伝授によって後世に伝わる。「秋日避け」が発見。
今月の俳句 坂東 文子
しなだしん主宰「青山」十二月号
峰峰は高野八葉鵤鳴く 朝妻 力
「俳句」令和七年九月号「高野八葉」より。
高野山とは花弁八枚の蓮の花に見立てた峰々に囲まれた聖地のことであり、「高野山」という地理学上の山は存在しない。夏の高野山で作者は鵤の声を聞かれた。鳴き声を月・日・星と聞きなして、鵤は三光鳥とも呼ばれており、鵤の美しい鳴き声が高野山を輝かしいものにしている。同じ鳥を表す「鵤」と「三光鳥」ではあるが受けるイメージは異なり、霊山には鵤が相応しく思う。
現代俳句月評 苅田きく絵
豊長みのる主宰「風樹」12月号
秋の夜の魔界を紡ぎゆく胡弓 朝妻 力
「俳壇」十月号〈風の盆〉より
「風の盆」、富山県八尾町で行われる行事である。
揃いの法被や浴衣に編笠をつけた踊り手が、三味線、胡弓にあわせて町中を流し歩く。その哀愁漂う音色に魅せられた人が一人またひとり・・・・。
ぼんぼりの灯に泛き上った八尾町の〈秋の夜〉が、おわら節の旋律にのって動き出す、まさに〈魔界を紡ぎゆく〉 かのごとく・・・。
胡弓の哀愁を帯びた音色は、時空を超えて八尾町の闇に呑み込まれていく。
出窓より見た俳句 幸野 久子
丹羽 真一代表「樹」12月号
「俳壇」二〇二五年十月号四季巡詠より
秋色を突きて掬ひておわら節
朝妻 力(雲の峰・春耕)
「風の盆」と題された三十三句の一句である。「おわら」だけで季語として十分に秋の初めの季節感や音、踊りや街も読者に伝えられるのに作者はあえて「秋色」という獏とした秋の気配の季語を置かずにはいられない。それは「突きて掬ひ」の踊りの手の所作が秋の気配の「空」と「気」全てを深い編み笠の中に取り込んでいることを強く意識されたのだろう。
寄贈図書 工藤 泰子
佐藤 宗生顧問「遙照」十二月号
賑やかに小鳥が楡の実を散らす 朝妻 力
人ごゑを恋うて広場へ秋ゆやけ 〃
独りには慣れゐたれども夜の長し 〃
生涯に球蹴る句のみ秋深し 〃
鑑真廟へ誘ふ紙燭虫時雨 吉村 征子
秋深し二十四面千手像 浅川加代子
踊る輪に華やぐ文庫結びかな 井村 啓子
大根蒔く雨の気配の風を背に 高野 清風
拝受俳誌・諸家近詠 徳重 三恵
外山 安龍主宰「半夜」12月号
健気にも今朝一輪の牽牛花 藤田 壽穂
俳句「共鳴」 星野 勝
大垣 奥の細道むすびの地記念館
朝鳥のこゑうるはしき白露かな 朝妻 力
第25回たんば青春俳句祭
細見綾子賞
朝妻 力選 大賞
雁渡る綾子生家に加賀の句碑 由良 裕樹
今年七月、故新田祐久先生邸にあった〈古九谷の深むらさきも雁の頃 綾子〉句碑が綾子生家に移設された。綾子生家を丹波市に寄贈されたご遺族が句碑の移設先を手を尽くして探されたが、石川県内では見つからず、そこを丹波市が引き受けたのだという。掲句はその寿ぎの作品。ご遺族はじめ、関係して下さった皆様に御礼のご挨拶を申し上げた一句である。加賀を入れ、〈雁渡る〉としたのはさすが。綾子門下の端くれとしても感謝という他はない。
選者賞には〈綾子忌や野良着のままに桃食めり〉を選ばせて頂いた。綾子師に〈ふだん着でふだんの心桃の花〉のあることは俳人を嗜む人であれば皆知っている。野良着は掲句の作者にとっての普段着であろうか。
入選の〈綾子忌や零さぬやうに米を研ぎ〉〈根分せし牡丹に雨や綾子の忌〉なども綾子忌を詠んで申し分のない作品であった。また〈農継ぎてまじまじと見る稲の花〉など綾子師から離れた作品も初々しさを感じた。(選と選評 朝妻 力)
細見綾子賞 朝妻力選入選
北嶺の塔に始まる紅葉かな 小林伊久子
茨木市俳句協会 秋の大会
〈茨木市教育委員会賞〉
星月夜村はねむりて星の私語 青木 豊江
〈茨木市俳句協会賞〉
筆談のまなこ生き生き秋高し 船木小夜美
〈高点句賞〉
すり合はす胡桃は自問自答の音 志々見久美
しぐるるや遠まなざしの右近像 浅川加代子
〈選者特別賞〉
高橋 照美(川端康成文学館館長)選
しぐるるや遠まなざしの右近像 浅川加代子
岩井 英雅(会長)選
十日ほどもなかりし秋が深みけり 朝妻 力
甲斐よしあき(副会長)選
すり合はす胡桃は自問自答の音 志々見久美
楢崎美和子(事務局次長)選
胡桃割る一家と言ふも二人きり 西田 洋
来賓・役員選(◎は特選)
高橋 照美選
◎しぐるるや遠まなざしの右近像 浅川加代子
三島忌の一樹を濡らす日照り雨 浅川加代子
朝妻 力選
絵手紙の画材に丁度よき胡桃 堀いちろう
胡桃割るドイツ土産の鋏もて 田中よりこ
