常葉・照葉集選後所感        朝妻 力

 

浅漬も売りゐる村の荒物屋        井村 啓子

 荒物屋が浅漬も売っているという意表を付く作品。荒物を辞書で引きますと、①生の魚鳥など、②値は安いのに重くてかさばる船荷や商品。③笊・箒などの雑貨類とありました。私たちの感覚からいうと③の笊・箒などの日用品というイメージが濃厚です。ネットで見ますと、箒・笊・束子・洗剤・線香など昔ながらの丈夫な日用品を売る店とありました。そんな荒物屋に浅漬が売っている。こんな場面を見つけて一句に仕立てるのがこの作者の真骨頂ですね。

歌碑訪へば紅葉散り継ぐ巽橋       小澤  巖

 巽橋は祇園の北、白川にかかる橋。芸子さんが芸事の上達を願う辰巳大明神が鎮座し、西側には〈かにかくに祇園はこひし寝るときも枕のしたを水のながるる 吉井勇〉歌碑があり、京都観光の一大スポットとなっています。掲句の歌碑はこの歌碑。散る紅葉が美しく映えます。

七五三祝碁盤の習ひてふ神事       酒井多加子

 〈碁盤の習ひ〉、初めて目にしました。七五三詣で、碁盤の目のように節目正しく美しく育つようにと碁盤の上に立ち、吉方に向かい、掛け声とともに勢いよく飛び降りるのだそうです。作者も初めて目にしたのでしょうね。俳句を作ったり選をすると多くのことを知ることが出来ます。

重陽の被綿薫る床飾り          杉浦 正夫

 重陽の節句の前夜に菊の花に真綿を被せて夜露と香りを移し、翌朝その綿で顔や体を拭うことが重陽の被綿。言葉で知っていましたが、見たことはありませんでした。

句読点なき人生や柿紅葉         長岡 静子

 生きるということ、生活するということで大きな障害もなかったというのが〈句読点なき人生〉でしょうね。それにしても〈柿紅葉〉が見事。穏やかで上品で美しい作者を思わせてくれます。

笹鳴や小町ゆかりの塀紅し        中川 晴美

 紀州の作品が並んでいますので、和歌山・玉津島神社の一景でありましょう。ここは住吉大社などとともに和歌三神の一社。 鳥居の右手には、小野小町が参拝の時に着物の袖を掛けたことにちなんだ赤い塀があります。奈良時代、山部赤人が〈若の浦に潮満ち来れば潟をなみ 葦辺をさして鶴鳴き渡る〉と詠んだことでも知られます。土岐善麿はこの一首をもとに「鶴(たづ)」という能を創作しました。

星近く住み榾を積む宇陀郡        吉村 征子

 会員総会記念吟行の一句。東吉野村に向かう宇陀の各地に薪が積んでありました。〈星近く〉がやや大袈裟かとも思いましたが当地の状況をしっかり把握しました。

狛猪の守る宮居や榠樝熟る        角野 京子

 京都護王神社でありましょう。和気清麻呂を祀ったこの神社、清麻呂が宇佐へ配流された際に、弓削道鏡から送り込まれた刺客を突如現われた三百頭の猪が救ったという伝説があります。境内には大きな榠樝の木。こちらの足腰護りが強力。朝妻も長年お世話になっています。

