常葉・照葉集選後所感        朝妻 力

 

鑑真廟へ誘ふ紙燭虫時雨         吉村 征子

 唐招提寺観月讚仏会の一景でしょうね。金堂で法要が行われ、御廟の庭が特別に公開されます。月明りがあるとは言いながら夜道……ということで通路に紙製の行灯などを配置し案内と共に風情を添える……。お隣に住んでおられるゆえの一景です。

天楽の聞えさうなる良夜かな       井村 啓子

 今年は十月六日が十五夜でした。夕までは雲が残っていたのですが、暮れ始めるとその雲もすっかりと消え名月を讃えるかのような一夜でした。天楽は天上界の音楽、天人の奏する音楽。〈天楽の聞えさう〉という把握が抜群な一句です。

蓑虫鳴くここは名に負ふ伊賦夜坂     小澤  巖

 伊賦夜坂(いふやざか)は黄泉平坂(よもつひらさか)とされている島根県東出雲町にある神話の舞台。黄泉の国とこの世の境と言われています。〈蓑虫鳴く〉は空想季語であるだけに、場面が絶好です。

キャラメルのにほひ桂の葉の黄ばむ    酒井多加子

 桂の葉、指でもみますと良い香りがします。水を好む樹木で、大木があると必ず水脈があるとも言われます。そういえば、八尾町に桂の大木があり根元に泉が湧いています。泉の名は「桂の生水(しょうず)」でした。

涼新た真民さんの自筆の詩        長岡 静子

 教科書で知っている人も多いと思いますが、真民さんは詩人の坂村真民。仏教詩人とも言われます。〈真民さん〉という親しみのある呼び方が生きている一句。

天高し生水の郷に人数多         中川 晴美

 酒井さんの選評に生水を書きましたが、こちらは琵琶湖畔高島市の針江地区。湧き水が多く家々は川端と呼ばれる外流しで洗い物をしています。季語がぴったりですね。

木の洞の暗がり深き白露かな       小山 禎子

 九月ともなりますと太陽の高さが目立って低くなります。その分だけ光量が衰えてくるということでしょうね。そんな季節の変化を洞の暗さで発見しました。

老猿の乗つてゐさうな猿茸        木村てる代

 猿が腰掛けるのにちょうど良い形ということで猿茸と名付けられたという説もあります。実際に猿が腰掛けているのを見たという話を聞いたこともありました。

円珍の唐への過所や秋深し        櫻井眞砂子

 円珍は第五代の天台座主、智証大師。過所はいわば通行証で、唐に渡った(遣唐使ではなく自費留学)際に唐の役所から与えられています。どちらかで展示されていたのでしょうね。とても貴重なものだそうです。

