課題 畑打(はたうち) 畑打つ・畑鋤く・畑返す
彼岸を過ぎてから春蒔きの様々な作物のために、畑の土を起こすこと。特に雪国では雪の重みで土が締められて、かちかちに固まっており、鍬で起こすのは重労働である。トラクターや大型・小型の耕耘機の普及により、以前よりも楽に短い時間で深くまで打ち起こせるようになった。(若井新一)
新版角川俳句大歳時記より
能登の畑打つ運命にや生れけん 高浜虚子
ごくだうが帰りて畑をうちこくる 小松月尚
海を見て十歩に足りぬ畑を打つ 夏目漱石
天近く畑打つ人や奥吉野 山口青邨
畑打の夫婦の距離の気にかかる 谷川和子
畑打つや影まねびゐる向ふ山 芝 不器男
はるかなる光りも畑を打つ鍬か 皆吉爽雨
畑打つて大き足跡残しけり 片山由美子
特 選
熊ならば三日見ぬがと畑を打つ 渡部 芋丸
今回の題詠の選句の基準でが、私は東京の場末で生まれ育ったので、実際の畑作業をしっかりと見たことがありません。ですので、私にとって新鮮に感じた句を入選とさせて頂きました。恣意的な選ですがご容赦ください。
さて、掲句。えっ、四日前には熊が出現していたのだ、南部八戸の土地は! 私には作れない世界ですが、農村と密着して生活している作者だからこそ作れる、こういう句こそ大事だと思います。
畑を打つ背筋伸ばせば普賢岳 渡邉眞知子
今回、畑を打っている土地でなるほど、と思った場所がこの句の土地です。畑を打つのは田打の水田耕作地とは別の趣がありますが、九州島原半島は普賢岳からの火山灰土のなだらかな畑野が広がり、水田地帯とは違う景が思い浮かびます。地名が効いている一句。
朝日背に畑打つ鍬の高さかな 川尻 節子
畑作業は朝早くから日の落ちるまでの大変な作業なんですねえ。朝日、夕日の中の畑打の句も散見しましたが、そこにもう一つ、発見を加えて欲しかった。この句の眼目は朝日に光る〈鍬の高さ〉の発見です。
畑打や遠嶺に一つ星生る 志々見久美
〈畑打〉と遠くの山の取合せの句は多くありました。どの句もしっかりとした句ですが、この句の光っているのはただ遠山ではなく、〈一つ星生る〉ですね。志々見さんは本当に感性が光る作者です。
畑ある限り畑打つ一歩かな 越智千代子
広々とした山裾の畑野が見えてきます。そして今、ゆっくりとその畑野に立ち向かいつつある動きを〈一歩かな〉で詠みました。
畑打つて木の根に当たる紋日かな 木村てる代
平地の畑野ではなく谷間のようなところでの畑打ちでしょうか。以前ご先祖様が開墾した時の木の根を掘り出し、何か得した気になったのでしょう。今日は春分の日だったと思い出し、父母への思い出に浸る作者です。下五への持ってきかたが成功です。
畑打の人離れては近づきぬ 長岡 静子
〈畑打〉の景を詠んだ句ではこの句に一番惹かれました。さりげない表現ですが大景の切取りがお上手です。
畑鋤くや貝塚跡の顕なる 木原 圭子
私の好みの句です。縄文時代は食物採集だけではなく、稲作前の畑作が始まった時代とも、現代考古学では言われます。海岸段丘の崖下の貝塚の辺りの畑を耕している景が見えてきました。
