課題 うすらひ 春氷 春の氷
春さきになり張る、ごく薄い氷のこと。逆に解け残った薄い氷に使うこともある。早朝、池や手洗い鉢など、一面に張った氷も、昼頃になると解けて、いくつもの薄い断面に分かれ、消えてゆく。冬の氷と違い、薄く消えやすい。淡くはかない情感がある。(藺草慶子)
新版角川俳句大歳時記より
薄氷をぴしぴし踏んで老詩人 中村苑子
薄氷の岸を離るる光かな 皆川盤水
舌の根やときに薄氷ときに恋 池田澄子
うすらひの下さざなみのとほりけり 辻 桃子
薄氷や朝の飲食怠らず 水田光雄
特 選
足跡の一つひとつに春氷 コダマヒデキ
「課題俳句」はチャレンジする場だと思います。季語の解説文はあくまで季語の背景であって、そこから作者の思い、視点をどう表現していくか、を基準に選びました。とくに句歴の長い方は「薄氷と光」の句は今までもお作りだったと思い厳しくしました。ご容赦を。
掲句は泥濘に出来た春氷(合本歳時記所収季語)から春の訪れの足跡を感じた一句で新鮮な響きです。
薄氷に新幹線の灯が走る 鎌田 利弘
薄氷と朝の光の句が多くありましたが、どの句も常套的では?と私は思いました。掲句は夕闇から夜の景で光は新幹線の灯です。遠ざかっていく列車の放った光にどこか季節の移りゆく感興を感じた作者です。
暁闇に綱の薄氷払ふ波止 うすい明笛
まだ朝明に間のある時間の薄氷の景が新鮮です。朝漁へと魚網の支度をしているのでしょう。春の鯛網漁へと急ぐ明石、鞆の波止の景が思い浮かびます。
うすらひに泡のさ迷ふひとところ 中尾 謙三
この句の上手いところは〈泡のさ迷ふ〉です。ただ薄氷の泡、ではなくもう一歩踏み込んで、人の呟く息のように感じたところがはかなげな薄氷と響き合っています。
薄氷の空をこはせる幼かな 岡田 寛子
今回投句の一割は、薄氷と子供(通学時)の景でした。どの句も素直な句作りですが、誰でも普通に見て感じる景です。そこに作者の発見を加えて欲しかった。掲句は「空をこわす」と感じたのが発見の一句です。今回「若葉集」の会員の方の投句が余りありませんでしたが、ぜひ、大いに挑戦をして新しい俳句を作って参りましょう。
薄氷久に見るなり人面魚 布谷 仁美
鯉の池の薄氷の句も多くありましたが、作者は突然顔を出した鯉にあの九十年代に流行った人面魚を見ました。これも楽しい春ならではの発見です。
薄氷を踏んで見たしや通勤路 大木雄二郎
通学時の児たちの楽し気な景ではなく通勤時の作者がそんな子供になり切りたい思いを詠んでいます。通勤に明け暮れた、薄氷のような人生の歩みをも感じさせてくれる私の好きな句です。
薄氷のぷかぷかしたる花手水 角野 京子
俳人の好きな蹲い、手水に張った薄氷の句も多くありましたが、この句は花手水に浮く薄氷を〈ぷかぷか〉と詠んで春らしい少し浮き浮きした気分にさせてくれます。この句の舞台裏は、二月に東京の湯島天神で筆者と角野さんが見た(別に特別な関係ではありません、酒井多加子さんもいました)景でしょう。選をするときには、また個人的な事情も潜んでいるものです。ご容赦を。
祇王寺の庭にかそけきうすごほり 杉浦 正夫
