常葉・照葉集前々月号鑑賞      三代川次郎


木歩忌の墨田の流れ見つめをり      杉浦 正夫

 向島小梅町に生まれた俳人富田木歩は両足が不自由でした。貧困の中で俳誌「ホトトギス」と出会い、句作に精進、名を知られるようになりました。二十代半ばにして関東大震災に遭い、隅田川の枕橋の近くまで逃げたものの、橋が焼けてしまい命を落としました。木歩の亡くなった枕橋近くには木歩の〈かそけくも咽喉(のど)鳴る妹よ鳳仙花〉の句碑がたっています。作者は隅田川の流れを見つめ不遇の俳人木歩に思いをはせているのでしょう。

風に日にもてあそばるる芋の露      長岡 静子

 里芋の葉は撥水性を持っています。これは葉の表面に極細かい凸凹があり表面張力によって水が丸まるからです。この特性により里芋の葉は汚れにくく多くの光を受ける事ができるようになるそうです。掲句は芋の露が葉の表面を転がっていく様子を詠んだもの。「風にもてあそばれる」という表現に惹かれました。

韓人もともに祀れる施餓鬼かな      小山 禎子

 熊本地方には「百済来」という地名があり、百済王朝に仕えた日本人の日羅の出身地と言われています。この辺りには長い年月の中で多くの渡来人たちが移り住んできて、その中で飢餓により亡くなった人々は分け隔てなく施餓鬼供養が行われていたのでしょう。

屋根付きの土俵や隠岐の一の宮      角野 京子

 隠岐の島では古くから神事相撲が行われてきました。隠岐は相撲が盛んで島を上げてお祝事などに夜を徹して相撲大会が行われます。隠岐諸島で祝事があった時のみ、島を上げて徹夜で行われるようになったのが「隠岐古典相撲」大会。現在でも行われている宮相撲の様子は川上健一の小説『渾身』に迫力十分に描かれています。その宮相撲が行われる舞台が掲句の土俵。これは立派な屋根付きのもので、二十年に一回、夜を徹しての相撲大会が行われます。

声調のよき船頭や水の秋         武田 風雲

 舟唄は船頭が歌う労働歌。世界中に色々ありますが日本三大舟唄は「音戸の舟唄」「淀川三十石船舟唄」「最上川舟唄」。掲句の舟唄はきっと作者のお住まいの近くに流れる淀川の舟唄でしょう。淀川の三十石船は江戸時代、京都大阪を結ぶ旅客専用の船便として栄えました。その船頭が歌ったのが「淀川三十石船舟唄」。この三十石船は今年も十月に復活運行されました。乗客はその歌を聴きながら江戸の頃にタイムスリップしたことでしょう。

子規庵の玻璃戸の歪み秋暑し       川口 恭子

 昔の日本家屋は夏向きに出来ていたため冬の室内は外気温とほとんど変わらなかったと思われます。子規の有名な句である〈いくたびも雪の深さを尋ねけり〉(明治二九年)も雪の庭と部屋の仕切りは障子一枚。子規庵に硝子戸が付けられたのは明治三二年で虚子からストーブと共に贈られました。寝たきりの子規はこの硝子戸を大いに喜んだようです。現在の硝子戸は戦後の一九五〇年に再建されたもの。その当時もまだ硝子は歪んだ物だったのですね。

盆踊男が唄ふ口説歌           岡山 裕美

 盆踊の「口説き」は盆踊の中で歌われる長編の叙事詩。歌い手はこれを唄いながら踊り子たちを盛り上げ踊りの輪を大きくしていきました。作者がお住まいの八代の植柳盆踊で唄われているは、口説き手の口説き唄のみで物語がつづられ、植柳の若い男女が心中する姿や緩やかな振りの踊りが続くそうです。

チボー家の人々を読む虫の夜       田中 幸子

 チボー家の人々はロジェ・マルタン・デュ・ガールの小説。第一次世界大戦を背景にした全八部十一巻に渡る長編小説です。時代背景は第一次世界大戦前後の十年間。その時代のフランス社会を背景にした内容です。昭和二七年に全編の翻訳が完成し、戦後の若者たちの共感を集めました。作者も若かりし頃にこの小説にはまっていたのでしょう。それから数十年、久しぶりにそれを読み作者はどのような感慨を持ったのでしょう。

両の手におもちや握りて昼寝の子     松井 春雄

 昼寝は、幼児の脳の成長を助けるとともに睡眠による情報の整理や記憶の定着を促進します。特に、言葉や感情の理解が進むこの時期における昼寝は学びや遊びへの意欲を高める役割を果たします。両方の手におもちゃを握ったまま熟睡している様子を見ていると見ている方も癒されます。

遮断機の警報遠し秋夕焼         木村てる代

 秋の夕焼けは夏のものと比べると色合いも淡く柔らかく感じます.また日が短くなるにつれその色はすぐに消えてしまいます。そしてその短さゆえに秋の夕焼けは物寂しさを感じさせます。作者には遠くで鳴る踏切の警報の単調な音が物悲しさを増幅させるように聞こえたのでしょう。

石榴熟る垣根の中の習字塾        宇利 和代

 スマホやパソコンで文字を書くことが普通になった時代ですが、書道教室の数は増加の傾向にあるようで全国で一万件以上あります。自分で文字を書かなくなっていることがかえって自分で文字を書くことを習う子どもたちを増やしているのでしょう。〈垣根の中の習字塾〉の表現が習字塾のありようを表していると感じました。

秋の夜や来ぬ返信を待ちあぐむ      田中よりこ

 掲句の返信はメールかラインの返信でしょう。やり取りが簡単で便利になった故に返信が遅いとイライラします。昔のように待つのが難しい時代になったのかも知れません。