さ緑のもぞもぞしたる畑を打つ 角野 京子
若草や駒返る草も疎らに生えて来た畑地を〈さ緑のもぞもぞしたる〉と表現したところが春らしい野の景を思わせてくれています。今回の季語は、「田打」に替えても成立する句が多々ありましたが、この句は正に「畑打」でしょう。
入 選
離れゐて畑鋤く背の語り合ひ 榎原 洋子
輪地の中媼一人が畑返す 田中せつ子
畑打や市立就農支援塾 光本 弥観
もう一年気合をこめて畑を打つ 中野 尚志
畑打つも老いの腕の重さかな 土屋 順子
握り飯用意の妻と畑打へ 山下 之久
畑打や翼あるもの従えて 遠藤 玲
畑打は校長らしき遠会釈 春名あけみ
エンジンの吹き上がり良し畑を打つ 福原 正司
つかれしとすがしき声や畑打ち終ふ 大澤 朝子
畑鋤くは妻よ旦那は肥かつぐ 佐々木一夫
畑返すひねもす犬を友として うすい明笛
丁寧に畑打つ母の影丸し 福長 まり
目指せるは自給自足よ畑返す 島津 康弘
御者の声に畑鋤く馬は遠き過去 野添 優子
畑打の同士のよりて昼餉かな 浜野 明美
山間の畑打つ小き谺かな 長浜 保夫
畑打や土黒々と波打ちぬ 児島 昌子
畑鋤く子の後から母が均し行く 瀬崎こまち
山影の伸びくるまでを畑返す 小澤 巌
鳥声を耳に遊ばせ畑返す 窪田 季男
天空へ続く岨道畑返す 田中 幸子
黙々と畑打つ母の背をふと 中谷恵美子
畑打の二人ひなたの昼餉時 川口 恭子
畑毎に畑打つ人の一人づつ 河原 まき
畑返すその上の田も上の田も 酒井多加子
安らかに畑打つ人や島日和 谷野由紀子
畑打の鍬に凭れて一休み 深川 隆正
村を出ずひとり畑打つ媼かな 松井 春雄
畑打を終へて轍の残りけり 浅川 悦子
畑打てばそこは庭先一軒家 越智 勝利
晴れやかに畑打つ姪の日曜日 青木 豊江
畑打や家族会議の一夜明け 鎌田 利弘
新しき蒔きもの思ひ畑を打つ 中村 克久
鍬を砥ぐ野鍛冶の父も畑を打つ 髙橋美智子
畑返す鍬の土塊陽に映ゆる 髙松美智子
野菜屑土に埋めたる畑を打つ 松本すみえ
畑打つや島に暮らして二十年 松本 葉子
畑打を終へたる大地広がりぬ 斎藤 摂子
畑打ちて土黒々と慈雨を待つ 片上 信子
畑返す後ろに鴉したがへて 三原 満江
畑返す土ひと色となりひかる 宮田かず子
市街地の坪百万の畑返す 大木雄二郎
畑打つや古道を脇に従へて コダマヒデキ
休みなき腕の影や畑を打つ 岡田 寛子
陽と共に海風を浴び畑打てり 杉山 昇
微生物の為す術のなし畑返す 星私 虎亮
潮の香やよな混じりたる畑返す 原田千寿子
佳 作
畑打や昼餉は大きにぎり飯 浅川加代子
二上山にかかる夕日や畑返す 杉浦 正夫
登校の子に声を掛けつつ畑返す 原 茂美
畑打や大和青垣遠巻きに 藤田 壽穂
畑打ちて水飲むように雨を待つ 板倉 年江
畑返す影の揺らめく午下の里 今村美智子
畑を打つ母に届くる良き知らせ 岡山 裕美
故郷に畑打つ兄の姿なし 小山 禎子
海に向く段畑返す二人かな 香椎みつゑ
土塊をはじきつつ山畑を鋤く 小林伊久子
畑返す翁を余所に鷺六羽 櫻井眞砂子
遠近に畑打つ姿陽は高し 住田うしほ
畑打の人山を見て昼餉かな 武田 風雲