今回はどんな地名俳句が出てくるか実は楽しみにしていたのですが、意外と少なかったですね。私なら東大寺裏、平城宮址、京都の禅院をすぐ思い浮かべてしまうのですが、そんな中、掲句の〈祇王寺〉は『平家物語』のはかない女人の生き様と薄氷の取合せで上手いですね。杉浦さんの句は先月でも「明石の門」で採りましたが私好みです。
入 選
薄氷の光遊ばせ溶けにけり 中尾 光子
薄氷のところどころに青き空 北田 啓子
うすらひの光に跳ぬる雀かな 小林伊久子
薄氷さらさら風が走りゆく 窪田 季男
薄氷踏み窪みに現るる大気かな 播广 義春
薄氷を割りて散らばる光かな 松本 英乃
にぎやかに薄氷選りて割りゆく子 今村美智子
水は息止めて作りぬ春氷 深川 隆正
薄氷の割目記憶の底に水 長岡 静子
薄氷や不思議なる神祀る村 渡部 芋丸
手のひらで押す薄氷の薄きとこ 星私 虎亮
薄氷の水面に羽音落とし行く 髙松美智子
わが影の頼りなげなる薄氷 宇利 和代
薄氷も掃き寄せてゐる竹箒 原 茂美
葦に触れ綺羅と流るる薄氷 吉村 征子
薄氷に昨夜の尖りし風の跡 河原 まき
城濠に風紋しるき薄氷 冨安トシ子
あれば突きあれば掬へる薄氷 福長 まり
まわり道してうすらひを割りに行く 宇野 晴美
蹲踞の薄氷にのる白きはね 浅川 悦子
薄氷に真白き気泡三つほど 大澤 朝子
薄氷をばりばり叩く反抗期 田中 愛子
薄氷に指差し入れて音を聞く 高橋 佳子
春氷指でつつけば水に入る 金子 良子
薄氷や噴水池に風の跡 野村 絢子
自噴井の縁飾りゐる薄氷 小山 禎子
薄氷踏むしやきつと音がせり 渡邊 房子
手水鉢の薄氷持ちて登校子 寿栄松富美
うすらひの上をとんとん鳥のゆく 大畑 稔
おそらくは浄土へ還る薄氷 杉山 昇
薄氷の消ゆるあたりの魚影かな 中村 克久
薄氷や薄氷のまま日の暮るる 寺岡 青甫
日に映えて淀の湾処の薄氷 山本 創一
佳 作
うすらひや町に銀座といふ通り 浅川加代子
うすらひの裂けて日の色放ちけり 小澤 巌
うすらひの池にたゆたふ有馬富士 酒井多加子
薄氷を踏みて駆け出す登校児 藤田 壽穂
薄氷を割り汲み上ぐる山の水 板倉 年江
薄氷を避けて通る子踏みゆく子 大塚 章子
薄氷を眺め軽めのスクワット 岡山 裕美
薄氷や鯉動かざるいさら川 香椎みつゑ
うすらひの返す光や遠忌日 川口 恭子
薄氷や弁天池に雑魚透ける 木村てる代
薄氷川の真中をゆらぎゆく 櫻井眞砂子
縄電車弛ぶ薄氷見つくれば 志々見久美
薄氷をおほふ静寂や余呉しらむ 島津 康弘
薄氷を割り子ら走る通学路 住田うしほ
とびとびに光る薄氷朝日さす 瀧下しげり
畦道にきらりと光る薄氷 武田 風雲
薄氷を踏み登校の遅れがち 田中 幸子
薄氷のかけら大事に登園児 田中まさ惠
薄氷に閉ぢ込めらるる池の鯉 田中よりこ
薄氷をわざわざ踏みにゆく子かな 谷野由紀子
薄氷や底に息衝く鯉の群れ 中谷恵美子
薄氷を競争で割る登校子 西岡みきを
薄氷風と光に艶めけり 原田千寿子
薄氷や富士は装ひまだ解かぬ 春名あけみ
薄氷や未だ手術を決めかねて 冨士原康子
