談話室 ≪総合誌・俳誌から≫

 

 

四季巡詠33句

                 「俳壇」10月号
 風の盆         朝妻  力(雲の峰・春耕)
石垣の街ほろほろと女郎花
城山へ坂なだらかや葛の花
城跡に火伏せの祠秋高し
幹赤き松や色無き風の音
養蚕の宮を起点に風の盆
新涼や子らがおわらを奉る
盆唄や坂来る昼の町流し
秋日避け弦のしごきを伝授せり
酔芙蓉咲きてしばしの小休止
柊は樹齢四百秋涼し
錆鮎を焼く鉢巻の傘寿翁
常連にそれぞれの席新走り
枝豆や卒寿の女将きびきびと
三味の音や神杉の秀に七日月
弦月を仰ぎおわらの声絞る
盆唄や三味は名うての刀鍛冶
秋の夜の魔界を紡ぎゆく胡弓
三味の音をしばし離れて虫聞きに
秋涼しおわらすぎゆく窓の外
朝顔の咲ききつてなほおわら節
一稿を上げねば行けぬ風の盆
雨音に目覚むる二百十日かな
秋霖の中をおわらへひた走る
諏訪町も覗いて雨の風の盆
越中八尾九月二日の雨止みぬ
秋雨の過ぎし闇より三味の音
棟梁の撥の競ひも風の盆
夜の闇を男踊の指が裂く
秋色を突きて掬ひておわら節
吊橋に立ちて三味待つ風の盆
底紅に雨滴の残る坂の町
くれなゐの濃きあけがたの酔芙蓉
鰯雲あふぎおわらの街を去ぬ

本の庭         大高  翔[藍花]

                 「俳壇」10月号
『笈摺』浅川加代子著 本阿弥書店 三〇八〇円(税込)
 あとがきに「一周忌も無事済ませました頃に、姉の墓前に句集を供えたいと」とある第一句集。作者が、十二年前の作句当初から、姉のもとに通い、共に過ごす時を大切にしてきたことが伝わる。
  訪ふ姉に癒ゆる兆しや花柊 
  火の恋し姉思ひつつ酌む夜は 
  笈摺をかけ如月の棺閉づ 
 師・朝妻力氏の序文に「笈摺は、巡礼者などが着物の上に着る、袖無し羽織に似たうすい衣」とあった。姉が「亡き子、亡き夫に会う旅に出る。そこで(中略)笈摺を掛けて送ったのである」と。タイトルとなった句には、作者のかなしみ以上に、姉へのいたわりがあふれている。他に、華やかさ、俳諧味もあり、充実の一冊。
  子の飼へる亀預かりて盆用意 
  預かりし亀を返して芋茎炊く 
 平成二十五年「雲の峰」入会。平成二十八年「雲の峰」同人。

俳壇月評        小山 雄一

          山尾 玉藻主宰「火星」11月号
奥の院へ蜩の鳴く道長し  朝妻  力
朝霧を生身御供の僧二人 
        (『俳句』九月号「高野八葉」より)
 高野山を詠まれた十六句から二句頂いた。一句目、奥の院へは駐車場からうっそうと茂る杉並木を進んでゆくが、院までは結構な距離がある。左右には多くの墓が並び夏でも涼しい風が吹く。霊気を感じつつ鯛の鳴き声を聞きながらゆっくりと歩を進められたのだろう。
 二句目、高野山では弘法大師空海は奥の院の御廟に生身のまま今も深い禅定の中におられ、大師が召し上がる御膳を毎日調理して運ばれる。今朝も朝霧の中を櫃に収めた一汁四菜が僧二人によって運ばれて行く。荘厳な景である。

