青葉集選後所感           朝妻 力

 

手放せば得ること多し冬の虹       関口 ふじ

 何を手放したのか、あれこれ思わせてくれる作品。例えばパソコンを手放せばそれなりに時間を得ることが出来ます。が、この作品では物ではなくご自分の心持や社会的な立場などであるとも鑑賞できます。あれこれ執着心があるものですが、身軽になってこそ得るものが沢山あります。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の日常版・現代版ですね。具体的に想像するのは難しいのですが、私たちの人生に幾度もやってくる波のように感じました。〈冬の虹〉が作者の心中を思わせてくれます。

思ひ出は俳誌の写真冬薔薇        高橋 佳子

 「伊那男先生二句」と詞書がありますので、十一月十四日に亡くなった伊藤伊那男さんを偲んでの一句と分かります。令和六年の会員総会・「雲の峰」創刊三十五周年祝賀会にも参加して下さいました。祝賀会や記念吟行の写真。そして折々に聞かせて下さった歴史や料理の話。今となっては得がたい経験でありました。今月号に伊那男さんの句集『狐福』を紹介し、伊那男さんの足跡を偲んだ一文を掲載してありますので、ご覧下さい。

岩山は鬼の城とや秋高し         片上 節子

 同時発表に米子や大山が出てきますので、掲句は鳥取に向かう途中の一景でありましょう今治からですので、例えばバスですと、多分岡山県総社市の鬼城山(きのじょうざん)であろうと鑑賞しました。国を守るための山城がいつか盗賊(鬼)の巣窟となり……。これを退治する桃太郎伝説が生まれたりしています。吟行は知見をどんどん広げてくれます。

木の洞の生木地蔵や初しぐれ       髙橋美智子

 作者は新居浜にお住まい。ということは愛媛県観音寺市の生木(いきき)地蔵尊でありましょう。ネットを見ますと生きた樟の木の幹をくりぬく形で百五十㎝の地蔵が彫られているとのこと。天保七年、森安利左衛門という人が病弱な娘のために彫ったとありました。樟の木は成長しますので、地蔵さんも十㎝ほど大きくなったということです。

書き終へて押す落款や秋深む       松本 葉子

 印鑑とは違い、落款は書や絵に押す印のこと。多くの趣味をもつ作者。書とか絵にも造詣が深いようです。「押す実印」ですと感慨が深くなりすぎですが、〈落款〉として、少し違った感慨を表わしました。

石蕗咲きて半分埋まる一茶句碑      松本 英乃

 多くの逸話や伝承を残す一茶。俳諧師として江戸を拠点として上総、下総、安房といった房総半島方面に生計の場を求めておりましたが阿波や伊予へも行脚しております。金比羅に吟行した時、一茶の〈おんひらひら蝶も金毘羅参哉〉句碑を見つけてびっくりしたことを覚えています。掲句はどんな句碑かな……と思いつつ鑑賞しました。

老体に手加減を乞ふ冬初め        長浜 保夫

 寒さや木枯。今年は残暑が厳しかっただけに、尚更身に応えます。〈手加減を乞ふ〉は冬に対する祈願のようにも見えますが、ある意味で自信の表れでしょうね。同感!

伏す犬に声掛けてゐる夜の寒し      阿山 順子

 同時発表の作品やいばらき句会への投稿を拝見しますと、共に暮らしてきた犬が亡くなったことが分かります。親子と同じような存在ですね。

子ら去んで木犀残る午後の園       田中せつ子

 木犀の花が残るのでしょうが、感じたのは木犀の香りでしょうね。私の義兄、田沢仁祥の〈校庭の万声消えて余花一樹〉を思い出しました。

二歳児が落葉だまりに燥ぎけり      米田 幸子

 踏むと鳴る落葉の音を楽しんでいるのでしょうね。あれって、大人でも結構楽しいものです。

タグ付けてねむる赤子ら冬うらら     青木 豊江

 新生児室の様子。取り違えのないように足にタグをつけて眠っています。曽孫さんでしょうか。嬉しく、頼もしく見守る作者。

山越しに音聞く冬の花火かな       浅川 悦子

 花火、江戸期には精霊を迎え、送る催しとして盆、つまり秋季でありました。やがてイベントとして夏に分類され今では冬にも打上げられます。音を聞きつけて「万博公園かな」などと思う作者。

