●俳句表現の基本
 俳句の根源は何かと言えば、感動と表現ということになります。何かに感動する、吃驚する、発見する、そしてそれを誰かに伝えたいと思う……。すべて私達が基本的にもっている心の働きです。俳句を感動と表現という側面からみますと、次のように言えるかと思います。
感動 心を動かす 吃驚する 発見する
表現 伝わるように適切な日本語 正しい言葉遣い
 しかし、俳句には俳句独特の約束事や歴史があります。作句の立場からそれを箇条書にしてみます。
有季 季語を用い、季語を生かして表現する
定型 五七五というリズム(韻を生かす)
文語 ①や・けり・かな等は文語、②文語と口語では意
   味が異なる語が多数存在する、等の理由で文語表
   現を基本とします。
歴史的仮名遣 言葉の意味を特定する、読み方を特定す
   る、口語と文語の混在を避けるという意味で、歴史的仮名遣で表記します。
 ざっと上げましたが、俳句を作る、あるいは俳句を鑑賞するということは感動・表現・季語・文語・歴史的仮名遣などを同時進行的に学ぶということに他なりません。この中から例えば言葉を取り上げてみましても、名詞・動詞・形容詞・形容動詞・助詞などの種類がありますし、動詞の中にも、カ行の活用からワ行の活用まであり、またカ行の動詞でも、四段活用あり、下二段活用ありと、一筋縄ではいかないのが言葉の世界です。一句のために、これだけのことに思いを巡らせる……。だからこそ俳句の世界は奥深い、奥深いからこそどんどん引き込まれてゆく……ということが言えるのではないでしょうか。
 これら、季語や言葉を一気に覚えようとしても不可能です。長い間俳句に親しみますと、大体のことは分かってきますが、しかし、正しいことを全て覚えるのは一〇〇パーセント無理。そこで不可欠なのが、国語辞書と歳時記です。
国語辞書 言葉の性格・使い方が分かります。
      広辞苑(岩波書店)
      日本国語大辞典(小学館)
歳時記  季語の発生した経緯や意味が分かります。
      角川俳句大歳時記(角川書店)
     他に多数の歳時記がありますが、「雲の峰」
     では角川俳句大歳時記を標準としています。
 右の辞書と歳時記を標準として、というよりこの辞書と歳時記に頼り切って俳句を学んでいるというのが実情です。
 しばらくの間、以上書いてきた俳句の基本的な項目について、句会に投句された作品をみながら検討して参ります。皆さまも辞書と歳時記をめくりながら読み進めて下さい。
例句 捨て猫の我が家慕いて夜寒かな
 いくつかの問題のある作品です。この作品の中から言葉の性質などについて検討してみます。
捨て猫  文字も送り仮名も問題ありません。
捨て猫の我が家 助詞「の」は普通には体言と体言を結
     ぶ働きをします。またこの「我が」は猫の家
     の事でしょうか。意味が曖昧になりました。
     結果的に、助詞「の」の使い方、「我が」に一
     考の余地がありそうです。
慕いて  慕うの歴史的仮名遣では慕ふ。慕ひてが正し
     くなります。
て    助詞「て」は普通、動詞(用言)を受け、動
     詞(用言)に繋げる働きをします。つまり多
     くの場合「て」は用言に向かいます。
夜寒   秋の季語です。
かな   体言及び用言の連体形につきます。
ここで歴史的仮名遣の調べ方・辞書の基本
 辞書を引くときは調べる語の言い切りの形(終止形)で引きます。ここでは「したう」で引きます。
した・う【慕う】シタフ 他五
 と出てきます。これらの持つ意味を説明しますと
した ・より上は語幹と言います。その語の基本です。
う  ・から下を活用語尾と言います。活用語尾は表現
   する場面によって変化します。
シタフ 歴史的仮名遣です。「フ」とありますので、ハヒ
    フヘと変化する、つまりハ行の動詞です。
