青葉集前々月号鑑賞         角野 京子

 

虫時雨テレビのせりふ聞きもらす     水谷 道子

闇に目を据ゑて虫の音聞き分けぬ     同

音高き鈴虫殊に冴えわたる        同

戸を繰れば静寂となりぬ秋の宵      同

 吉野にお住まいの作者。夕飯の片付けも済み、テレビを見ていると、台詞を消すほどの虫の声に、庭に目を向けました。どんな虫がいるのだろうと闇に目を据えて耳を集中。虫のコーラスの中に、リィーン、リィーンと鈴のような声を聞き分けました。求婚相手を求め鳴く鈴虫の声は人の心にも響きます。虫時雨を惜しみつつ雨戸を閉めました。

八千草を衣のごとく鏡塚         松浦 陽子

 〈鏡塚〉は近鉄信貴線の服部川駅で電車を降りて、坂を登って数分の所にあります。八尾市山畑地区にある六世紀ごろの高安古墳群のひとつであり、いつしか俊徳丸の伝説と結びつきました。俊徳丸が高安から四天王寺へ通ったといわれる道筋が、今に残る俊徳道だといわれています。墳丘に咲き乱れている秋草を、〈八千草を衣のごとく〉と詠んで能「弱法師」に思いを馳せています。謡曲、人形浄瑠璃、歌舞伎などありますが結末は様々です。

美人湯のくつきり照れる月の下      関口 ふじ

 温泉の効果は、大きく三つに分けると、温熱作用による血行促進・疲労回復、水圧・浮力によるリラックス、泉質の成分による薬理効果です。湯に浸かるとお肌もつるつるになるという〈美人湯〉。露天風呂に入ろうとして、その情景に見とれました。くっきりした満月にくっきり照らされる湯船。湯面に映ったまん丸い月を掬いながらのひとときは至福の極みです。温泉が恋しくなる一句です。

飼育箱狭しと羽化の揚羽蝶        山内 英子

 先月号で〈子の部屋の窓に望める新樹かな 英子〉を鑑賞しました。総会でご本人に尋ねましたところ、三人の男の子のお母さんです。揚羽蝶の卵は幼虫の青虫になり脱皮を繰り返し、蛹になって二週間ほどで背中が割れていよいよ羽化が始まりました。その過程を子ども達と共に感動しながら観察しています。飼育箱の扉を開け放つと、美しい揚羽蝶となって飛立ってゆきました。

犬の子もお下がりもらふ地蔵盆      宇野 晴美

 地蔵盆は、町内や地域の地蔵尊のまつりです。毎年八月二三、二四日を中心に行われ夏の終りを感じさせます。地蔵尊のよだれかけを新調し、花やお菓子を供えて子ども達の健やかな成長を願います。テントを張って、お坊さんに読経をお願いするところもあります。それが済みますとお下がりのお菓子が配られます。子犬を抱いた子は、子犬の分まで貰って恥ずかしそうに大喜びです。

頂きし鉢植ゑに鳴くちちろかな      斎藤 摂子

 〈ちちろ〉は蟋蟀(こおろぎ)のことで、一番身近な虫の声です。残暑厳しい中で、涼やかな虫の音に、いったいどこで鳴いているのだろうと耳をすませると、戴き物の鉢植えから聞こえ、びっくりしました。ちちろも気に入った様に読者もほっこりします。綴(つづ)れ刺せ蟋蟀は畑や人家で夜間にリッリッリーと鳴き、大型の閻魔(えんま)蟋蟀は昼夜を問わずコロコロリーンと鳴きます。

おやつにと母の握りし今年米       浅川 悦子

 羊羹やあんパンなどの甘い物が特別だった昭和の頃、おやつといえば蒸したさつまいもや、庭の柿でした。学校からお腹を空かして帰ってくると、卓袱台におにぎりが布巾を掛けて置いてありました。それも新米です。おにぎり文化は健在で、コンビニには色んな種類が並んでいますが、あの塩味の効いた母のおにぎりは格別で、どこにも売っていません。母の味をしっかり受け継ぐ作者です。

澄む水のかすかに見ゆる茅の池      大澤 朝子

 茅は野原や土手などに生えているイネ科の多年草でよく見かけます。昔は茅葺き屋根に使用され、集落の傍には茅場がありました。多年生ですので溜池などの水を抜くと芽を出し、水深の浅いところに生い茂ります。よく見ると小さな魚も泳いでいますし、それを狙って白鷺が飛んできたり、青鷺も佇んでいます。隙間に青空が映り、その水の澄んでいることに気づきました。

彼岸花小川の左岸右岸にも       コダマヒデキ

 宇治川など大きな川に立った時、どちらが左岸でどちらが右岸であろうかと思いますね。下流を向いて右側が「右岸」、左側が「左岸」と判断します。掲句の場合は田んぼの中の小川か山間部の川ですね。両岸の土手に彼岸花が帯をなしています。ポスターになりそうですね。彼岸花の造化の妙はとても言葉で尽くせませんが、目に入った光景を若者らしく表現しました。

ふる里の駅の寂れや虫時雨        五味 和代

 地方では、無人駅や廃線となったり、人出不足で駅舎の維持が難しくなりました。里帰りした時に、駅の傍のたばこ屋も写真館もなくなっていることに気づきました。虫の声も心なしか寂しく聞こえます。作者はその駅から電車通学していたのかも知れません。駅舎を資料館や憩いの場所として活用し、花壇を作っているところもあります。ふる里はいつまでも、元気な町であってほしいですね。

墨堂に暫し置く筆涼新た         髙松美智子

 〈墨堂〉という言葉を初めて知りました。墨を磨るところですね。磨り立ての墨の香りと、〈涼新た〉に背筋を伸ばして写経に向かう姿が浮かびます。書道や水墨画では、墨を磨る作業を陸地での営みに、溜まった墨汁を広大な海に見立てて、硯の平らな部分を「陸(おか)」と言い、墨汁を溜める部分を「海(うみ)」と呼びます。
〈初日さす硯の海に波もなし  正岡子規〉