失敗は学びの宝庫秋を期す        住田うしほ

 事業に何か不具合でもあったのでしょうか。失敗はまさしく学びの宝庫。〈秋を期す〉に意気込みが感じられます。

にぎり飯に風さやかてふ今年米      田中まさ惠

 〈風さやか〉は、長野県農業試験場が十三年の歳月をかけて開発した米とか。命名にも力が入りますね。

水切りを復習ふ男の子や秋夕焼      中谷恵美子

 仁淀川では毎年国際水切り大会を開催しているそうです。簡単で誰にでもできる、そして奥の深い遊び。掲句の少年、ギネス挑戦を目指しているのでしょうか。

久し振りの塩辛とんぼすいすいと     西岡みきを

 残暑が厳しかったせいでしょうか。蜻蛉を見かけることもまれな秋口でした。蜻蛉に限らず、蠅でも蚊でも久し振りに見ると懐かしく感じるものです。

秋の灯に装飾古墳艶めけり        原田千寿子

 壁面に彩色画や線刻などを施した古墳。九州に多いとのこと。一般公開を見学に行かれたのでしょうね。

先負とて午後は吉なり小望月       播广 義春

 先負は六曜の一つ。午前中は凶ですが、午後からは吉となります。今年の小望月(十月五日)も、一と月前の九月七日も夕方から晴れてくれました、

身に入むや要塞跡の波の音        春名あけみ

 関西では和歌山友ヶ島の由良要塞跡などが知られております。戦時の遺構に立つと波音が聞こえる……。まさに〈身に入む〉場面ですね。

賑やかにてんてこ舞ひの敬老日      船木小夜美

 敬老の日ですからお爺ちゃんお婆ちゃんはのんびりとと思いますが、お子やお孫がお祝にきて、結局はてんてこ舞いに……。これがまた目出度いのですよね。

文ちやんと言ふ文鳥と盆過ごす      堀いちろう

 文鳥だから文ちゃん。内容も楽しいのですが、ブンとボンの音調が似ているだけに、おかしみが倍増します。

甥に双子姪に双子や秋うらら       宮永 順子

 甥御さんに双子、姪御さんに双子……。こんなことがあるのですねえ。季語に作者の気持が現れています。

食尽を仰ぐ静寂や虫の声         吉井 陽子

 食べ尽くすことが食尽。ではありますが食尽と言えば月蝕などで蝕が最大になること。九月の月蝕でありましょう。街の静けさに虫の音。蝕を仰ぐにも緊張が伴います。

震災も戦災も経し蔦館          伊津野 均

 戦災の前に震災が来ておりますので関東大震災でありましょうね。それらに耐えてきた、蔦に覆われた館……

秋蝶や真名の掠るる由緒板        伊藤 月江

 真名は漢字または漢文。何の由緒書でしょうか。ちなみに真魚・真菜(まな)はメインデッシュ。魚を料理するので俎を真名板とも書きます。

鷺草や群れて今にも飛びさうに      大塚 章子

 飛ぶ鷺に形が似ているので鷺草。少しでも風が吹くと本当に飛んでいるかのように見えます。

腹減りしと母が笑へり秋高し       岡田万壽美

 句会に母がサービス付き高齢者向け住宅にという句がありましたので、そこでの一景でしょう。高齢となっても腹が減る。とっても大事なことですね。

黒帯に白装束の盆踊           岡山 裕美

 黒い帯と白装束の踊は八代市植柳地区の盆踊。亡くなった人や先祖を偲んでの盆踊であろうと鑑賞しました。



 ~以下、当月抄候補作品から~

秋深し二十四面千手像          浅川加代子
要垣つづく園路や秋日和         杉浦 正夫
大根蒔く雨の気配の風を背に       高野 清風
こゑ絞る銀杏城の秋の蟬         原  茂美
秋の夜の社務所を洩るる稽古笛      藤田 壽穂
敦盛の笛の音しのぶ須磨の秋       香椎みつゑ
俊徳丸の塚に羨道草の花         角野 京子
子規庵のちさき文机九月来ぬ       川口 恭子
受付の籠に煮干しと蟋蟀と        小林伊久子
ドレーンが取れしと夫秋麗        瀧下しげり
声調のよき船頭や水の秋         武田 風雲
チボー家の人々を読む虫の夜       田中 幸子
新涼の浜に拾へる貝の殻         田中よりこ
堂横に天水桶や真萩揺る         谷野由紀子
星宿図あふぐ飛鳥の秋の昼        冨安トシ子
絨毯の縁に躓く厄日かな         中尾 謙三
秋暑し不要不急とひとりごつ       福長 まり
旅の果て萩の盛りの蚶満寺        冨士原康子
口をきくことも大儀やけふ大暑      松井 春雄
弦月や堅く閉ざせる薬医門        横田  恵
竜淵に潜みて空に觔斗雲         吉沢ふう子
来待石の石灯籠や秋高し         板倉 年江
夢に聞き覚めてまた聞く虫時雨      伊藤たいら
洋館の裏はスナック蔦紅葉        今村 雅史
色鳥の来て賑はへる狭庭かな       今村美智子
わらひ仏ねむり仏や草の花        上西美枝子
虫の夜の徒然に読む方丈記        うすい明笛
石榴熟る垣根の中の習字塾        宇利 和代