自販機の声に応ふる万愚節 佐々木一夫
思わずクスリとしてしまう作品。「ありがとうございます」とか「お釣りをお取り下さい」などという音声に「分かりました」などと答えているのでしょうね。私も「浴槽の栓をしめてから湯張りスイッチを押して下さい」、「お湯張りが終わりました」などという声に、「了解!」などと返事をしてしまいます。万愚節が効果的です。
晴れ晴れと花月を復習ふ梅若忌 長尾眞知子
謡曲をされる作者ですので〈花月〉は能の曲名と分かります。天狗に子を攫われたことで出家し、諸国を回って子をさがす僧(父)が清水寺で花月という、芸を見せる少年に出会います。この子こそ我が子花月……。攫われた梅若丸を探して京から江戸に下った女が、隅田川で亡くなった子の一周忌に遭遇するという能「隅田川」は悲劇ですが、花月はある意味でハッピーエンド。梅若忌に復習うにはうってつけという感じもします。
力車引く忍者と巡る花の城 佐々木慶子
和歌山城かなとも思いましたが、忍者とありますので伊賀上野城かもしれません。明治・大正期は実用として用いられた人力車ですが、今は各地の観光の目玉として活躍しています。人力車に乗り、忍者になった気分の作者。
千枚田を静かに濡らす春の雨 井上 浩世
明日香の棚田とか、千早赤阪村の棚田でありましょう。耕しの前か、済んでいるか、いずれにしても田植前の一景でしょうね。千枚田に春の雨の静けさがよく合います。
橋立の御製の歌碑に春の雨 溝田 又男
橋立だけですと加賀市の地名ですが、〈御製の歌碑〉とありますので天橋立でありましょう。昭和二六年、当地を訪れた昭和天皇の御製〈めずらしく晴れわたりたる朝なぎの 浦わにうかぶ天の橋立〉が歌碑として残されています。静かな雨に昭和を偲ぶ作者。
桜東風大字小字残る村 山﨑 尚子
西蒲原郡赤塚村大字丸山小字谷地だったかどうか……。朝妻の生家は小字がついていました。掲句はどちらでしょうか。いま、村として残る地域は結構由緒のある地。どこだろうかと思いが膨らみます。
境内にぼんぼり灯る花祭 竹中 敏子
花祭は釈迦の誕生を祝う仏生会。このお寺では夜のお勤めもあるのでしょうね。花祭と聞いて出かける作者。みごとに一句を得ました。
風光る姉の背を追ふランドセル 児島 昌子
小学生の通学風景。作中人物は新入生、お姉さんも小学生でしょうね。姉の背を追い、姉の真似をして、ある意味姉に頼り切って成長してゆきます。
効かぬ足ほめてリハビリ春浅し 片上 信子
捻挫とか打身でしょうか。うまく動いてくれない足をご自分で褒めながらリハビリを続けておられるのでしょうね。頑張って下さい。やがて元気になります。
塔と鴟尾浮きたつ朝の棚霞 壷井 貞
ちょっとした古刹が思われます。近景には五重塔か三重塔と寺の鴟尾。霞がかかっているのは背景の山でしょうね。春らしい一景です。
飛ぶ竜のごとくうねれる花の雲 川尻 節子
雲が竜のように見えることは良くあります。掲句では花の雲。満開の桜に少し強めの風が吹いているのでしょう。〈飛ぶ竜のごとく〉という比喩が成功しました。
一斉に玉葱が茎倒したり 関根由美子
玉葱が、とありますので玉葱が勝手に茎を倒したということですね。玉葱は収穫できるまでに生長すると、掘ってくれと言わんばかりに茎を倒して知らせてくれます。玉葱栽培、大成功のようです。
軒桁を支ふる邪鬼に花吹雪 林 雅彦
邪鬼が?と思って調べて見ますと、法隆寺の金堂や五重塔では邪鬼が裳階の上に踏ん張って軒桁を支えていました。鬼を押さえつけるという意味もありそうですし、宮大工さんの茶目っけ発露かとも思います。発見が見事。