アンカーはビデオ判定秋高し       小林伊久子

 小学校か中学校の運動会と鑑賞しました。勝敗は明らかなのに、ビデオ判定ですと盛り上げる。良い演出ですね。

風を呼ぶ極意あるらし猫じやらし     志々見久美

 いつ見ても揺れている猫じゃらし。軽いので風で揺れるのでしょうが、〈風を呼ぶ極意〉とみた作者の感性が見事。

農小屋にしのぐ亭午の初時雨       瀧下しげり

 ご自分の畑でしょうか。それとも見知りの人の小屋かもしれません。時雨を凌ぐには最適ですね。

外の灯を見る宵寒の渡り廊        武田 風雲

 湯殿に通じる渡り廊でありましょう。宵寒とありますので湯殿に向かう途中。ゆっくりと温まってください。

八の字に樟の木めぐる秋日和       原田千寿子

 樟の木の圧倒的な生命力にあやかるという意味合いでしょうか。各地に樟の木を八の字に回ると願いが叶うという風習が残されています。〈秋日和〉が良いですね。

灯火親し上がり湯少し熱くして      田中 愛子

 上がり湯、ご自宅のシャワーかと鑑賞しました。〈灯火親し〉と思う時期、何もかも優しく感じられるものです。

冬の夜の空を静かにきぼう過ぐ      福長 まり

 〈きぼう〉は国際宇宙ステーションの日本の実験棟。ネットなどで見える方向を確認して外に立つ。知的好奇心の表れですね。

夕映ゆる塔晩秋の斑鳩路         松井 春雄

 斑鳩には法隆寺(五重塔)・法輪寺(三重塔)・法起寺(三重塔)の三つの塔があります。掲句、法起寺でしょうか。

榎の実散らし鋭き鳥の声         三代川次郎

 餌になるので餌の木、榎という名になったという説もあるほど鳥のよく寄る榎。枝屑を散らしながらの食事時です。

三百回祝ふ句会や文化の日        吉沢ふう子

 「けやき句会」は二十五周年、三百回を迎えました。皆さんのご協力のお蔭です。文化の日に相応しい内容ですね。

冬紅葉縫ひ行くやうに電気バス      渡邉眞知子

 立山の作品が並んでいますので、これは立山トンネルのトロリーバスでしょうね。懐かしいと思いネットを開いたところ、トロリーバスは廃止となり、代りに電気バスが運転されているとのこと。お元気な作者です。

花蕨苔に叢立ち鮮やぎぬ         板倉 年江

 季語として採録されていながら、余り知られていない花蕨。ネットをみると蕨のように見えます。珍しい季語。

なけなしの髪を木枯吹き立たす      伊藤たいら

 加齢と共に白くなるか、少なくなるかの髪の毛。〈なけなしの〉のいかにも楽しい作品です。

取れさうで取れぬ瘡蓋冬めきぬ      今村 雅史

 傷などの痕でしょうね。治りかけたときは痒いし、なぜか剝がしたくなるし……。しばし我慢ですね。

しんがりの子に拍手湧く運動会      今村美智子

 十二月号の広場欄に「運動会ではいつもビリ」という明笛さんの投稿がありました。今では励ましの拍手。

秋麗や小き橋にも名のありて       上西美枝子

 境内とか庭園でしょう。小さな橋にも名があり、駒札などが立っている……。歩く人を楽しませる工夫ですね。

着ぶくれてパソコンの世に遠く座す     宇利 和代

 〈パソコンの世に遠く座す〉という把握が見事で愉快な作品。パソコンは使えなくても俳句は楽しめます。





 ~以下、当月抄候補作品から~

怨讐の国境を越え初鴨来         高野 清風
冬ぬくし父母状の碑のどつしりと     原  茂美
抽斗に団栗独楽と肥後守         藤田 壽穂
出動の訓練凜と文化の日         浅川加代子
秋澄みて水切り五段跳ねにけり      川口 恭子
阿弥陀もて小僧役引く秋の暮       河原 まき
新豆腐の御負けにどんと雪花菜      櫻井眞砂子
暮れ時の湯屋を出て食ふかんざらし    島津 康弘
漱石の茶屋に紅葉と串だんご       住田うしほ
宮は晴れ鳥居しぐるる厳島        田中 幸子
久闊を叙する集ひや京小春        冨安トシ子
草叢の根締めとなれる思草        中谷恵美子
神留守の沓脱ぎ石や猫ねまる       中村ちづる
風と来て葉裏に憩ふ秋の蟬        西岡みきを
池の辺の宿主に寄れる思草        播广 義春
神留守の庇を借るる小雨かな       春名あけみ
米寿過ぎ卒寿を目指す今朝の冬      深川 隆正
時の疫の先見えぬまま冬に入る      船木小夜美
初冬や止めの液肥をぬかりなく      堀いちろう
阿弥陀籤引いて焼栗当てにけり      松本すみえ
エメラルド婚宿のロビーの蘭の花     三澤 福泉
在さねど拍手確と神の留守        宮永 順子
一丈の化粧地蔵や冬ぬくし        吉井 陽子
落葉搔く氏子の白き割烹着        伊津野 均
小春日や仲良し橋といふ木橋       伊藤 月江
蓄音機のジャズが流るる文化祭      乾  厚子
崩れたる二股橋に紅葉散る        小山 禎子