かき分けて押し返さるる酉の市 松山美眞子
酉の市は、十一月の酉の日(十二支)を祭日に、浅草の酉の寺(鷲在寺長國寺)が有名です。開運招福・商売繁盛を願う祭で、参道は参拝者や熊手を売る人、求める人で賑わいます。その実体験をとてもリアルに上手く表現されました。二月に、けやき句会の皆さんと浅草寺界隈を吟行することになり、高野清風さんからは「京子さん 東京浅草吟行ご苦労さん、良い吟行句お待ちしてます。清風」のメールを頂いておりました。帰阪の二日後に、清風さんが逝去されました。美眞子さんと清風さんは、姉弟で、ともにすらりと素敵で俳句にも造詣が深く尊敬しておりました。
秋晴の歯医者の窓を列車過ぐ 林 雅彦
歯を削るキーンという音が怖いですね。診察台では患者はまな板の鯉状態です。私の場合も、観念して一句でも詠もうかと窓の外を眺めるのですが、窓の外は道路の斜面で、ひこばえが出ないように黒いシートで覆われた切株らしきものが見えます。掲句の場合は、景色に動きがあり、丁度列車が通り過ぎました。〈秋晴の歯医者〉で窓の外を眺めている内に、苦手な歯の治療が無事終わりました。
女子会は皆独り身に冬の暮 小見 千穂
女子会は外出しやすいランチが多いですね。久しぶりに女子会に出席してみると、なんと〈皆独り身〉でした。介護の大変さや今までの苦労話、目下の趣味や孫のこと、旅の話など話は尽きず、夕方になってしまいました。平均寿命の男女差は約六年ですので、夫が他界してからの妻の人生は長いですね。女子会で、情報交換と元気を貰って、寂しくも身軽な〈独り身〉を元気に過ごしましょう。
冬うらら後ろ釦に手の届き 青木 豊江
若い時は後ろ釦のワンピースやブラウスを着ておしゃれを楽しんでいましたが、今では脱ぎ着しやすい洋服を選ぶようになりました。ネックレスの着脱もままなりません。五十肩になると痛くて、腕を直角以上に上げられなくなるそうです。そこで慌てて、治療に体操、ストレッチと頑張りました。日にち薬が効を奏し、〈後ろ釦〉もはめられるようになって、鼻歌のような楽しい句が生まれました。
一人住む友の軒端の吊し柿 伊藤 葉
夫に先立たれた友を元気かと訪ねたら、〈軒端の吊し柿〉が目に飛び込んで来ました。例年通りに、庭の渋柿を剝いて紐に吊るしてありました。この丹精を込めた吊し柿を楽しみに待っている人もいるでしょう。「雲の峰」の酒井多加子さんも吊し柿作りの達人です。お住まいの空気や日光の恵みにさらに創意工夫を重ね、どこにも無い凝縮した濃厚な味です。このような生活が長寿に繋がるのだと思います。
旅の夜の一献に酔ひ月に酔ふ 宇野 晴美
一献を辞書で引きますと①一杯の酒、②室町時代以降の礼法で酒を三杯すすめること、とあります。JRが国鉄であった頃、中高年夫婦を対象としたフルムーンの旅を思い出しました。食後の片付けからも解放され、美味しい料理に美味しいお酒と満月。このような佳句も詠めて至福の〈旅の夜〉ですね。私事ですが、満腹で酔って月も眺めず。眠らないようにするには腹八分が肝心です。
冬隣スーパームーンに影踏みす 佐々木一夫
〈影踏み〉は道具のいらない懐かしい遊びです。太陽や月によって出来る子の影を鬼役の子が踏み、踏まれたら鬼を交代します。踏まれないように物陰に入ったり、しゃがんだりしました。掲句はスーパームーンですので普通の満月より大きく明るく、影もくっきり見え、童心に戻りました。自分の影を踏もうとしても影は逃げて踏めませんので、どなたと影踏みをしたのでしょうか。
秋の日や阿弥陀籤引く喜寿仲間 髙木 哲也
喜寿は還暦、古希に続く長寿の御祝で七十七歳です。同じ年の仲間ですので同窓会ですね。景品を引くための阿弥陀籤は、引く人が横棒を一本足せば公平で「当り」を隠さなくても、籤引きの線を辿っていく過程が余興になります。敬老の日や重陽の節句は九月の行事ですので〈秋の日や〉がうなずけます。髙木さんは中高一貫の男子校ご出身ですので、歓声を上げているのは後期高齢者の男性達。
飛来せし大鷲湖北旋回す 竹村とく子
今シーズンも湖北の大鷲「山本山のおばあちゃん」が飛来してくれて感激ですね。国内最高齢級の野生個体として、二十九季連続で琵琶湖の魚を捕って過ごしています。昨年、のぢぎく吟行で、木の上に止まっている大鷲の姿を望遠鏡で見ただけですっかり虜になりました。大きな翼を広げ旋回している大鷲の勇姿は湖北の風物詩になっています。鷲の目からは湖北は豊潤な我が故郷なのでしょう。
猫は伸び夫はあくび小六月 三原 満江
小春日和で猫は眠りから覚め、やおら前足を伸ばしてストレッチしています。飼猫は餌を取る必要も無く、去勢されているので種の保存の戦いもなく、寝てばかりでも自己嫌悪に陥ることもありません。温かい冬の日差しを気持よさそうに享受しています。そのような猫と並列して〈夫はあくび〉。寒さを迎える前のほっとした天恵のひとときです。〈玉の如き小春日和を授かりし 松本たかし〉
楽才を愛でて目つむるちちろの夜 星私 虎亮
蟋蟀の澄んだ声は楽器では出せません。ひとり鳴きの声、雄同士の威嚇の声、雌への求愛の声、鳴き方も異なるようですが、どの音色も私達には、とても心地よく響きます。そして、まるでソロで楽曲を奏でてくれるようで、目をつむって聞き入りました。同時発表の〈蘭の香や芝生をいつの間にか踏み〉は養生中の芝生を踏んでしまってすみませんといった星私君の優しさが表れています。