若葉集選後所感           朝妻 力

 

節分や星曼荼羅の夜籠りす       倉本 明佳

 星曼荼羅が全くの初見。曼荼羅は諸尊の悟りの世界を象徴するものとして描かれた図。四種曼荼羅、両界曼荼羅などがあります。もともとは密教のものですが、浄土曼荼羅など他宗にも転用されているようです。
 さて聖林寺の星曼荼羅、釈迦金輪を中尊とし、周囲に九曜(日・月・火・水・木・金・土・羅ごう・計都)を描き、外側(第二院)に十二星座を描き、更に外の第三院には二十八宿が描かれています。毎年節分の夜、星祭修法の際にこれを掲げて開運招福祈願・国家安寧・世界平和を祈念するそうです。星祭であるだけに、夜の修法となるのでしょうね。調べれば調べるほどにのめり込み、生のあるうちに一度は拝ませて頂きたいと感じました。

道明寺祭阿吽の獅子猛し         長尾眞知子

 道明寺天満宮(当時は土師寺)には菅原道真の叔母、覚寿尼が住んでおりました。道真は太宰府に左遷される際、叔母に別れを告げるために訪れました。その縁で道明寺天満宮が造営されたといいます。掲句の道明寺祭、寺が主体の祭ですが天満宮と隣接しているため、言ってみればごっちゃの印象です。句に出る獅子ですが、狛犬の可能性もあります。角が生えていれば狛犬、獅子であれば大概角はありません。機会をみて確認して下さい。

シベリアの捕虜にも耐へて春炬燵     佐々木一夫

 作者は昭和十八年のお生れ。作中人物はお父上か、もしかしたら作者ご自身でしょうね。激動の時代ではありましたが、今の平和をしみじみと感じさせてくれる作品です。

読み止して頰白の声庭に追ふ       佐々木慶子

 頰白の聞きなしは「一筆啓上仕り候」。確かに独特です。開いている本をしばし伏せて頰白の声に耳を傾ける。季節を感じる、良い時間ですね。

自転車で巡る飛鳥や風光る        井上 浩世

 各地の行楽地にはレンタサイクルがあります。掲句もレンタサイクルでの飛鳥巡りでしょうね。風を切っての行楽。気持よさが伝わります。

神名備の静けさに舞ふ春の雪       髙松眞知子

 神名備は神の鎮座する山や森。身近で言えば神社の森をさします。春雪はどちらかというと静けさを伴います。この静けさに納得しました。

裏門に小き柊挿しにけり         神田しげこ

 柊挿す、鰯の頭を挿す、出来たやい嗅がしを軒に挿すと、両方の意味に使われるようです。小さくても効果は抜群。一年の魔除けもばっちりですね。

裸木を透けてジェット機煌めけり     大木雄二郎

 冬になると空が一気に明るくなる、視界が一気に広がるというのが落葉樹の特徴。鉛筆のように小さく見えるジェット機もはっきり見えるようになります。

餅上げにかけ声響く仁王会        林  雅彦

 〈仁王会〉は仁王経を講読して天下太平・護国安穏を祈願する法会。醍醐寺や三井寺などで行われますが、一般には「五大力さん」と呼ばれる「餅上げ力奉納」が良く知られています。小さな吟行、俳句の素材を探すと共に、文化や伝統を知るのに役立ちますね。

廃屋に表札残る余寒かな         竹中 敏子

 高齢化とか過疎化の影響でしょうか。各地に廃屋が目立つようになりました。残されている表札を見ると複雑な思いが残ります。

病む妻の寂しき笑みや春遅々と      進藤  正

 ご本人は精一杯微笑んでいるのに、作者からみると寂しく見える……。〈春遅々と〉としていますが、やがて必ず回復されます。精一杯励まして下さい。

風花を惚け眺むる午後一人        小見 千穂

 〈惚け〉、ここではぼんやりという意味でありましょう。晴天にちらつく雪であるだけに、そんな思いにかられます。

首を背に鴨の寛ぐ昼下り         山﨑 尚子

 嘴を羽の中に突っ込んでいるのでしょうね。食も足り、外敵もなくゆったりと過ごす鴨の一景です。

暖房を惜しまず我が身いとほしむ     行竹 公子

 エアコンとかファンヒーター。節約しようかなどと思ってしまいがちですが、もっと大事なのは健康。思い切りいとおしみましょう。

雪晴や町一斉にシャベル持つ       星私 虎亮

 〈町一斉に〉とありますが、町の人たちが一斉に……ということでしょうね。雪国の皆様のご苦労が思われます。

この庭に余れる数の苗木植う       扇谷 竹美

 ついつい多く植えてしまうものです。大きくなって手狭になったら他の場所に移植……などと考えているのかもしれません。

六甲の山並覆ふ朝霞           岡田  潤

 雨が近かったり気温が高いと思いの外に濃い靄が発生するものです。靄といってもこの時期はイコール霞ですね。まもなく本格的な春。

猫の日や畑の猫に春の雪         関根由美子

 猫の日があるとは知りませんでした。ニャンニャンと鳴くので、二月二二日が猫の日とか。生き物を大事にする意味でも意義あることですね。

春禽や糺の森に声そそぐ         高岡たま子

 都会の中に原始林という風情の糺の森。春を迎え、鳥たちもいよいよ恋の季節です。

猫舌にほどよく温き小豆粥        寺岡 青甫

 猫は熱い食べ物を嫌うということから猫舌という語が生まれたそうです。人により差はあるようですが、適温で美味しく頂くのが何よりですね。

わらすぼを干潟に探すてふ翁       西山 厚生

漢字で書くと藁素坊。こんな魚がいるとは全く知りませんでした。刺身や干物などは酒の肴として人気があるようです。

寒波来と防寒シート窓に貼る       野田 千惠

 住居の防寒と言えば目貼りくらいしか知りませんでしたが、最近は窓に貼る防寒シートなども出来ているのですね。省エネにも役立ちそうです。

純白の小鷺動かぬ春の川         山口 直人

 白鷺といえば夏の季語になりますが、単に鷺といいますと季語にはなりません。この小鷺、獲物を狙ってじっとしているのでしょうね。

いばきたの吊橋を待つ春隣        吉岡 久子

 今月号の編集後記に浅川悦子さんが茨木市の「ダムパークいばきた」について書いています。いばきたは茨木市の北の方向。日本最長の歩行者専用吊橋(全長420m)が三月十七日にオープンしました。名所の少ない茨木市の目玉です。


 ~以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から~

靴底に土を感ずる雨水かな        秋山富美子
春近しジャズの日なればジャズを聞く   安齋 行夫
山並の背をゆつたりと春の雲       宇塚 弘教
寺山へ正月の凧唸りをり         大畑  稔
不喰芋の葉が日に映ゆる雨水かな     河井 浩志
切つて売る野菜あれこれ春浅し      布谷 仁美
渓谷に鄙ぶる旅籠冬牡丹         磯野 洋子
阿蘇山に紫雲棚引く雨水かな       井上 信明
目印は赤き風船発表会          大前 繁雄
三十億の鼓動続きぬうららけし      奥本 七朗
節分や鬼も内てふ鬼の町         片上 信子
春日照る遥かを小き漁船行く       小谷  愛
春眠し掛時計より早春賦         神出不二子
暫くは五重塔に冬の月          壷井  貞
垂乳根といふ瘤をみる浅き春       中谷 房代
いつまでも連合ひ若し春の星       中村 和風
初雪や吾が誕辰をこんこんと       平本  文
雪折の枝の真白き裂け目かな       福原 正司
湯治場の自炊に慣るる浅き春       山本 創一