◆課題俳句◆   岡田万壽美選


課題 滴り・滴る・岩滴る・崖滴る

 山の崖や岩膚の裂け目から滴々とこぼれ落ちたり、あるいは苔をつたって落ちる清冽な水滴のこと。古くは、「しただり」ともいわれた。木の葉や軒端を落ちる雨後の雫をさす言葉ではない。滴りの様子や水滴の跳ねる音は視覚と聴覚の両方に涼感を誘う。(清水青風)       

新版角川俳句大歳時記より

滴れる岩に刻める仏あり         池内たけし
滴りや湯殿の山の茂吉歌碑        皆川 盤水
滴れり日の出前なる明るさに       茨木 和生
光陰の狂ふことなく滴れる        三村 純也
滴りの金剛力に狂ひなし         宮坂 静生
滴りをはねかへしたる水面かな      片山由美子
大阿蘇の背山妹山滴れり         牛島 登美
廃坑の入口暗く滴れり          重盛 千種
滴りや西行庵に下る径          神田 一萩


特 選

クラックに滴り浴ぶる登攀かな      杉浦 正夫

 〈クラック〉とは、岸壁の割れ目のことだそうです。岩山に出来た細い割れ目をよじ登る作者に降りかかる〈滴り〉清冽です。この〈滴り〉が登山者にとって、嬉しいものなのか、試練になるのか、経験の無い私にはわかりません。けれど、それでも、岩肌や水滴の感触が伝わります。頑張れと言いたくなります。憧れの一句です。

滴りや即身仏の岩窟に          播广 義春

 前句が晴れ晴れと強い〈滴り〉であるとしたら、掲句は昏く冷たいけれど心に沁みる〈滴り〉です。昨年秋の記念吟行で訪れた京都古知谷の阿弥陀寺でしょうか。修行僧によって手彫りされた岩窟に弾誓上人が石龕に生きながら入られ〈即身仏〉となられたミイラが端座合掌の姿勢で安置されています。修行に対する壮絶な覚悟を思う一句です。

岩穿つまでの長きを滴れり        福長 まり

 こういう感じを詠みたかった方、多いですよね。私もです!この一滴が長い時間を経て今あるという方向で詠んだ句も多かったですが、掲句は、その一滴一滴が穿った岩を詠むことで悠久の時を表現しました。一読してタイムスリップするような心持に感動しました!

滴りに首をすくめて間歩探る       小澤  巖

 〈間歩〉は鉱山の穴、坑道または坑道に入ることです。生野銀山や佐渡金山など観光出来る場所もあります。水が染み出る箇所もありますので、〈首をすくめて〉に共感する方多いと思います。冷たい感触に伴い、ひやりとした空気感や音の反響などリアルに感じさせる実感のある一句です。

滴りや天下分け目のふところに      河原 まき

 面白いなあと思いました。一滴が涼を誘う〈滴り〉を前に作者は佇んでいます。思いを馳せているのは、その〈滴り〉があるのが、〈天下分け目〉の戦いがあった場所だということです。一気に大きく出ましたね!関ヶ原か天王山か……。〈ふところに〉ですから、天王山かな。サントリーの山崎蒸溜所が有名ですから、良い水が湧いていそうですしね。膨らませ方?飛び方?大好きです♪

滴りを声明と聴く岩屋仏         田中 愛子

 〈滴り〉の音を〈声明〉と聴いているのは〈岩屋仏〉であり、作者でもあります。〈滴り〉の音には、なぜか心が動くものです。ましてや仏様が祀られているとなおのこと。
でも、それを〈声明と聴く〉と表現できたのは、作者の日頃の信心かと思いました。

