白炭の崩る南部の昔つこ 渡部 芋丸
〈昔っこ〉は、東北地方で昔話のこと。南部の昔話を語り、聞いているうちに炭が崩れてしまう。とても良い場面です。この昔っこ、多くは東北各地の訛のまま語られます。「女だすけ遠慮」は、「女やさかい遠慮」という関西弁の「や」が「だ」に、「さかい」が「すけ」に訛ったもの、新潟では「や」が「ら」に変化して「女らすけ」となります。北前船による伝搬と変化でしょうね。というようなことは知っていても実際に聞いてみると殆ど伝わりません。しかし、これが地方独特の文化ですね。これを守り育てようという運動も盛んになっているようです。
立春や煮抜き卵と麺麭バナナ 阿山 順子
同時発表の〈回復の兆し記したる古暦〉でも分かりますが、ご病気も順調に回復されているようです。体調が戻られると共に作句力を戻されている作者。同時にまた食欲も充分に戻っているようです。いつか句会に参加できることを楽しみにお待ちしております。
初夢のなかサンティアゴ巡礼路 中村 克久
たしか「世界紀行」というようなテレビの番組でサンティアゴが聖ヤコブのスペイン語であると知りました。改めて調べてみますと聖ヤコブの遺骸のある地とされ、今でも多くの人が巡礼に訪れるのだそうです。 作者は敬虔なクリスチャン。願っても叶うことのないほどの初夢でした。
探梅や強風に背を押されつつ 德山八重子
〈探梅〉は冬の季語。この時期の風は当然ながら強烈な寒さを伴います。大阪城公園の梅林と思われますが、背を押されつつもお元気な姿が目にうかびます。
首手首足首隠す寒さかな 山内 英子
防寒の基本として手首足首襟首を守るということが言われてきました。掲句の首は襟首。マフラーなどで覆っているのでしょうね。今年は寒が明けてからの方が寒波が強い……。三月にかけてまだまだ続くようです。風邪など引かないようにお励み下さい。
認知予防に一人トランプ日脚伸ぶ 竹村とく子
認知とありますが、認知症であることはすぐ分かります。いわゆる健康寿命を伸ばす基本は知的活動。読む、しかも声を出して読む、書く、しかも書き写す……。ご家族不在の折には、声を出してお楽しみ下さい。
拝殿に白蛇の像や淑気満つ 松井 信弘
巳年とあって各集ともに蛇の句の投句が目立ちました。蛇は穀物の神とされ、また宇賀神として福の神(弁財天)として祀られます。初詣の一景でしょうね。良き年でありますように!
春近し峠に残る融雪剤 平橋 道子
大寒波が押し寄せ、記録的な積雪となった今冬。道路のあちこちに融雪剤が配置されました。多くは塩化カルシウムなどで、融点を下げ、つまり雪を溶かすのだそうです。道路脇にこの袋を見つけると〈春近し〉と思うものです。
にぎやかに塒さわがす寒雀 田中せつ子
雀・椋鳥などは、特に冬場などは大集団で夜を過ごします。集団であれば暖かい、外敵への備えにもなるというあたりでしょうか。一木に集まっている姿、可愛いですね。
千尋の滝の若水供へけり 太田美代子
千と千尋の神隠しではなく、こちらは屋久島の千尋(せんひろ)の滝。滝は夏の季語ですが、〈……滝の若水〉として若水を季語にしました。屋久島でみたあの勇壮な崖と滝が思い出されます。
今生を感謝で過ごす去年今年 水谷 道子
年の暮や新年を迎えたとき、だれしもが人生というものを思うものです。水谷さんが思ったのは感謝。こうして過ごしていることは周りの全てのお蔭と感謝する作者。納得できますね。
子の言葉載る日めくりや初暦 野村 絢子
暦にお子さんの言葉が載った……。募集に応募して入選したのでしょうか。それとも知らないうちに引用されたのか……。いずれにしてもめでたいことです。
餺飥の鍋ごと届く冬至の夜 松本 英乃
餺飥(はくたく)と書いてホウトウ。ネットでは「小麦粉を練りざっくりと切った太くて短い麺を、カボチャなど野菜と共に味噌仕立ての汁で煮込む」とありました。未経験なのですが、体を温めてくれるようです。
新札を入るる十五のお年玉 宮田かず子
十五は十五歳ということでありましょう。去年に発行された千円札、五千円札、一万円札、意外と早く出回りました。新札のうちのどれを入れたのでしょう。
卯の杖を飾り八畳安らぎぬ 浅川 悦子
卯杖は邪鬼を払うまじないとした杖で、桃・梅などの木を五尺三寸に切って束にしたものだそうです。作者は嵯峨御流の師範ですので、その縁で飾ったのかもしれません。
飲み過ぎて一と日遅るる初湯かな 鎌田 利弘
〈飲み過ぎて〉が愉快で豪快な作品です。二日は仕事始の日とも言われますので、初湯もぴったりでしょうね。飲酒後の入浴を避けたことは立派。
大吉と大福を引く初詣 髙木 哲也
西宮神社でありましょう。大吉よりも縁起がいいと言われる大福。たしか「笑う門には福来る」とあります。それにしても神籤を二回も引くとは……。
猟銃を担ぎ男ら山に入る 髙橋美智子
ネットをみますと地域おこし協力隊という組織があり、猪の駆除なども担当しているとか。男らは、そちらのメンバーでしょうか。
買初の銘菓に干支の絵を選りぬ 髙松美智子
菓子の包み紙や包装箱に色々な絵があったのでしょうね。巳年ですので蛇の絵を選んだ作者。白蛇がとぐろを巻いた、いわゆる宇賀神が人気のようです。
音量を絞りドラマを見る寒夜 土屋 順子
ご家族はみな休んでいるようすですので深夜でしょうね。どうしても見たいドラマがある。〈音量を絞り〉にどうしてもみたいという気持が溢れます。
峰白き生石の里の初景色 長浜 保夫
生石(おいし)は和歌山県有田川町の東北に位置する高原地帯。回りの山々には雪が積もっているのでしょうね。初景色となれば雪の白も格別です。
伊勢海老の朱の鮮やかや椀の中 藤原 俊朗
雄渾な姿で、茹でると真っ赤になるので、縁起ものとして御節料理にぴったりということで新年の季語なのでしょうね。丸物一匹。優雅すぎる新年です。
歳時記の新年の項読初めす 穂積 鈴女
〈読初〉に歳時記。俳人として立派です。歳時記は知っているようで知らないことなど、知識の宝庫。じっくりと
お読み下さい。
以下、当月抄候補作品から