連載 <俳句入門>   朝妻 力

●助詞 「かな」の注意点と誤用

 助詞のうっかりミスについて随所に触れてきました。助詞に限らず、句会で誰かが指摘してくれたり、俳誌の編集段階などで見つかれば訂正も出来るのですが、句集になったり歳時記に例句として掲載されてしまうと少々辛くなります。誰かに指摘されると、「おかしいのを承知で使った」とか、「ああいうのを破格と言うらしい」など開き直る向きもありますが、どう言訳しようと誤用は誤用。あとでしまった!と思わぬよう、細心の注意をもって言葉に接したいものです。
 助詞「かな」についても希に誤用されるケースがあります。辞書には
 体言および活用語の連体形に付く
とあります。さっそく例句を見て参ります。

あなたなる夜雨の葛のあなたかな   芝 不器男
病み呆けて泣けば卯の花腐しかな   石橋 秀野
二もとの梅に遅速を愛すかな     与謝 蕪村
牡丹雪その夜の妻のにほふかな    石田 波郷
み仏に美しきかな冬の塵       細見 綾子
 一句目、「夜葛かな」と、夜葛(体言)を受けています。二句目は「卯の花腐し」を受けています。腐しが連用形のようにも見えますが、卯の花腐しは連用形が名詞となった語。やはり体言を受けています。
 蕪村の句は誤用と指摘される場合もありますが、「愛す」を辞書で引きますと〔他五〕「愛するに同じ」とあります。〔他五〕は他動詞の五段活用ということ。
 愛さず 愛しけり 愛す 愛すとき
のように活用します。五段活用(文語はオの段に活用しないので四段活用となる)の終止形と連体形は同じ形です。「愛す」は終止形であり連体形でもあるということになります。ということは連体形を受けている「かな」ですので正用であると言えます。
 牡丹雪は「にほふかな」と「にほふ」を受けています。匂ふもまた四段活用の連体形ですので正用。最後は「美しきかな」と「美しき」を受けています。美しきは形容詞「美し」の連体形。これも全く問題ありません。
 ところが、まれに次のような作品が出てきます。

連翹の咲ける古刹を訪ぬかな     仮例
麦秋の丹波の雲の速しかな      仮例
さくら散りゆくみづうみの上にかな  仮例

 一句目。訪ぬは下二段活用ですので、連体形は訪ぬる。「訪ぬるかな」であれば正用ですが、「訪ぬかな」は誤用となります。
 二句目の「速し」は形容詞「速い」の終止形。従ってこれも誤用です。
 三句目、助詞「に」を「かな」で受けておりますが、これも誤用。「に」は用言につながる助詞ですので、連体形を作ってはくれません。「上にかな」、「中にかな」「時にかな」など、この形はかなり頻繁に出てきます。ちょっと目新しい気がして使いたくなるのですが、確実に誤用です。ご注意下さい。

 なお、決りということではないのですが、助詞「かな」は「一句一章を受けた時に効果的に響く」という性質があるようです。例をあげます。かなの響きをご鑑賞下さい。

生涯の影ある秋の大地かな     長谷川かな女
葛城の山懐に寝釈迦かな       阿波野青畝
かたまつて薄き光の菫かな      渡辺 水巴
白梅の万蕾にさすみどりかな     鷹羽 狩行

●助詞「ば」の落し穴
 解釈を間違いやすい助詞に「ば」があります。「ば」は現代文では仮定形に接続しますが、文語では未然形か已然形に接続します。

この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉  三橋 鷹女
郭公や何処までゆかば人に逢はむ   臼田 亞浪

 「登ら」は登る、「ゆか」は行くの未然形。未然は「未だ然らず(いまだしからず)」ですので、今はその状態ではないという意味。
 この木に登ったらば鬼女となることだろう
 どこまで行ったらば人に逢うのだろう
となります。

とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな  中村 汀女
ちるさくら海あをければ海へちる   高屋 窓秋

 留まれ、青けれは、留まる・青しの已然形。已然形は「已に然り(すでにしかり)」。すでにその状態にあることを意味します。ということで、次のような意味になります。
 とどまったので蜻蛉があたりに増ゆる
 海が青いので桜が海に散る
 同じ「ば」でも、接続している活用形によって意味が変わるということです。ある人に聞いてみると、「れば」よりも「らば」が文語らしい……との事でした。しかし「れば」も「らば」も厳然たる文語。注意して正しく使いましょう。

●スーパー切字「や」 1

 助詞「や」は切字の代表格。「白菊や……」などとすると、途端に俳句らしくなってくれますが、実際の所は、切ったりつないだり、感嘆詞になったかと思えば疑問符になったりと、かなりのやっかいものです。「や」の働きは「や」の性質とその前後の言葉遣いで、意味と言いますか、果たす役割がころりと変わってしまうのです。
 使い方が多岐にわたりますので、その分誤用は少ないのですが、作者の意図以外の意味になることもしばしば。まず助詞「や」の基本的な性格を調べてみましょう。

間投助詞
①強意・感動  これやこの大和にしては……
②呼び掛け   朝臣やさやうの……
③連歌・俳諧の切字に用いる
係助詞
①文中に用いその係る活用語は連体形となる。
 イ問いかけ   君に恋ふるや……
 ロ疑問     旅寝やすらむ
 ハ反語     忘れやはする  や+はの例
②文末に用いる。終止形に接続する。
 イ問いかけ   君は聞きつや
 ロ疑問     雨の降りきや
 ハ反語     おろかにせんと思はんや
 ニ推量を受ける 心あらなもかくさふべしや
並立助詞
 複数の列挙   雨や風なほやまず
接続助詞
 次の動作    来るやいなや
終助詞
 ①感動     わあ、すごいや
 ②軟調子    あきらめろや
 ③誘いかけ   がんばろうや

 「や」一文字でざっと右のような働きがあります。このままではややこしいですので、次号ではそれぞれに例句を当てはめて実例をみることにします。