紀の川の基滴る原始林          西山 厚生

 〈紀の川の基〉は大台ヶ原だそうです。紀の川は奈良県内の部分を吉野川と言い紀伊半島の中央部を貫流し、高見川、大和丹生川、紀伊丹生川、貴志川等を合わせ紀伊平野を経て紀伊水道に注ぎます。海までの流れに思いを馳せて視点が揺らいでしまう句も多い中、掲句はしっかりと目前の〈滴る〉〈原始林〉を詠み、雄大な〈紀の川〉を育む豊かな森を読み手の心の中に広げてくれました。



入 選

傾きの程好き地球滴れり         志々見久美
六甲の岩の滴る歌碑の径         角野 京子
霧島の柱状節理滴れり          岡山 裕美
廃鉱の鑿跡伝ひ滴りぬ          深川 隆正
滴りや遅れてむかふ昼餉場所       光本 弥観
億年の地層を穿ち滴りぬ         浅川加代子
滴りや岩場に祀る山の神         原  茂美
滴りの白き光を掬びけり         田中 幸子
美しく苔ふくらませ滴れり        谷野由紀子
滴れる巌を攀ぢゆく行者かな       松井 春雄
滴りや岩場の堂のおぼつかな       野添 優子
そよと風神住む山の滴りに        布谷 仁美
着生のベゴニア揺らし滴れり       板倉 年江
滴りや刻み目薄き摩崖仏         今村美智子
滴りの甘し昼なほ暗き峪         うすい明笛
羨道の巨石を伝ひ滴れり         香椎みつゑ
ほの暗き天城隧道滴れり         小林伊久子
滴りを頭に受くる鍾乳洞         松本すみえ
滴りや三重の奥山なほ険し        竹内美登里
滴りを小瓶に受くる子供たち       中野 尚志
摩崖仏の頰を伝ひて滴れる        吉村 征子
岩滴るあやとり橋へすずろ行く      大塚 章子
滴りや袈裟掛け巡る修行窟        横田  恵
滴りを両手で受くる八合目        金子 良子
一本の草を伝ひて滴れり         浜野 明美
源流は草の蔭より滴りぬ         松本 英乃
滴りも守りて苔むす道祖神        佐々木一夫
三輪山の岩のしたたり神々し       酒井多加子
滴りの音岩窟に楽をなす         島津 康弘
滴りを汲んで鼓動の穏やかに       武田 風雲
滴りや異国文字ある不動尊        田中よりこ
滴りやマッターホルンの遠く見ゆ     野村よし子
滴りの小さき祠へ十五円         福原 正司
滴りのやがて流れにハリヨ群る      櫻井眞砂子
滴りの光りて落つる岩場路        春名あけみ
滴りの生れては光る崖の苔        三澤 福泉
滴りの岩間に射せる夕日かな       浅川 悦子
滴りの横にカップの備へあり       乾  厚子
滴りや哀史伝ふる渓谷に         北田 啓子
謂れある磐の滴り真手に受く       斎藤 摂子
木漏れ日の苔の滴る水飲み場       松本 葉子
滴れる苔に埋もれし碑文かな       渡部 芋丸
滴りや欠けし石碑に魂の文字       杉山  昇
切通し崖の滴り風を呼ぶ         住田うしほ
岩滴りに着生したる花の色        中田美智子
滴りをしばし見つめて片手出す      宇利 和代
滴りの岩屋に午後の日差しかな      木原 圭子
一山の岩の滴り汲む手窪         中尾 光子
滴りに額押しつけ深呼吸         長浜 保夫
滴りの崖に水ぶき採りにけり       野村 絢子
滴りを受くる幼なの腕まくり       人見 洋子

