説明の都合上、前回の終盤、『スーパー切字「や」1』を再掲し、続いて『スーパー切字「や」2』を掲載します。
●スーパー切字「や」 1
助詞「や」は切字の代表格。「白菊や……」などとすると、途端に俳句らしくなってくれますが、実際の所は、切ったりつないだり、感嘆詞になったかと思えば疑問符になったりと、かなりのやっかいものです。「や」の働きは「や」の性質とその前後の言葉遣いで、意味と言いますか、果たす役割がころりと変わってしまうのです。
使い方が多岐にわたりますので、その分誤用は少ないのですが、作者の意図以外の意味になることもしばしば。まず助詞「や」の基本的な性格を調べてみましょう。
間投助詞
①強意・感動 これやこの大和にしては……
②呼び掛け 朝臣やさやうの……
③連歌・俳諧の切字に用いる
係助詞
①文中に用いその係る活用語は連体形となる。
イ問いかけ 君に恋ふるや……
ロ疑問 旅寝やすらむ
ハ反語 忘れやはする や+はの例
②文末に用いる。終止形に接続する。
イ問いかけ 君は聞きつや
ロ疑問 雨の降りきや
ハ反語 おろかにせんと思はんや
ニ推量を受ける 心あらなもかくさふべしや
並立助詞
複数の列挙 雨や風なほやまず
接続助詞
次の動作 来るやいなや
終助詞
①感動 わあ、すごいや
②軟調子 あきらめろや
③誘いかけ がんばろうや
「や」一文字でざっと右のような働きがあります。このままではややこしいですので、次号ではそれぞれに例句を当てはめて実例をみることにします。
●スーパー切字「や」 2
前回は助詞「や」の基本的な性格を列記し、間投助詞・係助詞・並立助詞・接続助詞・終助詞等の種類があり、強意・感動・呼びかけ・問いかけ・疑問・反語・推量・複数の列挙・次の動作に続けるなどの働きをしてくれることを確認しました。
この項ではそれらの働きにそれぞれに例句を当てはめて「や」の実際をみて参ります。なお、中には文法上妥当とは言えない分類が出てきます。ここでは「や」の働きという部分に着目し、幅広い意味を持つということを知って頂ければと思います。
強意・感動
来しかたや馬酔木咲く野の日のひかり 水原秋桜子
湯豆腐やいのちのはてのうすあかり 久保田万太郎
一句目、「来しかたや」と、来し方を強調しています。来し方は、今歩いてきた道を指しましょうし、また作者の人生を指していると考えられます。いずれにしても「来しかたや」と強調し、只今現在は馬酔木咲く野の日の光の中にいると言っているのです。ここが〈来しかたは〉〈来しかたも〉等ですと、原句の感慨の深さ、格調の高さは出てくれません。
二句目の「や」も同じ働きをしています。湯豆腐に箸を伸ばしつつ「湯豆腐や」と言い切ります。そして、そこはかとなく感じる薄明りに、我が命もそろそろ果てかと感じているのです。「や」が感慨深く響きます。
問いかけ・呼びかけ
山国の蝶を荒しと思はずや 高浜 虚子
長き夜の苦しみを解き給ひしや 稲畑 汀子
一句目は昭和十九年、虚子七十歳のとき小諸に疎開した折の作品。(普段都会に住んでいる)私には、山国の蝶は荒々しいように見えるが君はどうだ。君もそう思うだろう?と問いかけている作品です。二句目は作者が夫君を亡くした時の作品。亡き人への万感の思いをこめた呼びかけと言えます。
疑問
病む師走わが道或はあやまつや 石田 波郷
限りなく降る雪何をもたらすや 西東 三鬼
明日ありやあり外套のボロちぎる 秋元不死男
一句目、わが道は誤ったのであろうかという疑問です。二句目は、何をもたらすのであろうか、そして三句目は明日はあるのであろうか、という疑問。それぞれ自問の要素を多分に含んだ疑問を表しています。
反語
箱を出る顔忘れめや雛二対 与謝 蕪村