受贈俳誌を読む      桑田 和子

          桑田 和子主宰「暁」11月号
「雲の峰」(令和七年八月号)
 平成元年十一月、朝妻力主宰が大阪で創刊、主宰。師系皆川盤水。誌名は盤水の〈月山に速力のある雲の峰〉に拠る。季語を生かし日本語を正しく使うことを旨とし「学習する結社」を標榜。通巻四一〇号。月刊
厩より雀とび翔つ銭葵   皆川 盤水
唐突と言へば唐突梅雨明けぬ   朝妻  力
天下異常やうやく蟬の鳴き出しぬ    〃
エアコンに頼りきるなり夜の秋    〃
 朝妻主宰の当月抄はじめ、同人・会員の選、「選後所感」。
主宰の温かい所感が句意に広がりをもたらしている。
 当月抄(常葉集・照葉集・青葉集・若葉集)主宰選より
店先に蚊遣火燻るなんでも屋  中川 晴美
赤人の歌碑に香れる浜おもと  原  茂美
水分の口碑を縷々と宮涼し   吉村 征子
幼子への城主の遺書や梅雨深し 井村 啓子
父の日や書架に褪せたる歎異抄 小澤  巖
伏してなほ夢に散りくる滝桜  大塚 章子
仏頂面の化仏親しや走り梅雨  角野 京子
薫風やみな引分けの泣き相撲  木村てる代
夏の夜の秒を刻める音低し   住田うしほ
青田なほ雨の水輪を描く余地  田中 幸子
胎動の記憶も形見門火焚く   糟谷 倫子
夏木立に岩と見紛ふ呼吸根   松浦 陽子
父知らぬ子と父の日の園歩く  木原 圭子
抱き抱へ米持ち帰るついりかな 伊藤  葉
賑やかに甘藷植ゑゐる全児童  中田美智子
御諸つく三輪に老鶯頻き鳴けり 杉本 綾子
地に近き葉裏にやどる梅雨の蝶 佐々木一夫
本読めと安藤忠雄夏旺ん    山崎 尚子
血圧の薬一粒梅雨深し     福原 正司
草一本にも宿る魂若葉風    宇塚 弘教
 誌上句会・主宰推薦
転がして洗ふ木桶や春日和   深川 隆正
こでまりの向き定まらね卒哭忌 糟谷 倫子
恙がなく五風十雨や種を蒔く  中尾 光子
夏霧の中に豊けき揚子江    髙木 哲也
▽主宰の「常葉集・照葉集・青葉集・若葉集」選後所感
▽伊津野均・光本弥観氏の「主宰作品鑑賞」▽三代川次郎 氏の「常葉・照葉集鑑賞」▽角野京子氏の「青葉集鑑賞」伊藤たいら氏の「若業集鑑賞」▽原茂美・島津康弘両氏の
「青葉・若葉抄」等。益々の御発展を祈念致します。

俳壇の諸作        砂金 祐年

          小川 軽舟主宰「鷹」11月号
皆老いて笑ふほかなし夏の山   春名あけみ
「雲の峰」八月号より。古くからの登山仲間、たとえば学生時代の山岳部の友人たちで、卒業後も折に触れて山行を共にしてきた仲なのだろう。けれども寄る年波には抗えず、今では思うように登れなくなってきている。そんな自分たちにかえって笑いがこぼれてしまったという句である。ペーソスを帯びつつも、句が明るさを失っていないのは「皆」という一字の働きであろう。老いてなお旧友の多くが欠けることなく、しかもアウトドアを楽しんでいることは、思えば実に喜ばしいことなのである。夏の山の強い日差しと濃い緑の中で、老いも衰えも笑いに変えてしまう。まさにその笑いは歳月を超えた友情の証であり、人生を、そして今を謳歌する響きともなっている。

寄贈図書         工藤 泰子

          佐藤 宗生顧問「遙照」六月号
石垣に秋の名草の一つ揺る   朝妻  力
秋夕焼異界の色を醸しつつ   〃
渋滞の先頭をゆく鹿五頭    〃
健気にも今朝一輪の牽牛花   藤田 壽穂
夕端居左派の闘士も好好爺   小澤  巖
鉄砲虫の木屑あらはに楢古木  酒井多加子
渓流の主かとぐずの面がまへ  杉浦 正夫