別れ行く友の足跡春深し 進藤 正
深刻な別れではなく、じゃあまた……という程度の別れでありましょう。そんな場面であっても足音の遠ざかるのは何か淋しさが漂います。
モネ展の列へくるくる春日傘 岡田 寛子
昨年冬から今年の秋にかけて日本の三つの美術館を巡回するという大規模なモネ展が開催されています。実物は圧巻。春日傘を回している所が作者の心躍りです。
夏物を着るや小物と色揃へ 秋山富美子
お出かけ前の一景。着物の色や柄と、ハンドバッグや帯留などの色をあれこれ考えているのでしょうね。準備ができたらさあ出発。
晩年の文語を復習ふ桜どき 木村 粂子
現代俳句一筋であった作者。文語となると少々手強い場面もあるのでしょうね。それにしてもお幾つになっても学習することは素晴しいことです。
枝枝に花やゆつたり時流る 髙松眞知子
花の命は短くて……などと言いますし、実際に桜の時期もあっという間に過ぎてしまうものです。しかし、花を見上げているときの時間経過はゆったり……。
防人歌や水城に風光る 西山 厚生
太宰府周辺での一句。防人(さきもり)は、太宰府を守るために東国から招集された兵士。その歌は妻を恋い、子を懐かしむ内容が多く心を揺さぶられます。
佐保川の桜見たしと思ひけり 平本 文
同時発表の作品から入院されていることが分かります。病室から外界をみつめながら佐保川の桜を思う作者。しばしの辛抱です。
卵の殻蒔く菜園に春の雨 山本 創一
作者によりますと、卵の殻にはカルシウムの他に微量の窒素、リン、マグネシウムが含まれ、野菜の生育に重要な役割を果たしているのだそうです。句会の場は、知らなかったことを知る機会にもなっています。
白壁に白極めたる花水木 行竹 公子
白壁を背景にした花水木。花はもちろん白でありましょう。白と白……。おんなじ色ですがじっとみると花の方が白を極めているように見える。これも小さな発見ですね。
花の道極楽浄土かと見やる 宇塚 弘教
満開の桜の並木道でしょう。〈極楽浄土かと見やる〉。出家し、仏道に仕えている作者ならではの感慨でしょうね。
初めての孫と手つなぐ入園日 大前 繁雄
目に入れても痛くないと言われる孫。祖父母からみると宝物のような存在です。その子の入園日。理屈抜きに心底から幸せを感じている作者が思われます。
~以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から~
松島の小唄聞ゆる春の昼 星私 虎亮
朧夜の闇にとけこむ吐息かな 村川美智子
夢千代の像の微笑み暖かし 磯野 洋子
校庭にアルトサックス風光る 大畑 稔
ベビーカー増えたる街に春の風 岡田 潤
音もなく梢をぬらす花の雨 越智加奈子
遠目には赤きじゆうたん紫雲英咲く 神出不二子
藩校の花に寄り添ふ黒き松 杉山 昇
深夜なる春の満月皓々と 髙橋 保博
山里に蒔絵のごとき春の山 寺岡 青甫
屋上の名残の霜に雀来ぬ 中尾 礼子
二分咲きの桜を映す疏水かな 中谷 房代
あちこちに俳句ポストや春の伊予 布谷 仁美
陽春やアニメソングを子にならふ 野村よし子
逃水や前行く車滑走す 日澤 信行
べたがけでその場を凌ぐ忘れ霜 松谷 忠則
雨の中ぶつかりさうに燕飛ぶ 安齋 行夫
春大根隣の爺も元気なり 奥本 七朗
春暮れて静けさ戻る吉野山 倉本 明佳
家具の位置変へて今日から春の部屋 小谷 愛