課題 初鴉 初烏
元日、東雲の空に鳴きながら飛ぶ鴉の声や姿をいう。鴉は黒い姿や無気味な鳴き声から不吉な鳥とされるが、古くは太陽の中の三足鴉や八咫鴉は瑞兆とされていた。また日光・宮島その他の各地の神社では鴉は神の使いであり、元日の鴉も神の鴉としてめでたいとされ喜ばれる。(柴田佐知子)
新版角川俳句大歳時記より
己が羽の文字も読めたり初鴉 与謝蕪村
初鴉我が死ぬときは何と啼く 井上重厚
天の原和田の原より初鴉 阿波野青畝
初鴉波高ければ高く飛び 鈴木真砂女
初鴉病者は帰る家持たず 藤沢周平
つねよりも田のひろびろと初鴉 桑島啓司
特 選
生きてゐてこその山河や初鴉 志々見久美
今回の題詠〈初鴉〉は皆さん簡単そうで難しかったかもしれません。 季語の解説の「東雲の空」「一声鳴く」「神の鳥」の世界をそのまま詠んだ句が多く、しっかりとした句ですが入選からは外しました。ご容赦ください。
さて、掲句はそんな中で、初山河への作者の思いが点景としての鴉を介して詠まれていて大変すばらしい本格的な句だと思いました。
初鴉悠然として明石の門 杉浦 正夫
地名を配した句も多くありましたが、私が気に入った句はこの句です。大和、熊野、吉野、近江などを付けると大体俳句になりますが、そこから少し外して明石海峡を持って来たのが作者の手柄ではないでしょうか。初春の広々とした大景が見えてきます。
初鴉楽譜のやうに飛び連ね 星私 虎亮
若い作者らしい一句で、私が今回一番のおすすめの句です。季語の解説の世界を飛び出して、作者の感性で初春を舞う鴉たちの生き生きとした情景を詠みました。〈楽譜のやうに〉の措辞が初春への喜びに溢れた句です。こんな句こそがこれからの初鴉の句となるでしょう。
中辺路の桶屋に群るる初鴉 関口 ふじ
鴉と言えば熊野信仰のシンボル。この句は直接には熊野とは言わずに熊野への中辺路という言葉を使ったところが先ず成功しています。そして桶屋という何とも日常的な場所を配しながら、でもしっかりと熊野の鴉を句にしたところが常套的な句から抜けています。
私は五十歳の時に熊野路(熊野古道と呼ばれ始めた頃)を大阪の天満橋から徒歩で全行程踏破しましたが、中辺路の桶屋は知りませんでした。今調べたら国道311号線にあるんですね。
初鴉友よりメール届くなり 髙橋 保博
正月に友から届いたメールでの新春のうれしいご挨拶。さっき聞いた初鴉の声がその前兆だったのだと悟った作者の喜びが感じられます。良き知らせを届けるのも初鴉だからこそです。
白き野の句点のごとき初鴉 渡部 芋丸
青森県八戸市にお住まいの作者ならではの句です。雪原のなかの鴉が映えてますねえ。八戸は実は太平洋側の気候なので同じ青森の津軽とは違い大雪にはならないのですが寒さから雪は消えることが無い地方です。
この街が君の故郷か初鴉 川口 恭子
正月の都会は人も減り静かですが、ふるさとへ帰ることも無く迎えた元日に出会った初鴉へ、同じような境遇かと声を掛けた作者です。私も故郷と言える場所が無い都会者なので、本当に正月の鴉は親しめる鳥です。
