青葉集前々月号鑑賞         角野 京子

 

ずる休みして頼りなき夏蒲団       渡部 芋丸

 学校でテストがあるのでしょうか。勉強不足で自信がありません。天変地異でも起こりはしないかと不謹慎な期待をしつつも登校時刻になりました。体調が悪いと母親をだましおおせても、落ち着かない居心地の悪さが〈頼りなき夏蒲団〉に表され、あっという間に夕方となりました。といった場面を想像しました。今にして思えば小、中、高とよく通ったものです。寝坊をしても誰にも咎められない老年になりますと、つい自分を甘やかしがちになります。自分の「ずる」を内省して、もうしないでおこうと思う人も多いでしょう。勤勉さを忘れずにいたいと思いました。

ながむしの通せん坊に回れ右       浅川 悦子

 〈ながむし〉は蛇のこと。きゃぁ!と悲鳴を上げる人もいますが、作者は余裕です。かなりの大物でその動きは緩慢ながら、ずるずると音が聞こえてきました。〈通せん坊〉の擬人化が、蛇の存在を認めています。驚かさないように、畏敬の念を込めて〈回れ右〉とユーモアで応えています。蛇の姿が脳裏に焼き付きました。
〈くちなはを見し瞬間の驚きは  高濱 年尾〉  

磯蟹も韋駄天走り波が寄す        木原 圭子

 堤防やテトラポッド、磯などで海釣りをしていると、磯蟹を見かけます。磯遊びでは子どもたちも捕まえるのに夢中です。蟹の足は十本で二本は大きく、ものを捕まえ、残りの左右の四本ずつの足で横に移動。「蟹の横這い」は効率の悪い進み方のたとえですが、この蟹は突如爪先をたてて横に猛ダッシュしました。それを韋駄天走りと表現。〈波が寄す〉の収め方で情景が広がります。

初蟬や大雨警報解除の報         阿山 順子

 梅雨明けと気象庁が発表しても今年は蟬が一向に鳴きませんでした。そのことに異常気象を察知した人も多いと思います。梅雨らしい雨も降らず、蟬も鳴かず、雨が降る時は、警報級の大雨と動植物が生きづらい地球となりました。そしてやっと蟬が鳴きました。蟬が羽化できないまま土の中から出て来られないのではと心配しておりましたが、蟬の声を聞きとめ、警報解除に安堵した作者です。

一族の墓地の広さや土佐水木       髙橋美智子

 昔は土葬でしたので、一人ずつに墓石が立てられ、墓地の広さはその家の歴史を表していました。本家と分家は墓も隣り合って、代々続いた家ならばその墓地も広く、子どもの墓らしいのも。眺めの良い場所にあり、村や海が見渡せ、掃除が行き届いた墓地には土佐水木が満開です。年々年を取りますので、いつまで墓地を守れるかなど終活の問題として身近に考えさせられました。

梅雨曇今日の予定の富士見えず      土屋 順子

 旅行の行程表では、富士の裾野に宿泊して富士五湖巡りで湖に映った逆さ富士を堪能、あるいは富士山を見ながら伊豆や熱海の温泉に入ることになっていたのかも知れません。天気予報通り、梅雨曇で予定の富士は見えません。のぢぎく吟行で利尻・礼文島に行きましたが、礼文島から見えるはずの利尻富士は全く見えませんでした。存在すらつかめず、「海霧深し」の句が沢山生まれました。

梅を漬く約束事を守るごと        中田美智子

 婚家の味の梅を漬けて、今では美智子さんの梅で通っています。梅干は食生活の基本とされ、疲労回復、食欲増進のために食卓には色の良い梅干が必須でした。ところが食生活も変化し、おかずの数も増えて、梅干の出番が少なくなりました。市販のものは塩分控えめですが、おにぎりやお茶漬さらさらには、手作りの梅干に限ります。同時発表句に〈梅干を漬けて安堵の一日かな〉。

出勤の日傘の中に父と嬰         人見 洋子

 今は夫婦共働きが多く、育メンパパは息子さんでしょうか。朝早く起きて食事、着替えと出かけるまでが戦場です。保育所に子を預けるのはパパの役目なのですね。朝から太陽がじりじり照りつけますので、嬰に帽子をかぶせ、さらに日傘をさして一体化した〈父と嬰〉。子育て世代のたくましさが描かれ、行ってらっしゃいと声を掛けたくなります。今年の夏は男の日傘が話題になりました。

亀の子が通り過ぐるを待つ車       宮田かず子

 テレビでは軽鴨の母子の引越し風景がニュースになります。爬虫類の場合、親が子の面倒を見るというのはありません。畦や畑などに産みつけられた亀の卵は日光に温められて孵化し、ぞろぞろと穴から這い出して水のある場所に移動します。掲句の亀の子は道路を渡っています。車の存在は知らないと思いますが、本能的に危険を察知しているようです。亀に気づいた車に感謝です。

這ふ守宮挟まぬやうに雨戸閉づ      松本 葉子

 守宮は夜行性です。夕方になり、守宮も虫を捕食するために行動を開始。雨戸を閉じようとしていたら、守宮を発見。松本家に居着いている馴染の守宮かも知れません。守宮を〈挟まぬやうに〉、驚かせないように注意を払いながら守宮の行動を観察しています。時系列に表現するために動詞が三つになりましたが、主語と述語の関係にパズルのような面白さがあります。

時の日の腕より長きフランスパン     関口 ふじ

 時の記念日は六月十日、天智天皇が初めて漏刻(水時計)を設置したことを記念して定められました。時間を無駄にせず、時間に追われず、時間の大切さを認識し、生活を見つめ直す日とされています。母の日、父の日、みどりの日と季語を当てはめればまた、違った鑑賞になりますね。時の日としてセンスがさらりと光り、季語の働きが実感できる句です。席題で即吟されたのでしょうか。