冴返る百葉箱の白さかな 平橋 道子
百葉箱は、十九世紀中頃イギリスで開発、明治七年に日本に導入され「百葉箱」と訳されました。呼び方は「ひゃくようばこ」「ひゃくようそう」が混在し、広辞苑では今でも「ひゃくようそう」です。昭和二八年理科教育振興法が制定され、全国の小学校に設置され気象観測が行われました。芝生の上の風通しの良い場所に設置され、四方が鎧戸で、日光が反射するように白いペンキが塗られています。しかし時代は流れ、平成四年より設置義務はなくなり、小学校より消えて行きます。今は気象衛星の時代。百葉箱の歴史を考えると〈冴返る〉に作者の感慨がこもります。
猛り立つ護摩の焰が雪を呼ぶ 木原 圭子
天台宗(最澄)や真言宗(空海)など、密教系の仏教宗派が護摩壇を設け、護摩木を焚いて息災・増益・降伏・敬愛を本尊に祈ります。また、修験道において山伏達が野外で真言を唱えながら護摩行を行います。大榾と檜がうねるように燃えさかり、護摩木を焚いた炎(智慧の火)は自身の中にある煩悩を燃やしてくれるようで胸の内が軽くなります。折しも、雪が舞い始めました。
初緑をとめごのむねふくよかに 青木 豊江
老松の幹の樹皮は亀甲の形をなし、風格をたたえています。その老松も春になりますと初々しい新芽を伸ばし「松の芯」、「緑立つ」という季語で表しますが、掲句は〈初緑〉として成功しました。〈をとめごのむね〉に合わせる季語として甘くならず固すぎず凜として、いいですね。お孫さんでしょうか。少女から女性に変化して行く様子がきれいに描かれています。
今年また母の名で書くお年玉 金子 良子
昨年〈百歳を迎ふる母や風薫る〉を詠まれた良子さん、今年もお母さんには孫や曽孫さんにお年玉をあげる大切な役目があり、それを支える良子さん。老人はお金の管理が大切で、信頼できる身内がいれば安心です。「お金は持って死ねない」といわれますが、さりとて欲しいものもなく、買物に行く気力や体力も衰えますので、元気なうちに自分のお金の使途を考えるのも老い支度です。
雪達磨数体残し園暮れぬ 寿栄松富美
雪達磨が作れるほどに雪が降り、園児達も大賑わいです。
砂場遊びを雪達磨作りに変えてクラスごとに作りました。雪達磨は冬の季語ですが、掲句は春のドカ雪を思わせます。退園時間となり雪達磨にバイバイをして子ども達が帰って行きます。園庭に迫る暮色。作者はそのような雪達磨を見て昔を思い出しています。感情移入しないで〈数体残し〉と詠んだところにひかれました。
まな板に小き窪みや薺打つ 高橋 佳子
正月七日は、五節句の一つで、新年最初の節句「人日(じんじつ)」です。若菜の生命力にあやかり、活力を得るため七草粥を食します。七草の中で「薺」が最も手に入れやすく、粥に入れるために囃し言葉を唱えながら若菜を叩きながら刻むことを〈薺打つ〉。まな板はアクリル製やステンレス製がありますが、今日は木製。〈小き窪み〉が使い込んだ日々を物語っています。
草萌や銀輪みがく六歳児 米田 幸子
四月一日の時点で六歳の子が小学校に入学しますので、この子はもうすぐ小学一年生。ランドセルの他に入学祝に自転車を買ってもらったのでしょうか。ピカピカの自転車に泥はねや草切れが付いたか、付かなくても磨いている姿が健気です。自分の所有物が増え、その自覚もできて、物を大切にする心も養われます。掲句を拝見し通学用自転車を磨いた中学生の頃を思い出しました。
寒月を背に小走れる家路かな 三原 満江
「小」は接頭語で、よく効いています。夕方月が昇ってきて、はやこんな時間と家路を急ぐ作者。心せく様子が小走りです。空には寒月が皓々としています。懐メロに「月がとっても青いから遠廻りして帰ろ… 月の雫に濡れながら遠廻りして帰ろ… 月もあんなにうるむから遠廻りして帰ろ…」がありますが掲句は逆の心境。一刻も早く帰らねばなりません。月が家まで送ってくれました。
にう麺に焼海苔香る寒の内 五味 和代
三輪そうめんですね。大神神社の境内にある狭井神社には薬井戸があり、霊験あらたかな神水が今もなお湧き出ています。清らかな水の恵み、聖なる山から吹く清らかな風の恵みから三輪そうめんは生まれました。手延べの製法も播州、小豆島、島原へと伝わり、日本を代表する伝統食となりました。喉越しなめらかでコシが強く、冬場は温かくしてにうめん(煮麵)で。トッピングは焼海苔。
晴れの日の小鉤のきつき余寒かな 斎藤 摂子
〈晴れの日〉ですので結婚式でしょうか。長襦袢を着る前に足袋を履きます。五枚小鉤の足袋はぴったりと足首も隠してすっきりとしました。が、長時間になりますと鼻緒が痛くなり大役を終えて帰宅しました。一刻も早く足袋を脱ぎたい心境ですがなかなか外れてくれません。晴れの日の疲れを小鉤に託して、着物を着る人には共感を、着ない人にもなるほどと思わせてくれます。
ぬるま湯で猫の目を拭く浅き春 北田 啓子
啓子さんの俳句の句材でしばしば登場する猫。ぬるま湯と〈浅き春〉が呼応します。最初に頂いたのが二年前で〈冬の朝猫の目薬手に包む〉、今回の同時発表句に〈保護猫のマリーとジョニー初蝶来〉があります。めちゃちゃの保護猫もハイカラな名前を付けてもらって大きな瞳で作者を見つめます。「氏より育ち」のことわざは猫でもしかり。窓辺を定位置に優雅な猫に成長します。