鉢木を謡ふ正座へ榾明り 佐々木一夫
鉢木(はちのき)は能の曲名。上州の佐野源左衛門は大雪の夜、身分を隠し行脚中の北条時頼に宿を貸し、貧窮の中、愛蔵の鉢木(盆栽)を焚いてもてなしま、落ちぶれてはいてもいざ鎌倉という時には真っ先に駆けつけ……と心境を語ります。後日、時頼から緊急集合の令の出た時、源左衛門は痩せ馬に乗り、真っ先に駆けつけます。これが「いざ鎌倉」の語源。囲炉裏を囲んでの素謡でしょうか。能には和歌の本歌取の代表ともされる定家の〈駒止めて袖うちはらふ陰もなし佐野のわたりの雪の夕暮〉も引用されています。冬の夜の贅沢なひとときですね。
いとし子がリングボーイや冬ぬくし 北田 啓子
リングボーイは結婚式のとき新郎に結婚指輪を運ぶ役の男の子。女の子が担当すればリングガールとなります。十歳くらいの子までが担いますが、二歳とか三歳の子だと全体像を理解できていない分だけ可愛らしさが増します。
冬の雨乗客のなき籠電車 松本 英乃
籠電車は別子鉱山で約四㎞の構内を運行した人員輸送車とか。展示されているか、町起しなどで実際に運行されているのかも分かりません。ある時期の日本を支えたあれこれに思いを馳せる。これも俳句の醍醐味です。
思ひ出を貯へたくて日記買ふ 関口 ふじ
日記を買うという年用意。新しい年への期待や決意を込めた作品が多いのですが、思い出を貯えたいという作品には初めて出会いました。令和八年、良い思い出をたくさん貯えてください。
捗らぬ断捨離けふは根深汁 瀬崎こまち
ヨーガの行法である断行・捨行・離行から生まれた断捨離。書物に書いた人がいてすっかり日用語になりました。未だ使いたいと思ったり勿体ないと感じたり、中々進まないものです。根深汁を啜って明日への活力を蓄えましょう。
門跡や醍醐の松に菰巻けり 土屋 順子
門跡、辞書には皇子・貴族などの住する特定の寺の称とあります。醍醐の松とありますので醍醐寺三宝院の松かとも鑑賞しました。巻いた分だけ、松の緑が際立ちます。
多摩川の渡船場跡や枯柳 中村 克久
多摩川の渡船場と言いますと六郷の渡しが思われます。作者は立川市にお住まいですので、立川と日野を結んでいた日野の渡し跡でありましょうか。枯柳を見つつ往時に思いを馳せる作者。
膝の猫冬を抱へて眠りをり 中尾 光子
猫が膝にのって眠るという句にはよく出会いますが、〈冬を抱へて眠る〉という作品に初めて出会いました。冬は季節ですので抱えることは出来ませんが、作者はそう見えたのでしょうね。日常の見事な発見です。
敷藁を持ち上げ冬菜緑濃し 糟谷 倫子
緑が夏・新緑の副季語ですので一瞬季重なりと思いますが、この場合は冬菜の緑が濃いということで季重なりにはなりません。藁を持ち上げて伸びる冬菜、その緑の瑞々しい作品です。
異邦人も集ふ高取冬ぬくし 髙木 哲也
日本最強の城とも呼ばれる高取城のある高取でありましょう。日本三大山城の一つと呼ばれ、飛鳥の都造りに駆り出された土佐の人々が帰郷できずに、この地に住み着いたことが起源とされる土佐街道の残ることでも知られます。外国の皆さんにとっても憧れの観光地なのでしょうね。
しみわたる尺八の音や冬の月 穂積 鈴女
民謡の伴奏や虚無僧で知られる尺八。作者は屋外におられるのは確実ですが、尺八もまた外で演奏されているようです。首振り三年コロ八年……。月下の尺八、まさに染み渡る音色であったことでしょう。ふと宮城道雄を思いだしました。
夜神楽の狭き座席を譲り合ふ 竹内美登里
夜に演じられる神楽。日向などが知られておりますが、お住まいの近くでも奏されるのでしょう。当番となる神楽宿に集まっての鑑賞。席を譲りあうところが具体的です。
たまさかや麓をゆけば赤狐 青木 豊江
麓の道で赤狐に出会ったという一景。〈たまさかや〉とありますので、思いがけなくということが分かります。作者は茨木郡山にお住まいですので茨木カンツリー倶楽部の山際でありましょうか。私は野生の狐や狸に出会ったことがありませんので、興味津々です。
年明けて母は数への百二歳 金子 良子
生まれた年を一歳とし、以後正月になると一歳を加えて数える年齢が数え年。ということは今年中にたぶん満百一歳を迎えるということでありましょう。百歳を超えてお元気な様子。目出度いことですね。
遠慮気味に市の広報車火の用心 鎌田 利弘
大音声で呼びかけると却って迷惑になる……ということで遠慮気味なのでしょうね。それと消防署ではなく市の広報車ということもあるのでしょう。〈遠慮気味〉が発見です。
講堂に論語の唱和冬ぬくし 小薮 艶子
旧閑谷学校の講堂でありましょう。「師のたまはく。学んで時に之を習ふ。亦よろこばしからずや」。現地で聞いたことがありますが、堂々として頼もしいものでした。学習と言いますが、学は知識として学ぶこと、習うは学んだことを自分の身に付けること。そんなことも頭に浮かびます。
小春日や巨大バルーンゆらゆらと 斎藤 摂子
大仙公園と詞書のある一句。観光用の気球「おおさか堺バルーン」ですね。天候が良ければ毎日運行しているそうです。地上百メートルからの仁徳御陵、どんな様子でしょうか。
南天の実に寄る鳥の目も円ら 長浜 保夫
南天の実、餌が少なくなる時期に鵯や眼白などがつついています。掲句〈目も円ら〉ですので眼白でしょうか。
冬の朝お母さんてふ夫の夢 野村 絢子
夢の中のご主人が〈お母さん〉と作者を呼んだのでしょうね。夢に見るということは亡きご主人を深く思っているということ。これも供養ですね。
藤袴に浅黄斑の息づかひ 人見 洋子
今でこそ長距離移動する蝶として知られている浅黄斑ですが、それが確認されたのは昭和五五年頃ということ。藤袴・鵯花・薊などに寄ってきます。〈息づかひ〉とありますのでまさに蜜を吸っている最中でありましょう。
女性警官のピアスの穴や冬うらら 松山美眞子
勤務中はピアスをしないような規則があるのでしょうか。考えてみますとイヤリングやネックレスを付けている女性警官を見たことがありません。〈ピアスの穴〉を見つけるあたりが女性ですね。
俵屋の石鹼纏ふ年湯かな 三原 満江
京都の俵屋旅館は元禄創業。京都の現存する最古の旅館として知られています。石鹼、知りませんでしたが、泊客専用の石鹼を外販しているのでしょうね。俵屋に泊まっている気分で過ごす年湯。心にゆとりが生まれます。
~以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から~