他五 五段活用の他動詞という意味です。
活用表をみますと、慕ふは次のように変化することがわかります。
   未然 連用 終止 連体 已然 命令
慕ふ は  ひ  ふ  ふ  へ  へ
 いきなり未然・連用などと出てきましたが、実際には次のように使います。
慕はず  否定します       未然形
慕ひけり 用言に繋げます     連用形
慕ふ   言い切り        終止形
慕ふ人  体言に繋げます     連体形
慕へば  確定条件を示します   已然形
慕へ   そうなるよう命令します 命令形
 この変化を活用と覚えて下さい。これは、辞書の巻末などに付録としてついている動詞活用表で調べることが出来ます。また助動詞・形容動詞・形容詞も活用があります。このあたりは後ほど詳しく検討するとして、ここでは例句の問題点について整理して参りましょう。
捨て猫の我が家 我が家の意味曖昧
     →我が家の「我が」を取って「家」とすれば
     何とかなりそうです。→我がを消す……
慕ひて  「て」は用言に向かうのに、受け手が体言
     →体言につながる様に表現を変えねば……
夜寒かな 名詞「夜寒」+助詞「かな」、「夜寒かな」は全体に体言であり、慕ひての「て」は用言に向かうだけに、「て」を消す必要があります。
 こんな時に最も良く使われるのが、助動詞「り」です。「り」を辞書で確認します。説明を要約すると
り 助動詞 四段・サ変活用の命令形接続……
とあります。なお、辞書には五段活用とありますが四段活用と五段活用は全く同じと考えて下さい。
 りの活用を整理しますと
文語助動詞活用表
 語 未然 連用 終止 連体 已然 命令
 り ら  り  り  る  れ  れ
となります。この連体形「る」を、四段活用「慕ふ」の命令形、慕へに繋いでみますと、慕へるとなります。つまり
慕へる夜寒かな とすれば夜寒という体言に繋がってくれることが分かります。
 ここで全体を振り返ります。夜寒は秋の季語でした。捨てられた猫が、秋の夜の寒さで家を慕って鳴いているという場面です。
 しかし、ここで「慕う」を再度引いてみます。
した・う【慕う】シタフ 他五 ①(恋しく思い、また
     離れがたく思って)あとを追って行く。
とあります。慕うというのは、
慕う側と慕われる側が同時に存在している
という印象が濃厚です。「慕ふ」という語の選び方にも一考を要する……ということが分かります。
 例えば「家を恋う」ではいかがでしょう。「恋う」ですと「故郷を恋う」「亡き母を恋う」などと、対象が同時に存在していなくても使えそうです。単純には「家を恋ふ」というセンテンスが浮かびます。でも
捨て猫の家を恋へる夜寒かな
では字足らず……。
 少し短絡的になりますが、動詞「居る・ゐる」の力を借りましょうか。「ゐる」を辞書でみますと、
ゐる【居る】ヰル 自上一
とあります。そこで文語動詞活用表をみます。
 語  未然 連用 終止 連体 已然 命令
 居  ゐ  ゐ  ゐる ゐる ゐれ ゐよ
とあります。夜寒は名詞(体言)ですので、連体形「ゐる」を使えば良いことがわかります。つまり
捨て猫の家を恋ひゐる夜寒かな
とすれば今までの難点は解消……。
 ほぼ完成したようですが、この句形をじっと見つめますと、「捨て猫の家」を、夜寒が恋しているようにも思えてきます。つまり、
①捨て猫が家を恋している
②捨て猫の家を夜寒が恋している
という二つの解釈が成り立つようにも見えてきますね。特に②の場合は誰が?という、つまりこの文の主語は何だろう……という疑問が出てきます。
 この疑問を解消するには……
捨て猫が家を恋ひゐる夜寒かな
というように、捨て猫を主語として表現すればいいことが分かります。ここで一件落着……。
 少々難しい話になりました。どうも理解しにくいという場合には遠慮なく質問をお寄せ下さい。朝妻