変装をせよと告げられ冬帽子 中村 和風
最初はえっと思いましたが、作者が弁護士と分かると意味が通じ、一体誰が作者に変装せよと告げたのか、あれこれ想像してしまいます。作者の身を案じた奥様なのか、或いは元検事だった弁護士の作者に対し検事の上層部からの指示だったのか?……。いずれにせよ冬帽子を使うしか変装の手立てがなかったのでしょうね。句会では作者の〈冬晴や殺害予告受けし日も 和風〉を特選に頂きましたが、本当に厳しい仕事ですね。充分に注意してお進め下さい。(髙木 哲也)
厄除けの守りも飾る聖樹かな 関口 ふじ
女性の厄は四回ありますが、三番目か最後の四番目の六十一歳の時の厄払いでしょうか。お寺で頂いたお守りを聖樹に飾ったのなら神にも厄をシェアして貰う事になりますよね。きっと神もお聞き届けて下さるでしょう。最後の厄が終わるとなんとなく気が晴れて気持良く過ごせる様な気がしました。(松本すみえ)
風寒しペンキ褪せたるいけず石 井村 啓子

子どものころ意地悪な子に「いけずな子やなあ」とか「いけずしたらあかんよ」と言ったり言われたりしたことを思い出します。いけず石は「行けず石」。自宅の壁や角が傷つかないように、細い道を余計に通りにくくしている「意地悪している石」。ペンキが剝げてしまっているいけず石も寒い北風にいけずされているのかなと感じました。(今村美智子)
セーターより福耳ついで笑窪出づ 伊藤たいら
観察の賜物の一句ですねー。動画を見るように楽しい景が見えてきます。このセーターから顔を出したのは誰なのでしょうか。選句時にいろいろ想像をめぐらしながら特選でいただきました。私の結論は女のお孫さん。作者はとっくり襟のセーターをプレゼントしたのかもしれません。とっくり襟から美しい髪の毛が出てきて、次に、もがきながら大黒様のような福耳。と思う間もなく両の頰に深い笑窪の笑顔。そして、「おじいちゃん」と声を掛けられたのでしょう。その瞬間を逃さずに詠んだのが掲句。お孫さんからこんな嬉しい俳句と幸せをプレゼントしてもらったのですね。(三澤 福泉)
しつかりと着ぶくれゐたり我が影も 井村 啓子
素敵なスタイルの作者。寒くなって、少々厚着になっても着ぶくれたという感慨はなかったのでしょうね。ところが、道路に映ったご自分の影を見ると〈しつかりと〉着ぶくれている……。着ぶくれを影で見つけだしたところを楽しく拝見しました。(金子 良子)
子等巣立ち猫がかすがひ毛糸編む 宮永 順子
「子はかすがい」とはいいますが、子らの巣立ったあとは猫がかすがい。私のスマホの壁紙には可愛いしぐさの猫のカップルの一枚を貼り付けています。散策の途次に撮ったものです。しかし、ここから猫と一緒に生活するまでにはいたっておりません。「可愛い」段階でとまっています。この句からは日々愛猫と作者が喜怒哀楽をともにしている様子が窺えます。愛猫との温かい穏やかな日常はなんとも微笑ましい。(山下 之久)
飴なめて払へるほどの春愁 浅川加代子
春は地球上に生気の溢れる季節である。しかしそのような中で、私たちもものうい哀愁を覚えることがある。物思いにふけったりする軽いぼんやりとした何となく憂鬱な感覚。原因は、自身の体調や家族の健康のこと、仕事上のこと、自分を取り巻く人間関係の悩みなど様々である。掲句は飴をなめて、これらの悩みを見切り、みごとに払ってしまった。如何にもからっとした句に仕上げた作者の明るく気持よいさまに乾杯です。(播广義春)
飴なめて払へるほどの春愁 浅川加代子
飴をなめて払えるほどの春愁ですから、ごく軽い春愁なのでしょう。お孫さんの受験のことでしょうか、また、配偶者の体調のことでしょうか? 生気のあふれる春にもふとした懸念が過ることがあります。取越し苦労にならないうちに飴でもなめて追い払うのが一番でしょうね。さすが!。(島津 康弘)
咳をして始まる妻の小言かな 光本 弥観
小言と言っても熟年になってきた夫の健康が気になり、最近塩分取り過ぎじゃあないのとか、お酒もほどほどに……などの類だろうと思います。ごもっともなことなので素直に聞くほかない作者。〈咳をして始まる〉に、思わずくすっと笑いが出ました。作者が分かるとその姿まで目に浮かびます。叱られているのだけれど、何故か楽しい句です。(瀬崎こまち)
爽涼や主治医は白衣なびかせて 穂積 鈴女
きっとベテランか、業務に慣れたお医者さんなのでしょう。病院でよくある風景。患者を診て、カルテに記入する姿…。廊下を歩いている医者や看護師は、どこかかっこよく見えます。(平本 文)
くりかへし辞宜のしぐさを初鴉 堀いちろう
そういえば鴉がお辞儀のような仕草を繰り返して鳴いているのを時々見かけますね。ネットで調べますと「嘴細鴉(ハシボソガラス)」の特徴のようです。そんな誰もが見たことはあるけれど一句に成しえなかった景。しかも初鴉という季語をもってこられたことで、どちらかといえばちょっと不気味なイメージの鴉ながらおめでたくユーモラスな一句となりました♪(上西美枝子)
寄鍋や積もる話の煮くづれて 石井 文
楽しい宴会もいよいよ佳境。みんなの箸は止まったまま会話は弾む。鍋の具材は煮詰まっています。この鍋は蟹や河豚や鋤焼ではだめ。やはり寄鍋がぴったりです。しかし、反対に深刻な話になり、みんなの食思が止まっているのかもしれない。〈煮くづれて〉という措辞がいろいろな場面を想像させてくれて、この一句に様々な人間模様を感じました。(櫻井眞砂子)
薺摘む心当りが的を射て 宮永 順子
〈薺〉は春の七種のひとつ、新年に七種粥に入れ今年一年の無事と健康を祈ります。又、葉の緑色がお粥に映えますね。野山に出かけ、去年はここら辺りにあったよなぁと、少しどきどきして探しています。ありました
!〈的を射て〉の表現に顔の様子とわくわくする心躍りが伝わります。素直な句がいいですね。 (春名あけみ)
