若葉集選後所感           朝妻 力

 

寄鍋の縁で今ある夫婦なり        西山 厚生

 夫婦の縁というものはその夫婦によって千差万別。普通には見合いであるとか、知人からの紹介であるとか、学校や職場、地域で知り合ったとか……。西山さんのご縁は〈寄鍋〉とのこと。寄鍋であるだけに、成人され就職してからでしょうね。忘年会・送別会・歓迎会・単なる飲み会などなど色んな場面が思われます。寄鍋は鳥・魚・貝・蒲鉾・野菜・豆腐など、多くの具を入れ鍋をつつきあって好みの物を食べますので勢い会話も進むものです。寄鍋の取り持ったン十年のご縁。これからもお元気で!

長崎は和華蘭の街秋うらら        溝田 又男

 溝田さん、今月号は長崎吟行の作品でした。長崎の鐘・眼鏡橋・永井博士の如己堂……。長崎で押さえるべきところをみな回られた感じがします。掲句は食事。和食・中華・洋食(和蘭料理)など世界の料理があつまるということで和華蘭という語が生まれたようです。何のことか「分からん」にも通じるあたりが楽しい命名です。

故郷の柿食む首相句も詠みて       倉本 明佳

 奈良県出身の高市早苗総理。奈良産の柿をPRするために訪れた奈良県知事や生産者との懇談の席で「甘くてとってもおいしい」と激賞した上で〈奈良の柿未来を拓くちから湧く〉と詠まれました。地元の皆さんの大きな励みになりますが、俳人にとってもこの上ない喜びですね。

干葱を株間五寸と植ゑにけり       本田  伝

 葱は種を蒔いても育ちますし、苗を買ってきて植えても育ちます。その中で珍しいのが葉葱を掘りあげ、乾燥させてから植え付けるという方法。乾燥させることで養分が根元に蓄えられ、甘くて柔らかく、病虫害に強くなるというのです。ここまでくると農業もセミプロですね。

ガラス戸に補助錠二つ神の留守      野村よし子

 ドアや硝子窓には必ず鍵がついているものです。元々の鍵が少々不安ということで補助の錠前を付ける、それが補助錠でありましょう。それを二つも!開けるときに却って手間がかかってしまいそうです。

秋深し闇深々と燻し牢          井上 白兎

 奈良、今井町に残る今西家住宅の一景。自治権が認められていたこの地では裁判が行われ、罪人の入牢を申し渡すこともありました。広い勝手の奥のつし二階、「ここが燻し牢」と聞かされた記憶があります。深秋であるだけに〈闇深々〉に説得力があります。

一匹で闇震はするちちろ虫        日澤 信行

 ちちろの鳴き声を〈闇震はす〉と把握したことで成った作品。言われてみるとまさにそんな感じですね。

杖を背に自転車を駆る小春かな      福原 正司

 自転車は漕げるのに杖を背負っている……。ご自分用か、それとも誰かに届けるのか。不思議に心に残る作品です。

観光と子守を兼ぬる冬の旅        山﨑 尚子

 同時発表の作品を拝見するとドイツに旅行されたご様子。同行したのはお孫さんでしょうか。〈子守を兼ぬる〉という把握が大胆です。

選ばれし子の絵に見入る小春かな     児島 昌子

 お孫さんの絵が何かの賞に選ばれたのでしょうね。とても目出度いですし、何よりも嬉しいものです。

秋うらら足湯の連れはここのそぢ     杉本 綾子

 ここのそじは「九十」で九十歳。秋のうららかな午後でしょう。母親か近所のお知合い。楽しい時間を感じます。

大いなる夕顔の実の揺れにけり      神田しげこ

 夕顔は巨大な瓜のような実を付けます。この実を紐のように剝いて乾燥させたものが干瓢。源氏物語の夕顔は夕方に開き朝には萎む一夜花の象徴として描かれています。

色鳥の話せるごとく鳴き続く       大木雄二郎

 何鳥かと思わせてくれる作品。色鳥は秋に渡ってくる美しい鳥をさしますが、掲句は夏に分類されている磯鵯ではないかなと鑑賞しました。

朝の卓に茶の花活くる良き日かな     竹中 敏子

 庭などに咲いている草花や木の花。一輪を折り取って硝子瓶にさすだけでも気持が華やかになるものです。茶の花も可愛いですね。

青空を時折見せて時雨過ぐ        佐々木慶子

 秋から冬にかけて降ったり止んだりする時雨。時雨雲が雨を運んできて過ぎると止んでしまいます。まさに掲句の情景。マンションの高階からは降らしながら進む雲の様子もみることが出来ます。

