鰯雲紀州静かに暮れ初むる 川尻 節子
立秋以降の景でしょうね。空一面に鰯雲。風も涼しくなりかけた景が浮かびます。特に今年は残暑が強烈であっただけに本当の秋が来たという感じがしたのでしょうね。そんな安堵感と喜びが〈紀州静かに暮れ初むる〉から感じられます。今はもう寒くなりました。防寒対策をしつつ元気にまいりましょう。
頂上よりスカイツリーや秋高し 関根由美子
お住まいの近くの山に登られたのでしょうね。遥かかなたにくっきりとスカイツリーが見える。空気も澄んでいたのでしょう。登頂した気持の良さが季語に現れています。
秋刀魚焼く庭に二本の酢橘の木 布谷 仁美
今年の秋刀魚、水揚げ量が例年の二倍を超え、サイズも大きく、脂が乗って豊漁でした。そんな嬉しい気持で秋刀魚を焼いている作者。手には菜箸を持っているのでしょうが、気持は庭にある酢橘の木。もう実っているのでしょう。秋刀魚を皿に盛ったら酢橘を捥いできて……。まさに楽しい時間です。
秋高し聳ゆるケルン大聖堂 山﨑 尚子
ということはドイツに旅行されてきたのですね。写真でしか見たことはありませんが、ネットで見ますとゴシック様式の建築物としては世界最大であり、ローマ・カトリック教会のミサが行われているということです。日本の文化も素晴しいと思いますが、世界に目を向けると数え切れないほどの文化がありますね。
通せんぼのごとく揺れゐる葛の花 杉本 綾子
塀や土手に生えている葛が花をつけたのでしょうね。それまでは何も感じなかったのに、長い房の花が垂れると通せんぼのようだ……。こんなことも一つの発見です。
秋ともし猫ふみふみを延延と 加納 聡子
猫のふみふみ。調べてみますと母猫への甘えや安心感の表れ、リラックスや幸せを感じているサインとのこと。子猫時代の名残で、成長してからもするそうです。安心して暮らしているのですね。
灯も音も消したる窓辺けふの月 村川美智子
団子や芒などを略した、ご自分だけの月見ですね。光とか音とか、邪魔になりそうなものは消して、月だけを楽しみたい。お気持良く分かります。
日めくりに主宰の一句秋うらら 宇塚 弘教
俳句日めくりカレンダー。実は注文のミスで朝妻の手元には無くなってしまいました。どんな句が出ていたのでしょうか。それにしましても、こうして楽しんで下さるととてもうれしくなります。
国の舵取る先達や菊の花 倉本 明佳
国の舵取りは首相、高市さんでしょうね。作者にとって、間接的、直接的に先達と見えるのでしょう。激務でかつ厄介なお仕事ですが、日本のために更に頑張って頂きたいと思います。
流星群スマホに頼り待ちにけり 神出不二子
スマホでペルセウス流星群などの現れる方向や時刻を確認している作者。たしか昭和十年のお生れです。スマホを使いこなしているのですね。凄いことです。
秋の蚊の奇襲に出合ふ物干し場 奥本 七朗
残暑が厳しかった分だけ、蚊や蠅の出現も長きに亘ったようです。奇襲とありましたので、何匹かが一気に出たのでしょうね。ムヒなどで対応しておきましょう。
尋問に異議を唱ふる秋の昼 中村 和風
弁護士を業としている作者。中央競馬会、外れ券を経費として認める裁判で勝訴し、一躍全国的に有名になりました。日常では尋問に異議を唱えたり……。依頼人のために全力を尽くす作者。張り切って下さい。
筵干しの胡麻に残れる日の匂 髙松眞知子
懐かしい光景です。幼時、庭に莚をひろげ収穫した胡麻を干していました。乾ききったら一メートル程に切った竹で叩いて実を取り、莢などのごみを取り除く……。家で使う一年分はどの家庭でも自給自足でした。
どこまでも光あまねき良夜かな 壷井 貞
閏月の関係で十月六日が十五夜でした。晴れを予想して投句されたのでしょうね。昼は雲がありましたが夕方からは予想通りの快晴。まさに良夜でした。
秋高し古稀を祝へる誕生日 山口 直人
俳句に親しみながら年を重ねる……。素晴しいことですね。〈秋高し〉に作者の心躍りが感じられます。
日が落ちて虫の音満つる新居かな 森田 明男
堂々たるお住まいを新築されたご様子。広い庭があり、周囲も緑に満ちているのでしょうね。自然を楽しみつつゆるりとお過ごし下さい。
正倉院曝涼に見る瑠璃の坏 本田 伝
以前「うらら句会」に参加していた作者。住まいもかわり七年ぶりに「まほろば句会」に再登場されました。ご活躍を祈ります。
団栗を山のみやげと夫帰る 伊丹 弘子
団栗を見つけたご主人、「これは弘子の俳句になるな……」と思われたのでしょうね。自然こそ俳句の宝庫です。
虫除けをものともせずに九月の蚊 大前 繁雄
虫除けのスプレーなどでしょうね。噴霧しているのに寄ってくる……。自然豊かな土地に住まわれているということでもありましょう。
子ら寄りて月見泥棒全力で 児島 昌子
関西に移住してから「お月見泥棒」なる風習を知りました。十五夜に月見団子や菓子などを盗みにゆく。各家庭ではそれを待つ。そして盗みやすい場所にお供えするようです。良い風習ですね。
立ち並ぶビルの間に今日の月 中尾 礼子
普通の町並でしたら結構早い時刻に月の出が見えるものですが、高層ビルやマンションなどが立ち並ぶと中々見えません。取り敢えずビルの間の月をみて一句というところですね。
虫の声聞きつけ窓を開けにけり 野田 千惠
残暑の厳しかった今年。窓を閉め、エアコンで過ごしていたのでしょう。虫の声をききつけ慌てて窓を開ける……。音も秋も良いものです。
やうやくに季節移りぬ鰯雲 古谷 清子
野田さんは音で秋を感じましたが、古谷さんは鰯雲で秋を見つけました。視覚・聴覚・触覚・味覚などなど五感をフル動員して季節を探しましょう。
名月や一句を欲しと庭に立つ 松谷 忠則
東吉野村という風光明媚な地にお住まいの作者。素晴しい月だったでしょうね。それにしても一句を得て良かった良かった。
~以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から~
秋きたる木々透け見ゆる空広し 近藤登美子
将門の騎馬像凜々し月今宵 杉山 昇
老境へ一歩一歩や秋深し 中野 尚志
読みがたき草書の碑文秋うらら 福原 正司
老いてなほ恋しき母の墓参 山地 高子
深酒に妻の装へる茸汁 山本 創一
大観と出会ふ出雲路天高し 磯野 洋子
五年めの国勢調査秋深し 井上 妙子
とんぼりの紅灯緑酒秋の宵 井上 白兎
力む子の初運転や風爽か 岡田 潤
三秋の花を供へて友悼む 片上 信子
狐棲むてふ釈迦ヶ池秋高し 河井 浩志
降りやみてべつたら市に麹の香 神田しげこ
伊吹嶺の極上の風秋に入る 竹中 敏子
長月や単身赴任の夫帰る 長尾眞知子
長き夜や宿痾となりし不眠症 西山 厚生
爽やかにごみ片付くる高校生 野村よし子
露草や青き暗さを漂はせ 日澤 信行
俳句と吟交歓成りて秋の宴 溝田 又男