田の神に御酒の供へや初鴉 島津 康弘
田の神への信仰は全国的ですが、南九州では田の神(タノカア)と呼ぶ石像を田のほとりに祀る民俗があります。正月には年神様、祖霊神、そして田の神様への儀礼が欠かせません。 初鴉も一緒に祝ってくれたのでしょう。
金閣の庭につやめく初鴉 中尾 礼子
金閣寺と初鴉の取合せの句ですが、色の対比が新鮮です。
この句も常套的な初鴉の世界を飛び出た色彩豊かな、それでいて初春らしいめでたさを詠んだ句ですね。
入 選
門前の一樹の高し初鴉 長岡 静子
初鴉鷹より高く舞ひにけり 片上 節子
生国に目覚めの朝や初鴉 木原 圭子
白湯旨し八十路の朝の初鴉 松本 英乃
初鴉悠然と舞ふ吾の頭上 髙松眞知子
初鴉悪声なれど品よくて 布谷 仁美
み熊野の空を統べゐる初鴉 浅川加代子
初鴉嗄れ声なれどおほらかに 小澤 巌
天に地に声を曳きゐる初鴉 酒井多加子
初鴉大和国原筋交ひに 吉村 征子
参道を誘ふかに飛ぶ初鴉 板倉 年江
聞きなれし声を落として初鴉 今村美智子
神風連の討入り口を初鴉 岡山 裕美
かあと鳴きいつもの奴が初鴉 角野 京子
産土の田をのびのびと初鴉 河原 まき
高く舞ひ確と鳴きつる初鴉 住田うしほ
胸を張り鳥居を潜る初鴉 宮永 順子
初鴉遠目の紫峰よく晴れて 吉沢ふう子
ひと声をいつもゐる樹で初鴉 浅川 悦子
初鴉首ぺこぺこと馴れ馴れし 鎌田 利弘
呟きて鎮守を望む初鴉 コダマヒデキ
田の神か凜然として初鴉 瀬崎こまち
欄干の鷗蹴散らす初鴉 髙木 哲也
投函のポストの上に初鴉 中村 克久
初鴉日の出を共に待つとせむ 新倉 眞理
森出でて街の木立へ初鴉 野添 優子
初鴉声広がりて海辺へと 松本 葉子
初鴉高鳴き今日は好き日かな 大木雄二郎
山よりも都会に集く初鴉 山本 創一
初鴉半歩ほど我に近づきぬ 宇利 和代
佳 作
鶏に負けじと鳴ける初鴉 窪田 季男
初鴉いつもの森に帰りをり 上和田玲子
日の出時遠に三声の初鴉 越智千代子
初鴉電柱の秀で毛繕ひ 寿栄松富美
参詣の人に交じりて初鴉 竹内美登里
初鴉三角屋根の小学校 田中せつ子
アンテナを塒となりし初鴉 土屋 順子
初鴉寝床に声を聞きしのみ 野村 絢子
磐座の三輪山晴れて初鴉 中尾 光子
初烏かあかあかあとよく鳴けり 人見 洋子
産土に一声残し初鴉 平橋 道子
大空に一声上げて初鴉 穂積 鈴女
初鴉声高らかに屋根の上 水谷 道子
神苑の大樹に群れし初鴉 米田 幸子
佳き松の高見の枝に初鴉 岩橋 俊郎
初鴉ばらばらに飛び遠くゆく 近藤登美子
餌置けば皿ごと屋根へ初鴉 佐々木一夫
神木に一声叫ぶ初鴉 寺岡 青甫
初鴉地震の荒地を睥睨す 中野 尚志
初鴉羽ばたく空や雲もなし 村川美智子
殊更に良き声を張る初鴉 原 茂美
神杉の穂に泰然と初鴉 藤田 壽穂
初鴉我が物顔に古戦場 うすい明笛
初鴉羽音新たに飛び来たり 大塚 章子
群れ作り赤き雲つく初鴉 小山 禎子
新しき光に濡るる初鴉 香椎みつゑ
初鴉羽音大きく飛び立てり 木村てる代
初がらす今朝はよき声ひびかせて 小林伊久子
