若葉集選後所感           朝妻 力

 

大地震の思ひ新たに年迎ふ        中野 尚志

 作者は金沢の人。一読して令和六年能登半島地震であると分かります。昨年の一月一日、石川県能登半島で震度六の地震が発生しました。石川県内では死者・行方不明者五百十人、家屋全壊・半壊二万四千戸以上という被害でした。一年を経過した今でも復興途中ということで、地震災害の甚大さを感じます。亡くなった人のこと、避難を続けている人のこと、家屋や生活の復旧に苦しんでいる人のこと……。これらが作者の胸中をかけめぐっているのでしょう。完全復旧が一日も早からんことを願うばかりです。

ねんごろに畳んで捨つる古暦       福原 正司

 授かったお札やお守りは返納し、その後お焚上げされるのが通例です。ところが暦となりますと、特に決まったしきたりなどありません。しかし、一年間、日々の案内をしてくれただけに単に捨てるには忍びない……というのが作者の心境でありましょう。〈ねんごろに畳んで〉にその思いが感じられます。

年の瀬や笑ひ神事の声どつと       杉本 綾子

枚岡宮冬至の空にわつはつは       溝田 又男

 東大阪にある枚岡神社の笑い神事を詠んだ二句。神代の時代、素戔嗚尊の乱暴に怒った姉の天照大御神が岩戸に隠れてしまいました。国中が闇に包まれたとき、天児屋根命の美しい祝詞と神々の笑いを不思議に思った天照大御神が外の様子を見ようと岩戸を開けたことで太陽が戻ったと言われます。他に、天鈿女命の裸の舞と手力男命など諸説ありますが、何れにしても日中時間の最も短い冬至から太陽が蘇る、あるいは日食で欠けた太陽が再び姿を現すという現象からの神話でありましょう。枚岡神社の笑い神事は冬至に行われます。

更けてゆく平城京址寒昴         髙橋 保博

 奈良の夜の、何気無い一景。深々と冷えてゆく宮址と〈寒昴〉の取合せが見事と感じました。

十二月電気鰻の動かざる         星私 虎亮

 どちらかの水族館の一景でしょう。電気鰻は鰻という名がついていますが、むしろ鯰に近い淡水魚ということです。もともと動きの少ない魚のようですが、十二月と置いたことで更に静かさが増しました。

朝まだきこゑなき星と冬木立       片上 信子

 日の昇る前の街の一景。満天にきらめく星はあくまでも静か。〈こゑなき〉と捉え、冬木立を配したことにより空気の張り詰めた冬の朝を思わせてくれます。

甕覗色のみ空や初山河          岡田 寛子

 甕覗色が初めての語。広辞苑には染料の甕をちょっと覗く程度に、極めて淡い青色とありました。初山河をこのように把握することも感性の表れです。

家仕舞アルバムを見る冬の暮       岩橋 俊郎

 家仕舞……。家の中を片付けたのか、転居のために仕舞ったのかの二通りにとれる作品。〈アルバムを見る〉とありますので、転居の可能性もあります。アルバムを見るということはしばし過去に遊ぶということ。しみじみとした気持が伝わります。

冬日差す部屋にこもりて聖書読む     小谷  愛

 外は寒風が吹き荒れていても部屋の中は暖かい……。気持ゆたかに聖書を読む作者が思われます。

につこりと初雪かむる地蔵かな      倉本 明佳

 桜井市聖林寺の住職さんですので、境内のお地蔵さんでありましょう。雪を被った地蔵さんを微笑んでいると見たのが感性ですね。

歳時記と子犬を膝に冬籠         中尾 礼子

 〈冬籠〉の友は子犬と歳時記。静かで落ち着いた冬籠りですが、歳時記が良いですね。季語や例句を学習しながらの冬籠り。

バブルマンより飛び出す泡のお年玉    川尻 節子

 和歌山の作者。ということは、バブルマンは道の駅「四季の郷公園」の李野さんでありましょう。関西一円に名の知られているしゃぼん玉の名人です。川尻さん、お孫さんか曽孫さんをつれて出かけたのでしょうね。しゃぼん玉がお年玉。ほんわかとする一景です。

新年の朝起き会の講義かな        近藤登美子

 早起き会ですと、歩いたり体操をしたりなのですが、掲句は〈朝起き会〉。集会場などで身近な内容の講演を聞いているのでしょうね。新年早々、素晴しい!

