常葉・照葉集選後所感        朝妻 力

 

行く秋や油抜かるる船外機        小澤  巖

 船外機は小型船舶用の取外し可能な推進装置。冬の前に取り外されるということですから、漁船ではなく個人の釣り用か、レジャー用のボートでしょうね。油を抜き、外装を磨きあげて冬の間の休息に入ります。

大綿に伊那男師偲ぶ暮つ方        酒井多加子

 会員総会にはほぼ毎回参加してくれた伊那男さん。総会翌日の記念吟行にもご一緒して下さいました。時は晩秋・初冬。吟行地にはいつも大綿が舞っておりました。朝妻も〈綿虫の残せし綿が吹かれをり〉と詠んで偲びました。

龍吼にけふ立冬の手を打ちぬ       中川 晴美

 龍吼(りゅうぼえ)は京都八坂神社、本殿東側の柱の下。ここで西を向いて柏手を打つと豊かな音が響きます。まるで柱の上にある龍の彫物が吼えるかのよう……ということで龍吼と名付けられ、八坂神社の七不思議に数えられています。時は立冬、良い音がしたのでしょうね。

しぐるるや踏み減り著き磴青し      原  茂美

 和歌浦の作品が並んでいますのでここは玉津島神社か紀三井寺が思われます。一帯の石垣や石段に使われているのが紀州青石。水に濡れると緑がいきいきと輝いてくれます。

冬日背に歳時記とメモ電子辞書      藤田 壽穂

 ご自宅の庭でしょうか。初冬の景色を眺めながら静かに句を案じているご様子。俳人の見本のような一景です。

冬うらら鳥居の上に結び石        浅川加代子

 貫(ぬき)や笠木の上に小石が投げられている鳥居があります。あれが結び石。放り投げて、うまく笠木や貫などに乗ってくれたら願い事が叶うとのことです。

時雨るるや浪速に小き浄瑠璃社      井村 啓子

 天王寺の生國魂神社の境内に祀られている浄瑠璃神社。芸能上達の神として近松門左衛門や竹本義太夫を祀っています。小振りの摂社が何棟か並んでいますので気をつけないと見落としそうな社ですが、しっかりと捉えました。

柚子風呂の湯気の向かうに過ぎし日々   川口 恭子

 菖蒲湯は力が湧くという気持で入ることが多いですが、柚湯はどちらかというと懐旧を誘ってくれるものです。亡くなられたお子のことなどを思っているのでしょうか。

苔むせる石の碁盤や冬隣         木村てる代

 有馬、瑞宝寺公園に残されている石の碁盤でしょうね。秀吉が碁を打ったという話が伝わっています。

冬の夜の堅田に灯る木の灯台       櫻井眞砂子

 堅田の浮御堂の北、一㎞足らずに立つ出島灯台。遺構かと思っておりましたが、実際に点されるようですね。

良き距離に目をつむりゐる浮寝鳥     住田うしほ

 自分の羽に嘴を包み込んで眠る鴨などの水鳥。眠いのか、寒いのか……などと思いながら見ているのでありましょう。それにしても〈良き距離〉という発見が絶妙です。

手袋をはづして屈む五十鈴川       田中 幸子

 五十鈴川は伊勢神宮参拝の禊場。講の男たちが白い褌姿で入る姿をみることもあります。掲句は多くの人たちと同様、流れに手を浸すという禊でありましょう。伊勢神宮を参拝するという、敬虔な緊張感が伝わってきます。

火袋に音声菩薩冬ぬくし         中谷恵美子

 火袋ですので灯籠に描かれた音声菩薩と分かります。東大寺金堂の正面に堂々と建つ八角燈籠。火袋の四面に音声菩薩が描かれています。多くの人が見過ごしがちな景をしっかりとらえました。

