夏の果神社の隅の力石 藤原 俊朗
力石の全国的な調査をしておられる髙島愼助先生は「雲の峰」でもお馴染です。力石は大正の頃まで境内や広場で使われていました。若者たちにとって皆の前で力石を持ち上げることは、一人前の男になった証であり、村の女たちへのデモンストレーションでもありました。労働の機械化や娯楽の多様性によって急速に歴史の片隅に追いやられてしまいました。境内で力石を見つけた作者。〈夏の果〉がかつての賑わいを感じさせます。堺でも大和川の付け替え工事に伴い河口では新田開発が行われました。月洲、田守、高砂、高崎の四社が創建され力石が奉納されています。
ごきぶりに組み立ててやる紙の家 新倉 眞理
昆虫の中でも嫌われ者のごきぶりにこれほど心を寄せアイロニー(皮肉、あてこすり)を持って詠んだ句に感心いたしました。ごきぶりの家には入口があり、足拭きマットが付いています。窓からでも自由に入れますが、一歩踏み入れるととりもちの床。何ケ所か設置して捕獲数を確かめる作者。忍者のようなごきぶりは水が大好きです。外からの進入路に紙の家をおくと効果的です。
雲の峰湧いて鳴門の渦真白 片上 節子
鳴門海峡には世界で三番目に速い潮流が流れ込みます。そして、鳴門海峡の急激に狭くなる地形と、V字型の急激に深くなる地形が相まって、世界一大きな渦潮が発生します。春の彼岸の頃の大潮が一年で最も干満の差が大きいので「渦潮」や「観潮船」は春の季語となっています。掲句は〈雲の峰〉を季語として入道雲と渦潮の白の織りなす夏の景色をダイナミックに詠みました。
夏の朝きれいを作るサラダ添へ 関口 ふじ
夏の朝食にサラダを添えて…夏バテに負けない身体、夏バテを乗り切るために見た目にもカラフルでビタミンCたっぷりの緑黄色野菜のサラダが食欲をそそります。そして心身共に〈きれいを作る〉には見た目も肝心。スリムで伸びやかな肢体の為には善玉の乳酸菌やビフィズス菌などの腸内細菌が大切ですのでヨーグルトもお勧めです。健康的な朝の食卓が目に浮かびました。
波打際に芥片寄る晩夏かな 中尾 光子
夏の終りになると海も湖も河川も夏バテ気味になり〈芥〉が増えます。芥は木片やプラスチックごみなど。水流の衰えたところには酸素不足のため薄茶けた泡ができます。この情景をなんと詠むかと思っておりましたところ掲句に出合いました。台風が来て地球規模で水と空気をかき混ぜてくれますが、近頃の台風は温暖化の影響で「空気と水の対流」の域を超え、大きな災害を伴います。
女郎花植ゑて生花の教師なる 井手 公子
女郎花は秋の七草の一つ。日当りの良い山野の草地に自生して草丈は一メートルほど。黄色い小花を平らに多数咲かせ、同じ黄色ながら背高泡立草とは似て非なる郷愁を感じる花ですが、野生のものを見かけることは少なくなりました。お稽古にうかがうとお庭に植わっておりました。同じオミナエシ科に白い花の男郎花(おとこえし)があります。〈女郎花少しはなれて男郎花 星野立子〉
紫陽花に触れねば行けぬなだり道 乾 厚子
紫陽花園は斜面を利用したところが多く、まるで紫陽花の大海原に散策路が巡っています。掲句はその状況を巧みに表現し、大きな紫陽花の毬も見えます。雨に咲く紫陽花は梅雨の長雨の鬱陶しさを明るさに変えてくれ、雨の色までが紫陽花の色に染まります。そして雨を承知で人々は紫陽花園に出向き、ぬか雨にけむる紫陽花を堪能します。矢田寺、三室戸寺など関西には紫陽花寺があります。
パリからの熱戦に沸く夏の朝 金子 良子
炎昼を舞へる少女の金の帯 大野 照幸
パリオリンピックを詠んだ句。朝からテレビニュースは日本勢の競技の模様を伝えています。日本は朝といえども三十度近くあり、今日もうだる暑さが予想されますが、その暑さを吹き飛ばすような活躍ぶり。炎昼を舞うのはスケートボードでしょうか。ヘルメットをかぶり舞う姿は全世界の称賛を浴びました。
新作の花火に合はすヒット曲 小薮 艶子
夜空に開く大輪の花火は日本の夏の風物詩。息を呑むほどの美しさは圧巻です。それを俳句にするのは難しく俳人たちは色々苦心して名句を生み出しました。掲句もその一例。新作の花火は連発の打上げ花火か仕掛花火でしょうか。懐メロでなくやはり現在のヒット曲が合いますね。音楽は打上げまでの期待感をより一層盛り上げ、印象深い花火の夜となりました。
残照をまとひて揺るるハンモック 斎藤 摂子
避暑地での光景でしょうか。今までそこで昼寝をしていたのか、読書をしていたのかその人は去り、ハンモックだけが夕日に染まって揺れています。涼しい風が吹き抜けます。今年の夏は猛暑続きで、高原でも暑く、クーラーをつけて室内にいることを余儀なくされたので、掲句は、過去に体験したり見た光景かも知れません。ハンモックのもつ憧れのような美しさが描かれています。
西瓜切り光る君待つ八時前 三原 満江
NHKの大河ドラマ「光る君へ」が始まる時間です。我が家ではそれに合わせて晩ご飯となりますが、三原家ではそれより前に夕飯を済ませ、洗い物も終え西瓜を切って準備万端の視聴タイムです。ドラマの中では「まひろ」と呼ばれた女の子が御所に上がり「藤式部」という名で源氏物語を書き始めます。構想を練って書き損じもなく料紙にすらすらと書いて行く姿にびっくりしています。