赤い羽根つけて二歳の得意顔       渡邊 房子

 いわゆるドヤ顔ですね。胸に周囲の大人と同じ赤い羽根。自分も大人の仲間入りをしたと思い、誇らしくも嬉しくもなるものです。こんな場面も良い句材ですね。

寒落暉弥陀の本願疑はず         上和田玲子

 乱暴に言えば南無阿弥陀仏と念仏を唱えることにより、人々を迷いの世界から救い、浄土に生れさせるというのが弥陀の本願。雲を赤・深紅・紫などに染める冬の夕焼けをみますとまさにそんな雰囲気になりますね。

山盛りの間引菜洗ふ外流し        金子 良子

 大根や蕪など、芽が出て貝割れの形になったころの大切な作業が間引き。茹でますと、柔らかくてとてもおいしいものです。幼時の頃は菜種もその対象でした。

柘榴裂け数多の命露にす         児玉ひでき

 赤・紅・深紅など多様な色を見せてくれる柘榴。きらめいてとてもきれいなものです。その様子を〈数多の命〉と把握しました。目で見るだけでも季節の贈物と感じるものです。

力石に踏ん張るをみな秋麗        瀬崎こまち

 神社などに残されている力石に挑戦しているのでしょうね。持ち上げるのは無理と分かっていても楽しいものです。

飛来せし大鷲湖北旋回す         竹村とく子

 琵琶湖、山本山のおばあちゃんと呼ばれている大鷲ですね。平成十年に初めて飛来したそうで三十歳以上であることは確実とのこと。偉大さを感じさせる一景です。

片付けのはかどらぬまま暮早し      土屋 順子

 断捨離とか大掃除などなど。考えてはいますが、実際には遅れに遅れて……。〈暮早し〉の季節がますます焦らせてくれます。

寧日に豌豆植うる五粒づつ        中田美智子

 本来は豌豆の種蒔くなのですが、歳時記には〈豌豆植う〉。蒔いて十日ほどすると芽が出揃いますので、二本残して間引き。半年後が楽しみです。

名草戸畔伝ふる宮の冬紅葉        松浦 陽子

 名草戸畔(なぐさとべ)は東征中の磐余彦(いわれびこ・後の神武天皇)と戦って敗れたとされる人。和歌山市にいくつもある中言(なかごと)神社に祀られています。吟行作品の多い作者。吟行は俳句が出来るという以上に、歴史や文化への造詣を深めてくれます。

小雪や消防隊のファンファーレ      光本 弥観

 今年の小雪は十一月二十二日。火災の多くなる時期に向かって消防隊も訓練を欠かしません。

軒に吊る薬草の香や秋の昼        宮田かず子

 薬狩と言えば夏ですが、秋に収穫される薬草も多数あります。干しているのは、いわゆる民間療法に使われる薬草でしょうね。




 ~以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から~

晴天や音の違へる落葉ふむ        遠藤  玲
風穏し庭を統べゐる尉鶲         越智千代子
年の夜や悲しみの質変へねばと      糟谷 倫子
模擬避難の手筈整ふ神無月        北田 啓子
土壁に反りて動かぬいぼむしり      小薮 艶子
聖堂に童謡を聴く小春かな        斎藤 摂子
冬晴やひねもす畑の鍬仕事        中尾 光子
廃帝陵冬帽を手にをろがみぬ       野添 優子
両腕の予防注射や冬めける        野村 絢子
羅漢らと微笑みあへり嵯峨の秋      林  雅彦
楽才を愛でて目つむるちちろの夜     星私 虎亮
玻璃越しの隣家の屋根に三日の月     水谷 道子
猫は伸び夫はあくび小六月        三原 満江