冬めくや子犬の足に布の靴        進藤  正

 考えてみますと犬や猫は一年中素足。冷たいのではと危ぶんだ飼主が靴を履かせたのでしょうね。布とありますので手製の靴でありましょう。

木犀の香を背に急ぐ読書会        長尾眞知子

 作者は謡曲も嗜んでおられますが、読書にも興味があるのですね。朗読したり、朗読を聞いたり、あるいは読書の感想を話し合ったり……。読書は生活を豊かにしてくれます。

湯豆腐を一人つつきて一人酌む      髙橋 保博

 お一人で暮らしておられるのでしょう。他から見ると寂しい気がしますが、慣れてしまうと、それなりに充実して来るものです。湯豆腐で酌む、いい時間ですね。

芥川の蜜柑を偲ぶ冬電車         森田 明男

 一読、芥川龍之介の短編『蜜柑』を思いだします。芥川の隣の席にきた小娘が汽車の窓を開け、トンネルを出たあたりで踏切に立っていた三人の男の子に五、六個の蜜柑を投げるという話です。奉公に出る娘さんが見送りにきた弟たちに蜜柑を投げる……。何故か心に残る小説でした。子たちと蜜柑の同じような場面に出会ったのでしょうね

ラグビーのルールも知らず応援す     山地 高子

 ラグビーにしてもアメフトにしても細かいルールなど知らずにテレビ観戦をしている自分に気付きました。言われてみると誠に面目なし。

偶然に一茶の生家秋高し         安齋 行夫

 生家というより、終焉の場所である小林家の土蔵でしょうね。生家であり、信州に戻ってから住んでいた信州柏原宿の家は大火にあって消失。その後は、残った土蔵に住んでいました。ここで小林一茶が生まれたという感慨。懐旧の一句でありましょう。

秋の日に地蔵明るし槍ヶ岳        伊丹 弘子

 槍ヶ岳へ初登頂したのは播隆上人という文政期の僧侶。頂上はもちろん、登山道の途中にも地蔵が祀ってあるそうです。槍ヶ岳に登った経験がないと詠めない一句ですね。

父母偲び仰ぐ北辰寒き夜         扇谷 竹美

 北辰は北極星。当然ながら北斗七星や銀河も見えているのでしょう。星空は色々なことを思わせてくれます。

山を駆け下るるごとくに冬紅葉      越智加奈子

 雑木山でありましょう。まず頂上付近が紅葉に染まり、寒くなるにつれて麓の方に降りている。駆け下りるという把握が的確と感じました。



 ~以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から~

小鳥来て朝の静寂を裂きにけり      髙松眞知子
小春日や峠に古き塞の神         寺岡 青甫
保護猫と並び時雨の空見上ぐ       古谷 清子
天高し百日の祝しめやかに        松谷 忠則
木の上に居座る熊を見守りぬ       井上 浩世
み仏のおはす大地や冬ぬくし       宇塚 弘教
終診てふ言葉頂く今朝の冬        加納 聡子
紅葉渓の十色の落葉踏みがたし      川尻 節子
秋晴や昼の洗濯すぐ乾き         近藤登美子
吟行やノートにはさむ柿紅葉       神出不二子
静もれる女院の御陵紅葉散る       高岡たま子
秋晴の有馬に傘寿祝ひけり        中谷 房代
熱燗や誹謗中傷聞き慣れて        中村 和風
祝膳なり初物の土瓶蒸し         布谷 仁美
朝寒や窓のガラスの薄ぐもり       秋山富美子
復調の夫と冬の小き旅          磯野 洋子