拝受俳誌・諸家近詠    徳重 三恵

          外山 安龍主宰「半夜」11月号
線香花火明日帰る子が見つめをり 井村 啓子

俳句「共鳴」       星野  勝

          大垣 奥の細道むすびの地記念館
秋夕焼異界の色を醸しつつ    朝妻  力

句集を読む        徳弘賀年子

          桑田 和子主宰「暁」11月号
 『笈摺』は、浅川加代子氏の第一句集である。平成二五年より令和六年までの作品が五章に収められている。句集名「笈摺(おいずり)」は、巡礼者などが着物の上に着る袖無しの羽織に似たうすい衣である。笈を負う時、背の摺れるのを防ぐためという。平成二五年「雲の峰」に入会。朝妻力主宰に師事。平成二八年「雲の峰」同人。令和四年、 雲の峰賞受賞。俳人協会会員。大阪俳人クラブ会員。茨木市俳句協会会員。
 ①粗鋤きの土の匂へる昼下り
 ②二分咲きて姿ととのふ城の
 ③宝塚へ吉弥結びの花衣
 ④鎌足の眠る墳墓や冬ぬくし
①粗鋤きは、稲の植え付け前に乾いた土を耕し細かく砕き地力を向上させる米作作業の一つ。ほろほろと解れた土の匂いが広がる春を象徴する風物詩。②蕾が多く梅の咲き始めの状態で、既に清楚で奥ゆかしくも上品な梅の景を捉えた。③作者は、猛烈な宝塚ファンとある。吉弥結びは、江戸時代元禄のころに流行した女帯の結び方。すっきりとして枠で颯爽と向かう華やかな姿を想像させる。④大化の改新を主導した飛鳥時代の政治家、藤原鎌足。寒い冬の最中の突然の暖かい日。墳墓は、発見時より様々な説を経て鎌足説が確実となり落着。長い歴史を経て大木の下に暖かな日差しを纏い静かに眠る情景を想い起させる。
 ①乗り鉄も撮り鉄も並む雪の駅
 ②尼寺に祀る龍神著莪の花
 ③水切りの跳ねて七連秋気澄む
①乗り鉄、撮り鉄、模型鉄、駅鉄・・と様々な角度から楽しむ鉄道ファン。雪の駅には、それぞれの活動を楽しむ「鉄オタ」が肩を並べる。②龍神は、日本古来の「水」「自然」への崇拝と中国伝来の「龍」が結び付いた天と地を自由に行き来する神聖な存在。尼寺の見事な著莪の花の群生が神秘な風景を深める。③水面に跳ねる水切り七連の飛距離が、秋の空域の澄み渡る様子を深め爽快感に満ちる。
 ①結ひと言ふ良き慣習の溝浚へ
 ②石鹼の泡立ちのよき白露かな
 ③笈摺をかけ如月の棺閉づ
 ④晩鐘の余韻のなかを年来る
①結は古くから農村社会に伝わる相互扶助の協働労働。日常の中にあるこの精神は、都市化しつつある現代に貴重な慣習とみる。②起泡する石鹸の白と草花や木に宿る朝露の透明感が、秋の深まりを感じさせてくれる。③本集は、姉恋の句集という。厳寒の季に亡子と亡夫の下へ送る姉上に笈摺をかける悲哀な心情は計り知れない。④日常への視点を衒いなく詠み続ける作者は更なる詩の世界を生むだろう。

句集紹介         浜田 淳江

          中川 靖子主宰「岩戸」第268号
 『笈摺』   著者  浅川加代子
 著者は昭和二十八年大阪生まれ。平成二十五年「雲の峰」 入会。朝妻力主宰に師事。平成二十八年「雲の峰」同人。 令和四年「雲の峰」賞受賞。俳人協会会員。大阪俳人クラブ会員。茨木市俳句協会会員。
 本書は(花柊)(白餡)(デイルーム)(火の恋し)(笈摺)の五章から成り、三五〇句が纏められている。各章の章題は姉君を詠んだ作品から抽出し、句集名は、
笈摺をかけ如月の棺閉づ
から姉恋の思いの極まった「笈摺」としたと、「雲の峰」の朝妻力主宰が序に代えて記されている。「笈摺」は巡礼者などが着物の上に着る、袖無し羽織に似たうすい衣である。笈を負う時背の摺れるのを防ぐためという。
 あとがきに、朝妻主宰から「推蔽する事の大切さ」、故浅川副主宰から「俳句は季節感とリズムの詩である。」との言葉を頂いたと書かれている。
 姉君の墓前に句集を供えたい思いから編まれた。
 益々のご活躍、ご健吟を祈念申し上げます。
訪ふ姉に癒ゆる兆しや花柊 
白餡の鯛焼提げて姉を訪ふ 
火の恋し姉思ひつつ酌む夜は 
笈摺をかけ如月の棺閉づ
ゆくりなく送る逮夜の灯の朧 