星月夜村はねむりて星の私語 青木 豊江
筆談のまなこ生き生き秋高し 船木小夜美
とりどりの赤の彩へる冬紅葉 田中よりこ
しぐるるや遠まなざしの右近像 浅川加代子
岩井 英雅選
◎十日ほどもなかりし秋が深みけり 朝妻 力
胡桃割る信濃の山気吸ひ込みて 浅川加代子
星月夜村はねむりて星の私語 青木 豊江
筆談のまなこ生き生き秋高し 船木小夜美
遊覧船同士手を振る小六月 西田 洋
三島忌の一樹を濡らす日照り雨 浅川加代子
しぐるるや遠まなざしの右近像 浅川加代子
甲斐よしあき選
◎すり合はす胡桃は自問自答の音 志々見久美
筆談のまなこ生き生き秋高し 船木小夜美
藤井なお子選
筆談のまなこ生き生き秋高し 船木小夜美
潔く投句すれども冬の雨 船木小夜美
谷 ゆう子選
しぐるるや遠まなざしの右近像 浅川加代子
岡 清秀選
星月夜村はねむりて星の私語 青木 豊江
朝寒し家庭画報を置く喫茶 堀いちろう
楢崎美和子選
◎胡桃割る一家と言ふも二人きり 西田 洋
互選得点句
星月夜村はねむりて星の私語 青木 豊江
筆談のまなこ生き生き秋高し 船木小夜美
すり合はす胡桃は自問自答の音 志々見久美
しぐるるや遠まなざしの右近像 浅川加代子
胡桃割る一家と言ふも二人きり 西田 洋
三島忌の一樹を濡らす日照り雨 浅川加代子
十日ほどもなかりし秋が深みけり 朝妻 力
絵手紙の画材に丁度よき胡桃 堀いちろう
胡桃割るドイツ土産の鋏もて 田中よりこ
胡桃落つ約束の日の近づきて 船木小夜美
胡桃割る信濃の山気吸ひ込みて 浅川加代子
休講を知らするスマホ胡桃割る 光本 弥観
遊覧船同士手を振る小六月 西田 洋
朝寒し家庭画報を置く喫茶 堀いちろう
とりどりの赤の彩へる冬紅葉 田中よりこ
潔く投句すれども冬の雨 船木小夜美
第30回 草枕国際俳句大会
岸本 尚毅佳作
秋雷に県庁の松倒れけり 小山 禎子
セクト・ポクリット 堀切 克洋氏 HP11月
・コンゲツノハイク
秋夕焼異界の色を醸しつつ 朝妻 力
国境に霧笛の響く晩夏かな 角野 京子
翔平に始まる一日夏旺ん 今村 雅史
原爆忌おこり地蔵といふ地蔵 木原 圭子
上弦の舟かかりたり星今宵 松本 英乃
ひとり守る樺火しづけく灰となる 渡部 芋丸
仏前に足裏白き日焼の子 小林伊久子
・ハイクノミカタ 木曜担当 佐野 瑞季
【冬の季語】根深汁
大凶を引くこんな夜は根深汁 朝妻 力
(「雲の峰」主宰朝妻 力 句集「伊吹嶺」より)
おみくじの結果に一喜一憂する人もいれば、単なる遊びとして見ている人もいる。しかし除夜詣や初詣のように年の区切りとして引くおみくじの結果ならば話は別。大吉を引けば嬉しいし、小吉や凶だと結んで帰った人も少なくないはず。なら大凶はどうか。凶それも大と付けば「お前はどん底からのスタートだ!せいぜい精進せい」と諌められているような心地にもなり、こんな日の夜には何かホッとする温かいものが欲しくなる。ここで登場するのが根深汁だ。
根深とは土を盛り上げて白い部分を長く育てたねぎの別名で、端的に言えばねぎの味噌汁のこと。大凶を引いたら験直しにパッと贅沢な物を食べるのも楽しくていい。しかし掲句からは根深汁という「ハレとケ」の概念なら断然「ケ」にある普通のごはんを食べ、大凶に落ち込みつつも粛々と受け入れる様子が描かれている。中がとろりと煮えた大ぶりのねぎを食べ、旨味が溶けた熱々の汁を啜れば「ま、いっか。頑張ろ!」と前向きな気持ちでホッと息をつく姿も浮かんでくるだろう。
大凶はおみくじの中では最も良くない運勢であるが、裏を返せばこれより落ちることもない。そして根深汁はメインディッシュとしての派手さはないが、だからこそ沈んだ気持ちをニュートラルまで戻してくれる「いつものごはん」だ。落ち込んでもまずはいつも通りの食事をして前を向こう。大丈夫だから。
●月刊「俳句界」 俳句上達の結社選びより
1月号
初電車宮跡左右に見遣りつつ 上西美枝子
初音聞く天下分け目の古戦場 田中よりこ
エネルギードリンク飲みて初運座 関口 ふじ
ミャンマー人の介護師朗ら冬ぬくし 阿山 順子
賽銭に見合ふ願掛け初詣 松谷 忠則
迎春や雲の峰誌を手に取りて 杉山 昇
小謡にお経の節も年男 佐々木一夫
2月号
過去帳のしんがりに兄梅の花 長岡 静子
寒満月八紘一宇祈るごと うすい明笛
中学生の射法八節淑気満つ 冨安トシ子
恙なく何はなくとも年新た 伊藤 葉
初雪やピアスホールの閉ぢ始む 佐野 瑞季
産土に詣で献吟淑気満つ 溝田 又男
霊峰の裾の小里や笹子鳴く 壷井 貞