薄氷の供物解けゆく地蔵尊 船木小夜美
朝の日に薄氷光る畷みち 松井 春雄
鳥声や庭のバケツの春氷 三澤 福泉
薄氷や言葉にもある裏表 宮永 順子
薄氷また膝痛の軋みだす 吉沢ふう子
登校のじやんけん遊び春氷 渡邉眞知子
夕映えの池にひとひら春氷 青木 豊江
ひとりづつ薄氷踏んで登校児 上和田玲子
薄氷ほどの決意に依りて今 榎原 洋子
午下やつとうずうず動く薄氷 越智千代子
薄氷や勝負の涙たたへ合ひ 片上 節子
薄氷に手出し引つ込め猫の所作 木原 圭子
薄氷の浮き沈みして隠れけり 竹内美登里
噂踞に薄氷見ゆる朝かな 田中せつ子
薄氷に朝の日差しをとどめたし 土屋 順子
薄氷と戯る子らの弾む声 長浜 保夫
薄氷の下に花咲く植物園 人見 洋子
薄氷や日差しを返す池の面 平橋 道子
春氷供花の絶へぬ辻地蔵 穂積 鈴女
薄氷に手洗鉢の形良き 水谷 道子
薄氷を見つけくづして登園児 米田 幸子
犬散歩薄氷さけまわりみち 井上 妙子
昇る陽にしずく煌めく薄氷 岩橋 俊郎
早朝の柄杓にさはる薄氷 近藤登美子
薄氷をちと突き上ぐる鯉の口 佐々木一夫
薄氷や身軽になりて踊りだす 髙松眞知子
古池や春の氷に透ける鯉 中尾 礼子
薄氷をつつく園児ら傘の先 中野 尚志
朝の陽に薄氷光るにはたづみ 村川美智子
薄氷の鋼の光放ちけり 乾 厚子
薄氷や眼下の島は幾重にも 遠藤 玲
川面の薄氷に石滑らせる 太田美代子
薄氷や媼の替ふる供花の水 五味 和代
薄氷の余呉湖に数多太公望 小薮 艶子
薄氷へ歓声あぐる生徒達 斎藤 摂子
ランナーの呼吸を乱す薄氷 関口 ふじ
図書館へ薄氷跨ぎ走る子ら 瀬崎こまち
薄氷の耀ふ庭の手水鉢 髙木 哲也
旅立ちも別れの一つ薄氷 髙橋美智子
薄氷を突つくも生家閉じしまま 竹村とく子
所々犬の器に薄氷 中田美智子
薄氷の残る神苑鳥静か 新倉 眞理
雨後の庭の薄氷鳴らすランドセル 野添 優子
母の手をほどき駆ける子春氷 浜野 明美
薄氷のかけら溶けゆく村の川 藤原 俊朗
登校の子が靴で押す薄氷 松本すみえ
薄氷に小首傾げる太き鳥 松本 葉子
踏み回る子や薄氷の水溜り 光本 弥観
薄氷に微かに動くものありや 三原 満江
田の面や日差しに光る薄氷 宮田かず子
薄氷や朝の光のやはらかし 山内 英子
薄氷を踏みつ駆けゆく小学生 山下 之久
薄氷に六甲連山揺れてをり 奥本 七朗
杖引けば小き薄氷避けられず 小見 千穂
薄氷に小魚覗き腰かがむ 河井 浩志
齢えて薄氷のごと過ごしけり 川尻 節子
薄氷を払ひながらに川の鷺 佐々木慶子
薄氷の池に竿振る釣師かな 西山 厚生
薄氷に空の蒼さの途切れたる 野村よし子
薄氷や防火バケツに葉がひとつ 林 雅彦
棒切れで突いてみたき薄氷 福原 正司
蹲に薄氷回るくるくると 山﨑 尚子
薄氷を踏み行く子らや春近し 越智 勝利
薄氷を踏んで男の旅続く 伊津野 均
次回課題 畑打(はたうち) 畑打つ・畑鋤く・畑返す
締 切 4月末日
巻末の投句用紙又はメールで、二句迄。編集室宛
メール touku-kumonomine@energy.ocn.ne.jp