談話室 ≪総合誌・俳誌から≫


海たる過去   朝妻  力(雲の峰・春耕)

      「俳壇」10月号
夏霧に湖族ゆかりの里沈む 
浜昼顔海たる過去を持つ琵琶湖 
川石も砂利もあらはに野洲晩夏 
口開けて貝のころがる旱川 
八月や隠れ場のなき照り返し 
陽に疲れ気味の向日葵うなだれぬ 
夕焼やかぐろく延ぶる比良比叡 
真東に伊吹嶺朝の涼気濃し 
船待てば波止に小風と糸蜻蛉 
秋近き突堤にきく湖の風 
竹生への旅程半時風涼し 
一島に神と仏と雲の峰 
国宝の社殿に来鳴く三光鳥 
夏旺ん翠微に祀る弁財天 
天女かと見えて白鷺舞ひきたる 
真夏日の三重塔朱の新た 
四百年の黐の木に見る小き花 
きざはしを降りては上る残暑中 
竿を成し鵜の戻りくる竹生島 
赤々と明日秋の立つ三上山 
初秋の朝妻港に祖を偲ぶ 
浮く亀の四肢あきらかに水の秋 
朝妻といふ祖の宮や涼新た 
きちかうに戯へて過ぐる宮の風 
菜園の支柱あまさず秋蜻蛉 
秋高し田はそれぞれの色を持ち 
五風十雨莢ふとぶとと胡麻実り 
ありなしの風得て蒲の穂絮舞ふ 
こゑ散らし湖の日散らし小鳥来る 
雲ひとつなくて湖国や秋麗 
水底に水影揺るる鵙日和 
どこよりが原や湖底や虫の秋 
夕化粧咲きあらたまる湖の風 

一句一会         川嵜 昭典

      加古 宗也主宰「若竹」12月号
口開けて貝のころがる旱川   朝妻  力
(『俳壇』十月号 「海たる過去」より)
 光景として何の説明もいらない句だが、この句に惹かれるのはそれが自然の厳しさをありのままに詠んでいるからだろう。厳しいと感じるのは人や貝の立場に立てばこそのもので、自然からすれば単なる現象でしかないのだが、やはり、その厳しさに一つの感慨を感じずにはいられない。生きていく上ではもちろん辛いことや苦しいこともある。それも含めて人が形作られてきたのであり、辛いことや苦しいことも人の一部だと思えば何かそれらが受け入れられるような気もする。そんなことをこの句を読んで思う。

現代俳句の鑑賞      岸本 隆雄

      伊藤 瓔子主宰「ひいらぎ」12月号
竜猛るかに煌々と天の川   朝妻  力
(「俳句四季」2024・10月号「身ほとりの秋」より)
 大学時代の山仲間の別荘がある蓼科高原に集まった日の夜、満天に零れんばかりの天の川が広がり。物音ひとつない夜に巡り合った記憶が鮮明に蘇って来た。今から思えば、あの日の空には竜が躍っていたに違いない。竜が猛っているとはなんとも見事な表現、正に実感そのもの。そのものを表現する言葉は一つしかない、表現の方法を鍵穴に鍵がぴったり合うように探り当てている。

現代俳句鑑賞       近藤 伸子

      野中 亮介主宰「花鶏」11、12月号
残肴をつつきて虫の夜をひとり   朝妻  力
「俳句四季」 十月号
作品16句「身ほとりの秋」より
 掲句は残り物の肴をつつきながらお酒を飲まれている作者。そこにはだれも居なくて一人ぼっち。ただ、虫たちが鳴いているしずかな秋の夜。男の哀愁が下五の「ひとり」の措辞に滲みでているロマンチックな句である。

現代俳句月評       山田 健太

      南 うみを主宰「風土」12月号
残肴をつつきて虫の夜をひとり   朝妻  力
「俳句四季」十月号〈身ほとりの秋〉より
 残肴とは食べ残しの酒の肴のこと。それをおかずに、秋の虫の夜を独酌している作者。九字八字と変形ではあるが、十七文字に収まっている。句のリズムもいい感じだ。

現代俳句私評       田村 節子

      和田 華凜主宰「諷詠」十二月号
秋の夜や兄の形見のガラスペン   朝妻  力
「俳句四季」10月号(作品16句)「身ほとりの秋」より
 五十年程前、ベニスからタクシー(船)でムラーノ島に渡った折、美しいムラーノガラスのペンを憧れをもって眺めていた事を覚えている。一本買うべきであった。横書きの手紙には良いだろうが、日本の様に縦書きの文には適さないであろうと諦めたが浅はかであった。 ガラスペンとは何と奥床しく品ある形見であろうか。このペンを残された兄上の来し方まで垣間見え清々しくなる。壊れ易い故に、尚更いとおしく思われたのであろう作者。私もこの様な品ある物を残して逝きたいと思う。ガラスペンの色を想像するだけでも心地良い。この句は読み手を幸せにし、秋の夜の美しい月光の下で書きたくなる気分にさせる力を持っている。

諸家風韻         田口  耕

      白岩 敏秀主宰「白魚火」12月号
かなかなや長子はいまも満二歳  朝妻 力(雲の峰 九月号)
 違っていたなら大変失礼なことである。が、作者の最初のお子さんが二歳にて亡くなられたのであろう。蜩が澄んだ声で鳴く頃に、である。毎年、毎年、かなかなの声にお子さんを供養される。そして、思い出されるのは、いつも二歳の我が子。何年経っても二歳の長子なのである。
この句を読んで石橋秀野の句集掉尾の句を思い出した。
蟬時雨子は担送車に追ひつけず
どちらの句も、蟬の声に作者の思いが乗せられている。鳴き声は作者の心の声なのである。蟬の声を借りて我が子へ語りかけておられる。かなかなが、心に沁み入る句である。

