◆課題俳句◆   岡田万壽美選


課題 梅雨
   黴雨・墜栗花雨・梅の雨・梅霖・青梅雨・荒梅雨・男梅雨・女梅雨・長梅雨・梅雨湿り
   梅雨前線・梅雨時・ついり・五月曇

 日本列島は六月から七月半ばにかけて雨が降り続く。この長雨を梅雨とよぶ。いわば日本の雨季である。発達し続ける太平洋高気圧と大陸側の高気圧との境目にできる梅雨前線が列島付近に停滞して、大量の雨を降らせる。梅雨の長雨がたっぷり染み込んだ日本列島に、梅雨明けとともに太陽が照りつけて蒸し暑い日本の真夏が到来する。梅雨は日本だけではなく、梅雨前線がかかる中国南部、台湾、朝鮮半島など東アジア一帯に及ぶ現象である。ちょうど梅の青い実が熟す季節なので「梅雨」、黴の季節なので「黴雨」とも書く。梅雨の予兆が「走り梅雨」、雨が少なければ「空梅雨」、梅雨の仕舞いが「送り梅雨」である。「男梅雨」は激しく降り、「女梅雨」は穏やかに降り続く。梅雨の後期には毎年、集中豪雨が洪水、土砂崩れ、土石流などの大災害をもたらす。地球温暖化によって、集中豪雨はいよいよ激しくなっている。 (櫂未知子) 

新版角川俳句大歳時記より

北海の梅雨の港にかゝり船        高浜 虚子
高浪もうつりて梅雨の掛け鏡       飯田 蛇笏
さつぱりと梅雨の厨の乾きをる      阿部みどり女
大梅雨の茫茫と沼らしきもの       高野 素十
木草らも挙りて梅雨に赴けり       相生垣瓜人
塩田をあるきて啼けり梅雨鴉       横山 白虹
梅雨ふかし戦没の子や恋もせで      及川  貞
梅雨の夜の金の折鶴父に呉れよ      中村草田男
革命歌梅雨の風見がまはりだす      加藤 楸邨
梅雨深し暁いまだ戸を漏れず       石橋辰之助
鯉こくや梅雨の傘立あふれたり      石川 桂郎
ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき    桂  信子
抱く吾子も梅雨の重みといふべしや    飯田 龍太
やうやくに降り出してすぐ梅雨らしく   深見けん二
きらきらと梅雨もをはりの山の雨     今井杏太郎
御神馬も羽目板を蹴り梅雨長し      鍵和田秞子
大寺も前の飯屋も梅雨最中        山尾 玉藻
空港の一枚ガラス梅雨滂沱        倉田 明彦
妻とあればいづこも家郷梅雨青し     山口 誓子




特 選

農道の轍とけゆく墜栗花雨        北田 啓子

 とても素直に景色が浮かぶ作品です。走り梅雨で残された車輪の跡でしょうか。〈とけゆく〉と表現したことで、轍の乾き具合や深さがしれます。平仮名表記にされたのも巧みだと思いました。季語〈墜栗花雨〉の選択も農村の待ちわびた雨に相応しいと感じました。しっかりとした写生と真っ直ぐな表現の句です。今年は豊作だと良いですね。

紙ひかうき飛び交ふ梅雨の児童館     山内 英子

 梅雨の句ですが、とっても楽しそう♪この時期は、なかなか外で遊べない子ども達ですが、イベントかな?日常なのかな?〈紙ひかうき〉が〈飛び交ふ〉です。自宅では、こうはいきませんよねぇ。〈児童館〉ならではの空間が感じられる光景です。子ども達の賑やかな声が聞こえるようです。季語が効果大!見守っている作者の視線が優しい。

決闘の島ひた叩く男梅雨         小澤  巖

 巌流島でしょうか。私でも知っている超有名な島ですよね。行ったことは無いですけど。なんなら時代劇で見たイメージですけど。〈ひた叩く〉ですよ!〈男梅雨〉ですよ!この上なく強い表現で剣豪二人の縁の島に降る雨を詠みました。こんな〈男梅雨〉の句を読んでしまったら、私、しばらく抜け出せないです。お見事です。ところで私の武蔵のイメージは、市川團十郎さん(たぶん当時は海老蔵さん)の顔が浮かびましたが、皆さんはどなたが浮かびますか?

すり切れし踏絵に見入る梅雨じめり    島津 康弘

 〈踏絵〉は春の季語ですが、その行為をしたり、させたりすることが季語の本意と解し、掲句は許容とさせて頂きました。江戸時代にキリシタン宗門を厳禁するため、聖母マリア像・キリスト十字架像などを刻んだ木版や銅板を足で踏ませて宗徒でないことを証明させたそうです。〈すり切れし〉と。いう把握が語る凄惨な歴史です。雨のひと日、思いを馳せる作者の心情が〈梅雨じめり〉に託されます。

