●匂ふる? 動詞の活用について
今日は動詞の使い方、つまり活用についてとても良い事例がありました。この機会に動詞の性質について勉強したいと思います。
水仙の匂ふる夜の海明り
何点か入りましたがいかがでしょうか。(「匂ふるが何となくおかしい……」などと声)。そこなんです。結論的にいいますと、「匂ふる」は間違い。なぜ間違いか、辞書を引きながら確認してみます。先ず「匂う」を引いてみて下さい。(「自動詞」「五段活用」などと声)。分かりやすくするために、板書します。
にお・う【匂う】 ニホフ 〔自五〕
辞書の見方の復習ですが、辞書には「にお・う」のように・が入っています。言葉の使い方によって、この・以降が変化するという意味です。
当然といいますか、・の前、「匂」「にお」は変化しません。この部分を語幹と言います。
使い方によって変化する部分、この場合は「う」ですが、これを活用語尾といいます。
またカタカナでニホフとありますが、これは歴史的仮名遣を示しています。つまり歴史的仮名遣で表記した場合は「にほふ」ということです。「にほ」は語幹です。そして活用語尾は「ふ」となります。「ふ」はハヒフヘのフですので、匂う(匂ふ)という動詞はハ行で活用する動詞と言います。以上を整理してみます。
にお・う【匂う】 ニホフ 〔自五〕
にお 語幹
う 活用語尾
・ 語幹と活用語尾の境
ニホフ 歴史的仮名遣
フ ハ行で活用する
自五 自動詞五段活用
動詞には自動詞と他動詞があります。辞書で他動詞と自動詞を確認してみます。
他動詞 例 私は本を読む 主語+目的語+述語
目的語がないと意味が完結しない
多く、助詞「を」を添えて表す
自動詞 例 花が咲く 主語+述語
目的語がなくても意味が完結する
多く、助詞「が」を添えて表す
五段活用など活用形については後ほど説明することにして文語動詞活用表(「雲の峰」編集室作成)を開いてみます。(活用表お持ちでない方はご連絡下さい)
実は、文語では、五段活用は四段活用と同じですので、四段活用の欄をみます。「におう」はハ行と分かっていますので、ハ行の活用を見てみます。
未然 連用 終止 連体 已然 命令
活用 は ひ ふ ふ へ へ
接続 バ ケリ * トキ ド *
ズ キ・ヌ バ
とても難しいように思えますが、実際には私たちが普段、普通に使っている言葉遣いです。まとめてみます。
活用形 例 意味・特徴
未然形 思はず 否定の「ず」に繋がる
連用形 思ひぬ 用言につながる形
終止形 思ふ 言い切る形
連体形 思ふ時 体言につながる形
已然形 思へば 確定条件を示す「ば」に繋がる
命令形 思へ 命令する形
特に未然形、已然形はややこしく感じますが、
未然 未だ然らず・いまだしからず 仮定条件
まだその状態になっていない
已然 已に然り・すでにしかり 確定条件
すでにその状態になっている
話を戻します。作品は
水仙の匂ふる夜の海明り
でした。作者は「匂ふ」という語に、動詞を助ける語、助動詞「る」を接続したかったのだと思われます。
そこで助動詞の活用表を見ます。作者は夜(名詞・体言)に続けたいのですから、連体形がるとなる助動詞を探しますと「り」があります。
文語助動詞活用表
未然 連用 終止 連体 已然 命令
ら り り る れ れ
るの終止形である「り」を辞書で引いてみて下さい。
り 助動詞 活用はラ変型
……四段、サ変の命令形につくとされる
とあります。大切なのは、「り」は「四段・サ変の命令形につく」という点です。「匂ふ」の命令形は「匂へ」ですね。ということで、「匂へ+る」つまり「匂へる」とすれば良いことになります。
水仙の匂へる夜の海明り
とすれば正解。
辞書には言葉のほとんど全ての説明があります。迷ったら辞書を引く。とても大事なことです。
り(連体形は、る)は使用頻度のとても高い助動詞です。何回も復習して使いこなせるようにしましょう。
●漢字「離る」をどう読むか
僕が入選とした句でしたが、読みを誤って披講した作品がありました。
春潮や一気に離る能古島
能古島は博多湾に浮かぶ島。金印が出た志賀島の手前にある島です。作家の壇一雄さんが晩年をここで過ごした花の島としても知られていますよね。披講では、
春潮や いっきにはなる 能古島
と、離るを「はなる」と読みました。こう読みますと
春潮や。一気に離る。能古島。
と、三段切れになってしまいます。「離る」は下二段活用ですので、離るは終止形。結局三段切れになってしまうわけです。能古島が離れたのであれば「離るる能古島」と連体形を使わないと繋がってくれないのです。
ここはちょっと知識が必要……。辞書で遠ざかると引いてみて下さい。どんな説明がありますか。
とお‐ざか・る【遠ざかる】トホ…… 自五
サカルは離れる意
さかるが離れる意味……。では「さかる」を引いてみましょう。
さか・る【離る】 自四
はなれる。へだたる。遠ざかる
とあります。自四は、自動詞四段活用です。動詞活用表で自動詞四段活用のルの段を見て見ます。
未然 連用 終止 連体 已然 命令
ラ 乗る ら り る る れ れ
右のように、四段動詞は終止形と連体形が同じです。離るを「さかる」と読めばこれは四段動詞ということです。ということは切れずに繋がってくれる。つまり三段切れは見事に回避できるということです。大津皇子の辞世の歌と伝えられる、次の漢詩があります。
金烏臨西舎 きんう せいしゃにてらい
鼓聲催短命 こせい たんめいをうながす
泉路無賓主 せんろ ひんしゅなく
此夕離家向 このゆうべ いえをさかりてむかう
たまたまこれを覚えてましたので「さかる」と読めましたが、普段はかなり苦労すると思います。