明け渡る畑をついばむ初鴉 櫻井眞砂子
そらにみつ大和の国の初鴉 瀧下しげり
昨日来ず今日旭光に初鴉 武田 風雲
参拝の列を見下ろす初鴉 田中 幸子
初鴉はやも生塵あさりたり 田中まさ惠
電線に並みてうるさき初鴉 田中よりこ
参道をゆく我に鳴く初鴉 谷野由紀子
神杉の紙垂の真白や初鴉 冨安トシ子
けふもまた芥箱あさる初鴉 中尾 謙三
高見嶺の空しらじらと初鴉 中谷恵美子
電線に留まり此方見る初鴉 西岡みきを
初鴉声をこぼして物色す 原田千寿子
産土の一の鳥居に初鴉 播广 義春
湯の里の路地裏歩く初鴉 春名あけみ
西空へばらばら飛びぬ初鴉 深川 隆正
暁闇に聞ける一声初鴉 福長 まり
ひんがしに一声零す初烏 冨士原康子
神木に一声あぐる初鴉 船木小夜美
初鴉街はやうやく明け初めぬ 松井 春雄
初鴉港に泊まる白き船 三澤 福泉
船神は岬の奥や初鴉 渡邉眞知子
田畑の電線で鳴く初烏 乾 厚子
ゴルフ場の番兵のごと初鴉 遠藤 玲
銀色のドーム球場初鴉 大澤 朝子
青空へ高く高くと初鴉 太田美代子
神木の空の近くに初鴉 越智 勝利
朝日受け光る瓦や初鴉 金子 良子
初鴉羽音雄々しく飛び立てり 北田 啓子
高き木の天辺に鳴く初鴉 五味 和代
初鴉羽繕ひて電柱へ 小薮 艶子
枝を張る松に飛び来る初鴉 髙橋美智子
荒神の池に降り来る初烏 髙橋 佳子
古都の鐘響ける朝に初鴉 髙松美智子
よちよちの歩み愛しき初鴉 竹村とく子
野菜畑に数羽群がる初鴉 中田美智子
大屋根に啼かずほつつく初鴉 浜野 明美
初鴉我がマンションに声高く 藤原 俊朗
神杉に羽を休むる初鴉 松本すみえ
朝まだき三上山より初鴉 三原 満江
裏山にやはらかき声初鴉 宮田かず子
初鴉鎮守の杜の彼方より 山内 英子
初烏や急降下から舞ひ上がる 渡邊 房子
天日干しそばに舞ひたる初鴉 奥本 七朗
医師用のガレージしんと初鴉 小見 千穂
初鴉門真の芥に紛れをり 河井 浩志
初鴉塒を後に朝日追ふ 川尻 節子
地域猫の餌を啄みぬ初鴉 佐々木慶子
初鴉の澄声聞きつ朝寝坊 杉山 昇
東雲や濁世警世初烏 西山 厚生
初鴉ひときは高く鳴く朝 野村よし子
古道行く道標守る初鴉 林 雅彦
明けきらぬ東の空を初鴉 福原 正司
なんとなく鳴き声清し初鴉 溝田 又男
初鴉眠りの浅き明け方に 山﨑 尚子
鳴き合うて鉄塔高く初鴉 斎藤 摂子
庭先に番とも見ゆ初鴉 山下 之久
ひとすじの光をよぎる初鴉 青木 豊江
どこからか集まってくる初鴉 井上 妙子
妙見の山のにぎわひ初鴉 宇野 晴美
目の合ふて得意顔なる初鴉 岡田 寛子
初鴉目指す止まり木ある如し 榎原 洋子
電線に小鳥と並ぶ初鴉 長浜 保夫
朝市を横目に見張る寒鴉 田中 愛子
初鶏に続き聞こゆる犬の声 糟谷 倫子
ふるさとの世慣れぬこゑの初鴉 伊津野 均
次回課題 春灯(しゅんとう) 春の灯・春の燭・春灯(はるともし)
締 切 3月末日
巻末の投句用紙又はメールで、二句迄。編集室宛
メール touku-kumonomine@energy.ocn.ne.jp