常葉・照葉集選後所感        朝妻 力

 

秋の夜の夢に枕を裏返す         藤田 壽穂

 枕返しと言えば正体不明な妖怪ですが、掲句では枕を返したのは作者。 枕が合わなくて良くない夢をみたのでしょうね。秋は夜長であるだけに良い夢も良くない夢もみるようです。最近は「じぶんまくら」など、その人に合った枕が売られています。少し、張り込んでみましょう。

石鹼の泡立ちのよき白露かな       浅川加代子

 長い間、家の風呂ではいわゆるボディーソープなど液状の洗剤を使うものと思っておりました。ところが固形石鹼を使ってみると湯上がり後のしっとり感が中々……。洗う前、浴用タオルに石鹼をこするのも妙に懐かしさを感じるものです。〈白露〉という季節感が抜群。

木犀の香や闇降るる鍵曲         小澤  巖

 鍵曲(かいまがり)と言えば萩市。自らの屋敷を守りつつ、敵が勢いよく城に向かうことを阻止するために行き止り風にして曲げて作った鍵曲。闇の降り来る鍵曲を歩いていると木犀が香ってくる。しずかな良い場面です。

昆陽寺に布施屋の名残秋気澄む      酒井多加子

 布施屋は奈良・平安時代、調・庸の運搬者や都の造営に徴発された者のために駅路に設けた宿泊所。行基が開いた布施屋の跡が昆陽寺と伝わります。その建物跡が残っているのでしょうね。吟行は色々なことを教えてくれます。

月の顔しかと見つむる晴夜かな      杉浦 正夫

 餅を搗いている兎の模様でしょうね。普段はほとんど気にしない月の模様ですが、あらためて月を見ている作者。昔の人の想像を追体験しているのでしょう。

コンビニをでて立ち止まる良夜かな    高野 清風

 コンビニを出て吹いてくる風、聞こえてくる物音などにふと秋を感じて空を見上げた作者。ああ今日は満月であった……。暦ではなく、自分で発見した季節感です。

気儘なる余生の日々や虫集く       長岡 静子

 たぶんお一人で暮らしているのでありましょう。寂しいと言えば寂しいが、それ以上にのびのびさを満喫できる日々。〈気儘なる余生の日々〉は実感でしょうね。

笠を手に踊るいではの自衛隊       中川 晴美

 花笠音頭でしょうね。八月に行われる花笠まつり。自衛隊のプラカードなどは上下とも制服(迷彩服)の隊員が担当し、踊部隊はあでやかな踊衣装を身につけて踊ります。自衛隊らしい力強さと切れが売物です。