改めて齢を思ふ初鏡           神出不二子

 他人がみるととても若いのに、ご本人は老けていると思っておられる方も多いようです。作者もそうなんでしょう。初鏡であればこそ、そう思ってしまうのかもしれません。

ドッグランに寒さものともせぬ五匹    山﨑 尚子

 リードから解放され、犬が自由に駆け回ることのできるドッグラン。道の駅などで見かけますが駆け回る犬の姿は微笑ましいものです。

着ぶくれて見返り美人とはなれず     村川美智子

 寒さしのぎの重ね着。見栄えよりも快適に過ごすという方を選ぶものです。二月号には〈しつかりと着ぶくれゐたり我が影も 啓子〉がありました。

暁のラジオに覚むる草城忌        安齋 行夫

 目覚めてラジオをつけたのでしょうね。草城には〈ラヂオさへ黙せり寒の曇り日を〉など、ラジオの作品がいくつかあります。

気力湧く寒九の水を飲み干して      井上 妙子

 一年でもっとも水が澄む日と言われる寒九の水。そう思うだけで気力が湧くというものです。

百歳の迫る一人の日の始         入江  緑

 かつて関西で、灘校・京大・東大などの合格者を次々に排出した入江塾(伸学社)。作者はその入江さんの奥様です。〈一人の〉という措辞に、二十年前に亡くなられた入江伸さんを思い出しているのだなと感じました。

筋トレの子の朝食に寒卵         加納 聡子

 お子はいつか「めばえ集」に投稿してくれた優吾君。いまは大学で情報工学を学んでおられます。寒卵は滋養豊かと言われます。頑張れ優吾!

二車線を確保し戻る除雪隊        日澤 信行

 今年は記録的な大雪。通勤や物流の足を確保するために担当部門は二十四時間体制で除雪に備えます。二車線確保と言いますのはたぶん往復二車線ということでしょうね。戻ってくる除雪隊に感謝する作者。

賽銭に見合ふ願掛け初詣         松谷 忠則

 張り込んで大きな願いを掛けたのでしょう。逆かもしれませんが……。これだけ金銭感覚のはっきりとした俳句に、始めて出会いました。それにしても愉快な俳句です。

友垣や賀状ラインにあらためぬ      行竹 公子

 年賀は葉書だけではないのですねえ。特に通信方法の多様化した現代。メールやラインで十分なように思います。



 以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から。

冬休み荷物両手に子ら下校        伊丹 弘子
受験子の親が指折る学校名        奥本 七朗
娘似の成人の日の晴れ姿         児島 昌子
小謡にお経の節も年男          佐々木一夫
初声のすれど姿の見つからず       野村よし子
日のなかを興福寺へと初参        平本  文
読初や俳誌を繰るを生き甲斐に      宇塚 弘教
大利根の流れ遅春の日差し跳ぬ      扇谷 竹美
初謡喜寿は若手とおだてらる       大木雄二郎
馬車の行く聖堂の町風光る        大畑  稔
着ぶくれて子らころころと笑ひあふ    越智加奈子
出羽の国小国の里をマタギ行く      河井 浩志
瞑想にあそぶ卒寿の初湯かな       進藤  正
迎春や雲の峰誌を手に取りて       杉山  昇
日本遺産の牛久シャトーや冬ぬくし    関根由美子
孫子待つ叔母饒舌に年用意        髙松眞知子
日脚伸ぶキャッチボールの声弾む     竹中 敏子