受贈句集等   橋本 石火主宰「ハンザキ」11月号

 第一句集『笈摺』  浅川加代子 「雲の峰」同人
鷽替へて早あたらしき嘘ひとつ
鳥声も木々のそよぎも春隣
あたたかやセルフレジにも返事して
立秋の牛舎にまはる送風機
野地蔵に白き当て子と冬帽子
ゆくりなく送る逮夜の灯の朧
蜥蜴消ゆ螺鈿のやうな尾をみせて
すめらぎを抱き畝傍の山粧ふ

俳句手帖[冬・新年]

          角川書店「俳句」11月号
セーターの袖口のばし立ち話   小林伊久子

令和俳壇    角川書店「俳句」11月号

 白濱一羊選 佳作
イケメンの顔を崩さず三尺寝   小林伊久子
 森田純一郎選 佳作
翔平のビデオ見ながら暑気払   角野 京子
 夏井いつき選 題詠佳作
句点なき日々やひとまづ氷水   小林伊久子

大阪俳人クラブ吟行俳句大会  10月30日

 朝妻  力入選
大極殿遺址碑の上に小鳥が来   播广 義春
秋うららうぐひす張りの音しきり 中尾 謙三
 才野  洋入選
石垣に城の年月鳥渡る      冨安トシ子
 名村早智子入選
雨乞ひの謂れを処々に水の秋   朝妻  力
 森田純一郎入選
秋深し昭和レトロの喫茶店    朝妻  力
 山下 幸典入選
石垣に城の年月鳥渡る      冨安トシ子
 山田 佳乃入選
雨乞ひの謂れを処々に水の秋   朝妻  力
秋うららうぐひす張りの音しきり 中尾 謙三

ながさきピース文化祭   させぼ俳句の祭典

 小林 貴子入選
美しき子でありしと語る長崎忌  香椎みつゑ
 星野 高士入選
鯉の背に紫金一条夏の朝     香椎みつゑ

セクト・ポクリット コンゲツノハイク

          堀切克洋氏ホームページ 9月
鷺容れぬ高さに青田そよぎけり   朝妻  力
逃げきつてふり向いてゐる瑠璃蜥蜴 酒井多加子
薫風やみな引分けの泣き相撲    木村てる代
軽暖やまなぶた重き石の亀     中谷恵美子
胎動の記憶も形見門火焚く     糟谷 倫子
田水張り孤城の如き一軒家     小薮 艶子
地に近き葉裏にやどる梅雨の蝶   佐々木一夫

●月刊「俳句界」  俳句上達の結社選びより
 12月号
遊子めく心地にめぐる枯野道    中川 晴美
鷹来る大原辻の橋の上       小林伊久子
命綱付け空近き松手入れ      横田  恵
禅寺に紅き蒲団の干されあり    隠田恵美子
霜月や飯米備蓄など思ひ      秋山富美子
冬蜂に似たり八十路の我が歩行   大前 繁雄
青春は遥かや凍つる夜の汽笛    片上 信子
 1月号
初電車宮跡左右に見遣りつつ    上西美枝子
初音聞く天下分け目の古戦場    田中よりこ
エネルギードリンク飲みて初運座  関口 ふじ
ミャンマー人の介護師朗ら冬ぬくし 阿山 順子
賽銭に見合ふ願掛け初詣      松谷 忠則
迎春や雲の峰誌を手に取りて    杉山  昇
小謡にお経の節も年男       佐々木一夫