明日厄日祠に三郎ゐる気配        伊津野 均

 いわゆる風の三郎を思っての一句。風の三郎は妖怪としてもまた風の神様としても知られています。宮沢賢治の『風の又三郎』も、風の三郎をモチーフとして作られました。

元号三つしかと生き抜き敬老日      伊藤たいら

 昭和・平成・令和。いま、「雲の峰」会員の殆どは元号三つを生きた人と思いますが、改めて元号三つ、そして敬老日と言われますと妙にしみじみとしてまいります。

新涼や日の斑きらめく取水口       伊藤 月江

 取水口の堰を越える水が煌めいているのでありましょう。特別でない光景、普段眺めている光景から季節を感じる。その見本のような作品です。

路薙ぎを終へじよんのびの湯に浸る    今村 雅史

 「じよんのび」の語源は情が延びる、寿命が延びるなどと言われていますが、いずれにしても入浴の際に使われます。路薙ぎのあと、ゆったりと温泉に浸かる作者。

墓仕舞に据うる地蔵や秋暑し       奥野 雅應

 墓仕舞という語をよく聞くようになりました。過疎化や人々の生活様式がゆったりと変わっていることが原因でしょうね。墓仕舞のあとに地蔵を祀る……。複雑な思いです。

寒蟬や庫裏の柱に愛宕札         角野 京子

 愛宕神社のお札。火廼要慎(ひのようじん)と書かれているのが普通です。
生きていくために火はとっても大事ですが、時として人を苦しめることもあります。

窓開けて喜雨の音聞く甲夜かな      木村てる代

 喜雨は日照り続きのあとに降る雨。まさに喜雨と思いつつ雨の音を聞く……。喜ばしく静かな場面ですね。

目薬をさして残暑をやり過ごす      櫻井眞砂子

 目の疲れなどで、たまたま目薬を差した。それが作者にはなぜか残暑を払うかのように思えたのでしょう。ふっと感じる季節感。

休暇明駆け来る子らの歯の白し      住田うしほ

 夏休みが終わった子たち。みな元気に日焼けしている。それだけに歯の白さが目立ちます。秋の始まる一景ですね。

しばらくは虫に目つむる仕舞風呂     田中まさ惠

 一日の仕事を終えて風呂へ。あとは蒲団に入るだけという、ゆったりとした気持で聞く虫の音。しずかな一景です。

火縄銃に島の往時や水澄めり       冨安トシ子

 島に残された火縄銃に戦国の世を惟みている作者。考えてみると人の歴史は戦の歴史です。

屋根裏に一斗炊き釜ちちろ鳴く      中谷恵美子

 一斗炊きだと一気に百五十人分……。社寺でなく、一般の家でもこれだけの飯が必要な場面があったのでしょうね。

秋高し駅舎に並ぶ子らの図画       西岡みきを

 特にローカル線の駅舎などでよく見かける光景。構図も色も色々な絵が並び、電車待ちの人を楽しませてくれます。子どもたちに取っては大事な作品の発表の場でもあります。

爽やかや地球が丸く見ゆる駅       春名あけみ

 潮岬に「太陽の出でゝ没るまで青岬 誓子」句碑がありますが、その傍らに立ちますと、海原がまさに丸く見えます。掲句はどちらの光景でしょうか。

二学期や見守り隊が打ち揃ひ       堀いちろう

 見守り隊に参加している作者。長い休みも終わっていよいよ新学期。見守り隊の皆様にも新しい緊張が始まります。

御自由にと宮に置きある菊の酒      宮永 順子

 一斗樽と桝と菊の花が置いてあるのでしょうか。一合瓶と菊の花だけかもしれません。秋の一景です。

運針の針目整ふ秋七日          吉井 陽子

 秋七日といえば七夕。裁縫や習字の上達を願う祭だけに、中七までがぴったりです。



 以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から。

慎ましくひと日包みて木槿閉づ      吉村 征子
広辞苑で作る押し花秋うらら       井村 啓子
虫のこゑ入れて仏間の灯を落とす     原  茂美
車座に立て膝で酌む新酒かな       板倉 年江
マンホールの絵柄に遊ぶ秋日和      上西美枝子
唐辛子売りのチャドルの娘笑む      うすい明笛
老境のしづけさに座す月今宵       宇利 和代
野に立てば草の香ほのかなる朝明     大塚 章子
六割の幸せをもて月を待つ        岡田万壽美
秋麗メタセコイアの並木道        岡山 裕美
裏木戸を揺らす小風や蚯蚓鳴く      川口 恭子
秋の雨昔祐善てふ傘師          河原 まき
昆陽池の色なき風に古今歌碑       小林伊久子
秋深し生簀の底に鰈の目         志々見久美
雑魚釣れて歓声上がる秋の空       島津 康弘
幻世や露の身なるを知りつつも      武田 風雲
小面が柱に笑まふ星月夜         田中 愛子
爽籟や吉備津の宮の長廊下        谷野由紀子
都城址に九九の木簡色鳥来        中尾 謙三
レクチャーを受けつつ探す秋の鳥     中村ちづる
秋立つや玄界灘の白き波         原田千寿子
竜淵に潜む今津の常夜灯         播广 義春
秋の蝶みづうみ愛でし子の墓前      平井 紀夫
新松子隣合せの札所寺          深川 隆正
ゆうらりと淡き極光秋夜更く       福長 まり
嘗むるごと御酒を酌みけり生身魂     松井 春雄
身に沁むや妻乳がんの精検へ       三澤 福泉
蜩のなぜか寂しき独り住み        横田  恵
自転車のサドルの灼くる炎熱忌      吉沢ふう子