受贈誌御礼        佐藤 富子

      小川望光子代表「鳥」第13号
【「雲の峰」(朝妻力主宰) 令和6年7月号】
追憶にしばし遊べる夕端居   朝妻  力
一日の仕事も用も済ませての端居で、思い出すのは子供の頃のことでしょうか。今、目の前に見えているのは楽しかった日々の景色、声や光までも感じさせて頂きました。ゆったりとした時間と景色が目に見えるように詠まれていて学ばせて頂きました。

寄贈図書         工藤 泰子

      佐藤 宗生顧問「遙照」十二月号
秋高し機影を追へる爆音も    朝妻  力
一村は平家の流れ夕紅葉     〃 
人恋し薄雲かかる十三夜     〃 
慎ましくひと日包みて木槿閉づ  吉村 征子
名にし負ふ紫差しぬ式部の実   長岡 静子
虫のこゑ入れて仏間の灯を落とす 原  茂美

他誌拝読

      永沢 達明主宰「凧」12月号
「雲の峰」十月号  朝妻 力 主宰
けふ処暑の路地に地蔵の小提灯
唐草の絵皿はみだす初秋刀魚
たをやかを色に形に秋桜
小鳥来るこゑこまやかにこぼしつつ
雉鳩の遠く鳴きゐる白露かな

拝受俳誌・諸家近詠    徳重 三恵

      外山 安龍主宰「半夜」11月号
断捨離はまづハイヒール秋の風   渡邉眞知子

川端康成文学館俳句コンクール

 大賞
かたちあるものの影濃き十三夜   小林伊久子
 【朝妻 力 選評】
〈かたちあるもの〉という把握に独自性のある作品です。もしかすると類想があるかということで調べてみたのですが、ネット上では見つかりませんでした。十三夜は旧暦九月の十三日。今年は十月十五日でした。昼間の暑さが一段落し、何もかにもが澄む季節であるだけに〈影濃き〉に説得力があります。
 佳作
月今宵売ると決めたる家に住み   宮永 順子
 入選
見開きに父の字のメモ夜の秋    谷野由紀子
町の名の変はる小路や石蕗の花   堀いちろう
何かをはり何か生るる竹の春    野村 絢子
綿津見の杜に寄り来る秋小鳥    酒井多加子
ブランデーグラスに咲かす水中花  田中 愛子
夕月へ民話を雲の切るるまで    河原 まき
寝そびれて二百十日の雨を聴く   上西美枝子
住職の趣味は七半鰯雲       角野 京子

第24回 たんば青春俳句祭

 細見綾子賞 入選
ひもとけば子規の横顔秋灯下   吉沢ふう子
酒米の旗一列に豊の秋      小林伊久子

令和俳壇      角川書店「俳句」十二月号

 井上 康明佳作
蛍袋の中より夜の始まりぬ   小林伊久子
 白濱一羊佳作
水鉄砲たくさん濡れた方の負け   小林伊久子
 森田純一郎 佳作
禅寺の魚柝の響き朝曇   深川 隆正
下宿屋の窓に白猫朝の月   角野 京子

セクト・ポクリット コンゲツノハイク

       堀切克洋氏ホームページ 12月
一村は平家の流れ夕紅葉    朝妻  力
秋の夜の夢に枕を裏返す    藤田 壽穂
石鹼の泡立ちのよき白露かな  浅川加代子
木犀の香や闇降るる鍵曲    小澤  巖
昆陽寺に布施屋の名残秋気澄む 酒井多加子
火縄銃に島の往時や水澄めり  冨安トシ子
屋根裏に一斗炊き釜ちちろ鳴く 中谷恵美子

月刊「俳句界」  俳句上達の結社選びより

 1月
力石抱ける樟の淑気かな     角野 京子
野球帽を被りて住持落葉焚    松井 春雄
保護猫の名前はサンタ冬ぬくし  北田 啓子
冬ざるる城に残念石あまた    松浦 陽子
毛糸編むあの小き手を思ひつつ  大澤 朝子
鷹山とケネディーの縁冬うらら  関根由美子
車椅子止めたる時に笹子鳴く   小見 千穂
 2月
補聴器を隠せるに良き冬帽子   田中 愛子
初雪や越して一年無事に過ぎ   宮永 順子
普段通りのいつもの町に初日出づ 大塚 章子
逆境はチャンスの萌し日脚伸ぶ  中尾 謙三
抜糸せし右手で作る七日粥    田中せつ子
双龍のにらむ御堂や淑気みつ   高岡たま子
住所まで手書きの賀状読み直す  山本 創一

アンジュ俳句会 社会福祉法人庄清会

 12月           指導 角野 京子
冬晴や縄跳びの子が二三人    江草 孝子
冬黄葉十六日は茶道の日     新庄  昌
下下味亭の松茸飯の旨さかな   芝地フランク
朗朗と詩吟の稽古冬黄葉     高見 智子
秋の夜や駅の警笛聞こえ来る   中谷 重美
デイへ行く布団の温み蹴散らせて 西岡久仁子
冬紅葉の流れを競ふ荒瀬かな   松本津裕子
犬吠ゆるぽつくり寺の冬紅葉   角野 京子