連載 <俳句入門>   朝妻 力

●句形ふたたび 切れと句点は同義

 ここでは今までの復習という意味でまとめておきます。
 俳句の形は一句一章とか二句一章で表されます。一句の「句」は、文章中の一区切り、語のまとまりをさします。この区切りの箇所には文章であれば句読点の句点、つまり「。」という記号が打たれます。しかし俳句には句点は打ちません。正しく表現されていれば、つながっているか終止しているかは伝わるからでありましょう。

 俳句では句点、終止よりも、むしろ「切れ」という言葉が使われます。
「切れ」というと難しく感じますが、実際には終止する箇所、つまり句点の置かれる箇所が「切れ」であるわけです。芭蕉が「切字に用いる時は、四十八字みな切字なり」(去来抄)と言った切字とは、実は句点、正確に言いますと「句点を含んでいる言葉」ということになりましょう。切れという、やや概念的な言葉に惑わされて誤解し、あるいは曲解しているケースは連載の第一回目、二回目に述べた通りです。
 また、一句一章の「章」は、ひとまとまりになって完結している詩文を言います。一章はここでは一つの俳句の意。まとめますと
 切れは句点と同義である
  句点が一つの俳句 一句一章
  句点が二つの俳句 二句一章
ということになります。
 但し、中には句点を含んだ言葉を省略している俳句や、句点で区切られていながらセンテンスの補完関係が働いて一つの意味となってしまうことがあります。また句点が三つの俳句、つまり三段切れの俳句もあります。

●一句一章の三つの形

 句点一つで一つの俳句となっているのが一句一章の俳句。これも前に書いたことですが例を再掲して確認しておきます。

1 一句言い切りの一句一章
いくたびも雪の深さを尋ねけり     正岡 子規
流れ行く大根の葉の早さかな      高浜 虚子
鶏頭を三尺離れもの思ふ        細見 綾子
月山に速力のある雲の峰        皆川 盤水
 これらの作品、切れを明確にする意味で句点を打ってみます。
 いくたびも雪の深さを尋ねけり。
 流れ行く大根の葉の早さかな。
 鶏頭を三尺離れもの思ふ。
 月山に速力のある雲の峰。
 どの作品にも句の途中に切れはありません。一句目から「けり(助動詞の終止形)」、「かな(助詞)」、「思ふ(動詞の終止形)」、「雲の峰(体言)」という終止の形で言い切っていることがわかります。

2 句点のない一句一章
ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに   森  澄雄
見る者も見らるる猿も寒さうに     稲畑 汀子
摩天楼より新緑がパセリほど      鷹羽 狩行
 一見して句点のない作品です。しかし
  湯のやうに 見える。
  寒さうに  している。
  パセリほど に見える。
と、述語が省略されていることがわかります。助詞の性質を利用し、句点もろとも省略しているのです。

3 上五に戻る一句一章
うぐひすの啼くやちひさき口明て    与謝 蕪村
山茶花やいくさに敗れたる国の     日野 草城
 両句とも助詞「や」が句点です。しかし「口明て」「国の」と助詞で言いさし、句意を上五に戻す形です。

●二句一章の四つの形

 二句一章とは二つのセンテンスからなりたっている俳句です。つまり句点が二つある俳句です。例句をみながら復習して参ります。

1 二物衝撃
蟾蜍長子家去る由もなし        中村草田男
鰯雲人に告ぐべきことならず      加藤 楸邨
 これらの作品に句点を打ってみます。
  蟾蜍。長子家去る由もなし。
  鰯雲。人に告ぐべきことならず。
 蟾蜍の句、「蟾蜍」という季物と、「長子家去る由もなし」という呟きには何の関係もありません。二つのセンテンスを取り合わせ、あるいは二つのセンテンスを衝突させて一句をなしている作品です。二物衝撃の俳句です。

2 情景提示
荒海や佐渡に横たふ天の川       松尾 芭蕉
芋の露連山影を正うす         飯田 蛇笏
七夕や髪ぬれしまま人に逢ふ      橋本多佳子
 これらの例では一方のセンテンスが他方の背景や全体像を印象づけている風情があります。二物衝撃とは明らかに異なる形です。この句形を情景提示としておきましょう。

3 句点の省略された二句一章
夜桜やうらわかき月本郷に       石田 波郷
餅配大和の畝のうつくしく       大峯あきら
ひぐらしやどこからとなく星にじみ   鷹羽 狩行
 一句目に句点を打ってみますと
  夜桜や。うらわかき月本郷に
となります。本郷にと言いさして「出た。」という述語を句点もろとも省略している例です。二句目は「ある。」、三句目は「出る。」という動詞と句点を省略した形です。形の上では一句一章、意味の上では二句一章となる俳句です。

4 補完関係
 句形は二句一章でありながら、二つのセンテンスが結びつき、意味は一句一章になる句形です。
石山の石より白し秋の風        松尾 芭蕉
 句点を付しますと
 石山の石より白し。秋の風。
となります。ということで「石山の石より白し」というセンテンスと「秋の風」というセンテンスの取合せかというとそうでもありません。実際、句意は
 石山の石よりも白い秋の風である。
となります。二つのセンテンスを並べて、その仕組みを考えてみます。
  石山の石より白し 意味未完結
  秋の風      意味完結
 石山の……というセンテンスは、白しという終止形で言い切っておりますが、何が白いか分かりません。意味が未完結なのです。
 このように
 一方のセンテンスの意味が未完結
であるとき、他の一方と結びつくことによって
 一句全体の意味が完結する形

 この形を、補完関係が成立すると言います。例句を上げるときりがないほど頻出する句形です。俳句を理解するには切れを知ること。切れを知るということは終止形、つまり文法を知るということです。