「忘れめや」は、忘れめ(忘れむの已然形)に反語の「や」の付いた形です。雛は夫婦で一対。二対ということは二組の雛があるということ。一年ぶりに箱から出された雛が、それぞれ連合いの顔を忘れているであろうか。いやそんなことはない。しっかりと覚えているという内容。蕪村の芸と遊びの世界です。
並立・列挙
これよりは恋や事業や水温む 高浜 虚子
貝の名に鳥やさくらや光悦忌 上田五千石
一句目は卒業生へのはなむけの句。「恋や事業や」と、これから遭遇するであろう事象を列挙して人生の門出を祝しています。
二句目は鳥貝や桜貝を引合いに「貝の名に鳥やさくらや」として光悦を偲びます。光悦は寛永三筆の一人。楽焼、螺鈿(漆器)の意匠にも優れた芸術性を発揮しました。鳥貝、桜貝が螺鈿に使われることはないようですが、そう感じさせる点が掲句の凄さ。
伝聞
元日は大吹雪とや潔し 高野 素十
とやは「とや言ふ」の略で、何々と言うことだの意。元日は大吹雪ということだ、何と潔いことであろうかと、厭うべき吹雪を積極的に迎える。そんな心意気が俳諧です。
推量
いづれのおほんときにや日永かな 久保田万太郎
源氏物語の冒頭「いづれの御時にか……」からの一句。御時を「おほんとき」と読み、御時にかの「か」を、疑問・質問の意を表す「や」に置き換えました。これは推量というよりも疑問に分類すべきかもしれませんが、ここに紹介させていただきました。
接続
花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ 杉田 久女
よく知られた久女の一句。この「や」は、脱ぐや否やの「や」であり、「否や」を省略したものとみることが出来ます。
文末の「や」
町空のつばくらめのみ新しや 中村草田男
端居して濁世なかなかおもしろや 阿波野青畝
鰭酒のすぐ効きてきておそろしや 皆川 盤水
問いかけ・呼びかけ・疑問の項で、句の文末にくる「や」の例句を紹介しましたが、ここではそれ以外の、むしろ強意・感動の「や」として文末に使われる例をあげました。問いかけや疑問では動詞に接続しておりました。ここに上げた例は形容詞の語幹または終止形に接続した「や」です。
なお、特に初心者に
門前に弾んでゐたる団栗や 仮 例
のように名詞に「や」を接続して文末に配置する例がありますが、これは文字の数を整えるために無理しているという印象。効果的な「や」の使い方とは言えません。
これまで助詞「や」の実際例をみてきました。切断したり、つないだり、感嘆符になったり、疑問符にもなります。まさに切字のスーパーマン的存在。ただ、どうにでも使える気がしますし、第一「や」を使うと途端に俳句らしくなってくれます。そんなことで「や」は安易に使われる代表選手。必要な場面で効果的に使うということを心がけましょう。
●まとめ
一昨年(二〇一七年)十月号から、「伸び悩んでいる人のために」と副題して稿を進めて参りました。内容をざっとふり返りますと、
・俳句の文体
・切字 切れる つながる
・二句一章 取合せ 二物衝撃と情景提示
・一句一章の俳句の三つの形
・助詞の種類と働き
・助詞の注意点と誤用・落し穴
ということでした。
伸び悩みから脱出するには、俳句の形を理解することが第一の要諦です。形を作りだすのが言葉遣い、すなわち文法です。ここではその入口にあたる句形、用言の活用の一部、助詞の性質について書いてきました。
しかし、これで充分とは言えません。俳句は有季定型、そして感動と表現。ということを考えますと季語・感動・写生など、更に沢山の事を学ぶ必要があります。そこで今後は句会に投句された作品を材料にして、中級からの俳句入門を考えていきたいと思います。