道すがらの人と親しく畑を打つ 田中 愛子
すぐそこに宅地造成畑返す 田中まさ惠
神獣鏡出でし里曲の畑返す 冨安トシ子
畑打やAI無人トラクター 中尾 謙三
日暮れまで父手伝ひて畑返す 西岡みきを
町内に畑打つ幼馴染かな 播广 義春
夕照や畑打つ音の響く村 冨士原康子
黄昏やもうひと畝と畑を打つ 三澤 福泉
花林糖好きで下戸なり畑返す 宮永 順子
山里の静寂や一日畑を打つ 横田 恵
潮騒を聞きつ畑打つ日和かな 吉沢ふう子
畑打つや土の香あふれ飛び散りぬ 宇利 和代
夕焼に男がひとり畑返す 上和田玲子
畑打は朝だけ鍬で少しづつ 太田美代子
花諸共げんげ畑鋤くトラクター 寿栄松富美
平城京今は昔や畑返す 竹内美登里
黒き土光と風を畑に鋤く 中尾 光子
畑打や他人に頼む先祖の田 野村 絢子
畑打の鍬を休めて腰のばす 平橋 道子
畑返す家族揃ひて祝祭日 穂積 鈴女
畑返す畳十畳ほどの土 松本 英乃
腰痛くしばし休憩畑打を 水谷 道子
畑打や土は平らに黒光り 米田 幸子
耕運機夫にまかせて畑打つ 渡邊 房子
この年も楽しみ多く畑返す 井上 妙子
里山の黙する二人畑を打つ 乾 厚子
一服の煙草畑打つ翁かな 宇野 晴美
一斉に畑打つ朝となりにけり 金子 良子
土くれに白き根混じる畑返す 北田 啓子
ボランティアの寄りて畑打つ過疎の村 五味 和代
抽選の貸農園や畑を打つ 小薮 艶子
穴あきのデニムが揃ひ畑返す 関口 ふじ
畑打に黒土出てて鍬光る 髙木 哲也
黙々とだが浮き浮きと畑返す 髙橋 佳子
畑打は畝たかだかと見事なり 中田美智子
畑返す翁の脛のたくましき 新倉 眞理
トラクターの音軽やかに畑を打つ 山内 英子
畑打や陽当たる土の柔らかき 奥本 七朗
淡州へ畑打ち通う農学徒 河井 浩志
畑打や親鳥の呼び声高し 佐々木慶子
後嗣なき人や肥沃の畑を打つ 西山 厚生
畑打の疲れも見せず夕支度 野村よし子
畑打ちて腰の呻きに牛笑ふ 林 雅彦
貸農園一畝残し畑打てり 溝田 又男
畔に腰掛くる翁や畑打ちて 山﨑 尚子
畑打ちし長靴そのまま玄関に 近藤登美子
畑打や鴉がそばへ寄つて来て 髙橋 保博
畑打つ手休めあれこれ山に問ふ 髙松眞知子
若者の畑打つ腕の力瘤 中尾 礼子
畑打の若き漢のひとやすみ 布谷 仁美
貸農園に帽子とりどり畑を打つ 村川美智子
畑打つや二坪ほどの貸農園 山本 創一
すつきりと畦草を刈り畑を打つ 瀧下しげり
半天をぬいで畑打続けゆく 人見 洋子
畑返す代代の土匂ひ立つ 船木小夜美
日暮れまで畑打つ翁汗光る 大塚 章子
畑鋤くや雀の鉄砲うちにけり 寺岡 青甫
畑打つ天の明るさふりかぶり 吉村 征子
海見ゆる父祖伝来の畑打つ 田中よりこ
畑打つ男鍬立て海眺む 片上 節子
水口に御幣さしたる田を打ちぬ 竹村とく子
畑打ちて生産緑地よみがへる 伊津野 均
次回課題 梅雨 黴雨 梅霖 青梅雨 梅雨前線 荒梅雨 など
締 切 6月末日必着
巻末の投句用紙又はメールで、二句迄。編集室宛
メール touku-kumonomine@energy.ocn.ne.jp