佳 作

滴れるくぼみに鳥が水浴びす       髙橋美智子
滴りや燈明揺るる弁天窟         冨士原康子
滴れる天城トンネル深閑と        吉沢ふう子
滴りや五百羅漢の百面相         渡邉眞知子
山の息山の拍動滴りぬ          糟谷 倫子
珠のごと苔の滴る下山道         髙木 哲也
喘ぎ来て滴り掬ふ鞍馬道         髙松美智子
滴りや神在す山静もりて         新倉 眞理
滴るや苔むす岩に陽も揺れて       林  雅彦
滴りの巌に小き祠かな          青木 豊江
山路来て滴りに息つきにけり       穂積 鈴女
両の手で掬ふ滴り息つなぐ        片上 信子
滴りに向きて余生の息を継ぐ       木村 粂子
滴りや銀山の間歩寂々と         髙松眞知子
滴りを掬ひ野草へそつと掛け       伊津野 均
滴りを水筒に汲み我が家まで       西岡みきを
手の窪に受くる滴り煌めきぬ       宮永 順子
滴りや一朶の雲の動かざり        宇野 晴美
手拭に滴り吸はせ当つる頸        鎌田 利弘
滴りに和む一服杉の闇          竹村とく子
滴りや平家伝説在りし村         山内 英子
滴りに手拭浸し鉢に巻く         大木雄二郎
滴りの彩を変へゆく日の出かな      山本 創一
石仏の呼吸のごとく滴りぬ        長岡 静子
滴りや窟に仏おはします         田中せつ子
滴りや洞窟に坐す石仏          米田 幸子
滴りも静寂の中奥の院          村川美智子
滴りに苔の輝く石仏           木村てる代
滴りの等間隔の調べかな         中尾 謙三
滴れる崖に小さき地蔵尊         原田千寿子
滴りの音幽かなり穴弁天         大澤 朝子
滴りにタオルを濡らす山路かな      小薮 艶子
坑道に滴りの音響きけり         関口 ふじ
岩窟の滴りに在す地蔵尊         瀬崎こまち
山路来て滴りを直に飲む         高橋 佳子
滴りや静けき刻をひとり占め       上和田玲子
淀みなく崖滴りて崖に消ゆ        榎原 洋子
滴りの落つるリズムや穏やかに      土屋 順子
滴りや岩屋の中に不動尊         水谷 道子
滴れる苔むす古寺の静寂かな       中尾 礼子
滴りを求め旅せし若き頃         小山 禎子
滴れる岩に苔むす招提寺         中谷恵美子
滴りはやがて鴨川桂川          遠藤  玲
滴りに苔あをあをと光りをり       五味 和代
滴りの音の近くに摩崖仏         三原 満江
裏山の滴りに手をひたしみる       宮田かず子
佐井寺の滴る岩に想ひはす        河井 浩志
滴りをボトルに詰めて家苞に       川尻 節子
滴りの水筋追ひつ憩ひけり        山﨑 尚子
滴りの崖高からず低からず        越智千代子
岩滴る苔うるほして谷の黙        片上 節子
滴りや西行庵へ岩伝ふ          平橋 道子
熊野道背山妹山岩滴る          寺岡 青甫
岩滴るここが川の始まりや        古谷 清子
滴りて顔のほころぶ仏かな       コダマヒデキ
滴りの大河となりて海あをし       岡田 寛子
滴れる当尾の里をほろほろと       小見 千穂
滴りや暗き岩屋に微かな音        佐々木慶子
滴りの音はリズムか寝地蔵さん      奥本 七朗
水琴窟に響く滴り笑まふごと       川口 恭子
運命の山に滴り吉野川          越智 勝利
滴りて師の句碑凜と吉野山        船木小夜美
朝の葉にきらりと光り滴りぬ       太田美代子
滴りや友より句集届くなり        髙橋 保博
岩苔に滴る清水掌で掬ふ         溝田 又男
厳かなる奥宮抱きて山滴る        田中まさ惠
じつとしても滴る汗をぬぐひけり     井上 妙子
窓の玻璃打つ滴りを眺め居る       渡邊 房子
雨降つて傘から雨が滴つて        近藤登美子





次回課題  残暑・残る暑さ・秋暑し・秋暑・餞暑
締  切  9月末日必着
巻末の投句用紙又はメールで、二句迄。編集室宛
メール touku-kumonomine@energy.ocn.ne.jp