ジャカランダ溢るる梅雨の一心寺     角野 京子

 ネットで調べてみました。〈ジャカランダ〉は、火炎木(カエンボク)、鳳凰木(ホウオウボク)と並んで紫雲木(シウンボク)と呼ばれ、世界三大花木のひとつに数えられます。原産地は南米アルゼンチンで、自生地では十五m程度まで大きくなる高木です。ノウゼンカズラ科で花径五㎝くらいの釣鐘状の花を枝の先に塊のように咲かせる姿は、遠くから見ても存在感があります。枝を横に広げる樹形なので、高木の枝いっぱいに青紫色の花を咲かせる姿は息を飲むほどの美しさです。
一心寺は、大阪市天王寺区にある浄土宗の寺院で、山号は坂松山(ばんしょうざん)。発祥は、文治元年(一一八五年)。浄土宗の開祖・法然上人が「源空庵」という草庵で、「日想観」を修せられたことが由来とされています。「日想観」は、「観無量寿経」に説かれる修法で、夕陽を見ながら極楽浄土を観想する十六観の初観だそうです。
〈ジャカランダ〉を初めてみたのはロサンゼルスでした。その圧倒的な色の洪水に心を奪われ、自宅で育てようと頑張りましたが、三年目の冬が越せませんでした。無念……。二、三十年くらい前からでしょうか。日本でも栽培されるようになって名所が出来ました。〈一心寺〉には見事な大木があるようです。有り難いお寺に咲く〈ジャカランダ〉は、きっと〈梅雨〉の憂鬱を忘れさせてくれるパワーもありそうですね。梅雨入りの頃に訪ねてみてはいかがでしょうか。



入 選

荒梅雨や馴染の猫は見当たあらず     西岡みきを
雷神に八つの面や梅雨深し        冨安トシ子
青梅雨や崩落著き嶺迫る         福長 まり
荒梅雨や歯科医の椅子に身を任せ     三澤 福泉
読みかけの本を積み上げ梅雨籠り     渡邉眞知子
何事も老化と言はれ梅雨深し       浅川 悦子
奔流に中洲も消ゆる梅雨末期       西山 厚生
墓碑あまた並める高野や梅雨深し     浅川加代子
砂浜の流木たたく墜栗花雨        杉浦 正夫
梅雨前線去りて淋しくなりにけり     伊津野 均
青梅雨や湯煙繁き源泉地         うすい明笛
一人子のひとりじやんけん梅雨長し    香椎みつゑ
日日を生き切ると友梅雨の宴       河原 まき
生駒嶺に荒梅雨の雲かぶさり来      中谷恵美子
体感型のシネマに浸る梅雨最中      横田  恵
太きつる宙に絡まる墜栗花雨       大澤 朝子
水の華つき立つ鉢に梅の雨        野添 優子
万博へ行くと出かくる梅雨さなか     人見 洋子
渦巻いて消ゆる香煙梅の雨        宮永 順子
梅雨兆す竜麟しるき男松         吉沢ふう子
ジャズドラムの重たき響き梅雨じめり   松本 葉子
苺ジャムたつぷり塗れる梅雨の朝     光本 弥観
見回りの田の畦すべる梅雨湿り      宮田かず子
家猫となりてひととせ梅雨滂沱      木原 圭子
梅雨激し既読のつかぬ子のライン     大塚 章子
硝子戸に指あと残る梅雨湿り       田中よりこ
青梅雨や明かりぽつんと山の湯屋     松井 春雄
荒梅雨の予報最中の野辺となる      斎藤 摂子
梅雨半ば予報外れの日差しかな      浜野 明美
バイクで来て梅雨の田見ゐる漢かな    松本すみえ
窓の外どろりと暮るる梅雨の街      岡田 寛子
朝雨に束の間梅雨を感じ入る       河井 浩志
梅雨の夜の音にいつしか抱かれをり    杉山  昇
梅雨の川錆の際立つ水位計        上和田玲子
荒梅雨の芥を流す勢水          中尾 光子
梅雨に入る四季ある国を疑はず      木村 粂子
青梅雨や友は手を上げ帰りゆく      髙橋 保博
門灯に雨脚ひかる墜栗花雨        酒井多加子
城山へ鳴きつつ帰る梅雨鴉        原  茂美
空重きひと日なりけり梅雨兆す      吉村 征子
青梅雨や山生き生きと色の濃し      板倉 年江
青梅雨や捨て時逃す物を手に       川口 恭子
国道の河川となりぬ男梅雨        深川 隆正
城門の錆びし乳鋲や梅雨きざす       乾  厚子
スニーカーに残る湿気や梅の雨      宇野 晴美
荒梅雨や警報四で避難をす        太田美代子