寒禽の声透き徹る比丘尼御所       西岡みきを

 比丘尼は尼僧、御所は天皇または親しい人の住まい。掲句、その御所は特定できませんが、静かな佇まいの中の寒禽の声が鋭く清しく聞こえてくるようです。

銚釐もて主と交はす囲炉裏端       播广 義春

 銚釐(ちろり)は酒を温める器。錫製のものがよく知られています。湯煎で温めますので味が円やかになります。

義士会や塩を売りゐる陣羽織       春名あけみ

 義士会は上野介を討った赤穂浪士を讃えて大石神社を中心に行われるイベント。塩を売る場面を把握したことで特上の一句になりました。

これからがいよよ人生除夜の鐘      船木小夜美

 七十を過ぎたあたりから自分の人生について考えるようになるものです。老境に入る心情。見事な一句です。

掛時計の遅れを直し年惜しむ       堀いちろう

 年代物の振子時計でありましょうか。考えてみますと、時刻を自動修正してくれる現在の時計、何となく味気ないですね。

神留守の宮に薪積む氏子中        吉井 陽子

 氏子中(うじこじゅう)は同一の氏神を祀る人々。年末年始に備えての薪積みでありましょう。神様がおられようが、留守であろうが皆で力を出し合います。

一星を従へ冬の月高し          伊津野 均

 暮れから新年にかけ、月に寄り添うように木星が輝いておりました。〈一星を従へ〉が見事な把握です。

したたかにユンボ働く街師走       伊藤 月江

 年末は何にとっても一つの区切り。工事の日程なども年末・年始を意識して組まれるのでしょうね。働く人の意欲が見えてくる作品です。

子地蔵の笑顔の上に紅葉散る       大塚 章子

 須磨寺のわらべ地蔵を思い出しました。子安地蔵・六地蔵・延命地蔵など多くの地蔵さんがおられますが、私たちにとって最も身近な仏様です。

反抗期じみたる心地落葉踏む       岡田万壽美

 落葉を踏んで、その音を楽しんでいる作者。上五・中七の感慨が作者独自の把握です。

年惜しむ雨の慕情を弾きながら      岡山 裕美

 〈雨の慕情〉は八代亜紀さんが歌った演歌で、レコード大賞に輝いた曲。そして彼女は八代市の出身。亜紀さんを偲びつつ行く年を惜しむ作者。

一枚を残し天突く冬木立         小山 禎子

 枯葉がほとんど散ってしまった冬木。その中の一枚だけが残っている……。変わりゆく自然界の一景ですね。




 ~以下、当月抄候補作品から~

圏谷を劇場として冬銀河         杉浦 正夫
断捨離の道半ばにて年越しぬ       高野 清風
開戦日国民学校児童たり         長岡 静子
風に胸立て直したる浮寝鳥        吉村 征子
落葉もて孝行娘に化くる夕        河原 まき
御物なる四不像の角冬ぬくし       小林伊久子
返り花寺に短き石の橋          五味 和代
白湯を飲むまこと霜夜の味したり     志々見久美
火の島のけぶり真直や野紺菊       島津 康弘
密やかに鍵付き日記買ひにけり      田中 愛子
熊出でて変更となるバスツアー      田中よりこ
冬晴や松豊かなる京都御所        谷野由紀子
冬の夜や偲びつつ読む狐福        冨安トシ子
淑気満つ金剛神の指の反り        中尾 謙三
ゼロ磁場てふ境内に立つ寒日和      中村ちづる
行く秋の虹の松原波し吹く        原田千寿子
忘れたき事は忘れず年移る        深川 隆正
小春日や何もせぬてふ良き時間      福長 まり
冬至湯に来し方思ふ八十路かな      冨士原康子
境内に鴉群れをり神の留守        松井 春雄
居酒屋に老いの賑はふ十二月       三澤 福泉
終活や残りの毛糸編むことも       宮永 順子
川に向く翁の像や浮寝鳥         三代川次郎
行く秋や迷ひながらも蔵書捨つ      山内 英子
冬ぬくし面会室の三十分         渡邉眞知子
琴膝に雲中菩薩冬麗           乾  厚子
一日の家事片づけて冬銀河        うすい明笛
短日の極みの一と日暮れにけり      宇利 和代
無患樹の実の降り斎庭染めにけり     香椎みつゑ