 佳 作
登校の傘カラフルや梅雨楽し       小薮 艶子
梅雨の川暮しの匂流しけり        髙橋美智子
梅雨最中針目の美しき刺子かな      三原 満江
連日の夫の見舞や梅雨真中        児島 昌子
萎びたる苗が息づく梅の雨        佐々木慶子
梅雨の夜やグラスの底にワインの香    福原 正司
青梅雨を弾く初咲極む白         志々見久美
久々の糺の森や梅雨最中         穂積 鈴女
梅雨の傘さすや小さき吾の宇宙      松本 英乃
梅雨時や旅の支度に正露丸        佐々木一夫
雲厚く蔽ふ六甲梅雨深し         木村てる代
青梅雨に白秋の歌碑けぶりけり      田中 愛子
梅雨鴉雨の止む間に野菜食ぶ       中田美智子
天地を隠す滂沱の男梅雨         窪田 季男
梅雨最中周防古墳の旅に出る       片上 節子
梅雨前線消え様変はる街の色       渡邊 房子
六甲の山も静もり梅の雨         中尾 礼子
三輪山を墨絵ぼかしの梅雨かな      今村美智子
気鬱なり梅雨前線停滞す         住田うしほ
梅雨深し係留船の腹の錆         田中 幸子
路地裏の工事始まるついりかな      播广 義春
荒梅雨に梅田ビル街煙りをり       髙木 哲也
梅雨深し二枚の雨戸繰りがたし      川尻 節子
長梅雨の部屋に干し物あふれたり     山本 創一
梅雨の子の皆うなだるる登校道      榎原 洋子
梅雨近し湿り気おびる三和土かな     田中せつ子
予期せざる荒梅雨に遭ふ参詣道      平橋 道子
境内の樹も草も濡れ梅雨の朝       近藤登美子
青梅雨や伊達家ゆかりの青根の湯     寺岡 青甫
荒梅雨や日ごと水かさ気にかかる     小山 禎子
泥沼の匂漂ふ梅の雨           武田 風雲
梅雨滂沱ずぶ濡れになる小買物      原田千寿子
梅の雨青き地球を保ちをり        鎌田 利弘
男梅雨水禽窟の乱れ打ち        コダマヒデキ
ハッキング警告続く梅雨かな       関口 ふじ
女梅雨に骨二十四の和傘かな       瀬崎こまち
青梅雨や演歌の歌手の老いつぷり     新倉 眞理
青梅雨の山の奇譚をせがまれぬ      渡部 芋丸
友逝けり鳴き明せしや梅雨鴉       溝田 又男
梅雨の音またも激しく窓叩く       山﨑 尚子
梅雨の駅県庁所在地まで近し       野村 絢子
梅雨来る傘にてるてる坊主揺れ      片上 信子
荒梅雨や中東地域乱る中         髙松眞知子
梅雨前線太平洋の圧に怖じ        村川美智子
百均の店の賑はふ梅雨晴間        宇利 和代
濯ぎもの満艦飾の梅雨晴間        土屋 順子
昆布屋の店先匂ふ梅雨晴間        春名あけみ
駅前のマルシェへ急ぐ梅雨晴間      高橋 佳子
梅雨晴間煌めく蔬菜蔓伸びぬ       髙松美智子
乳飲み児の高這いし出す梅雨晴間     竹村とく子
梅雨晴間工事の音も冴え渡る       林  雅彦
土砂降りとなりし梅雨入りの北野坂    水谷 道子
鹿児島に梅雨入と線状降水帯       布谷 仁美
にび色の雲のつぺりと梅雨に入る     船木小夜美
ワイドショー梅雨入りニュース続々と   森田 明男
梅雨に入るファスナー付きの菓子袋    越智 勝利
野も畑も満たされぬ間に梅雨あがる    櫻井眞砂子
早々と梅雨明といふ空見上ぐ       谷野由紀子
産土の山の端著し梅雨の明け       金子 良子
梅雨明けや猿沢池に魚の影        竹内美登里
さまよへる梅雨の明けなる巳年かな    遠藤  玲
戻り梅雨和傘の匂ひ畳みけり       中野 尚志
ユトリロの模写の歪みや梅雨曇      小林伊久子
力石置く弓弦羽神社梅雨の空       寿栄松富美
梅雨空や明るき色の服選び        田中まさ惠
ジェット機の音の籠るや梅雨の空     奥本 七朗
古墳より明石海峡梅雨の雲        野村よし子
湯煙に淡くゆがみぬ梅雨の月       冨士原康子
雲の間に間に顔をのぞかせ梅雨の月    越智千代子
雨粒の残る車窓や梅雨夕焼        青木 豊江
石門の彫深々と梅雨の蝶         岡山 裕美
白い花ばかり咲きをり梅雨の蝶      長岡 静子
神杉の根方に見ゆる梅雨茸        五味 和代
突き刺さる砂場にシャベル梅雨寒し    中尾 謙三
荒梅雨につれて午睡の宵までも      大木雄二郎
真夏日の各地に続く梅雨かな       長浜 保夫
入梅し早や三十五越す暑さかな      米田 幸子
さし木して雨を待ちたる梅雨さなか    井上 妙子
道問へば強き訛りや海紅豆        中村 克久
☆〈梅雨〉とあっても大歳時記の別項に採録されている季語で詠まれた句は末尾掲載としました。




次回課題  立秋・秋立つ・秋来る・秋来秋に入る・今朝の秋・今日の秋
締  切  8月末日必着
巻末の投句用紙又はメールで、二句迄。編集室宛
メール touku-kumonomine@energy.ocn.ne.jp