木槿咲く籬の上に二上山 田中せつ子
大阪と奈良の境にあり、大阪側からは男岳と女岳の間に朝日がのぼり、奈良側からは夕日が沈み信仰の山になっています。山頂には天武天皇の子で謀反の疑いをかけられ自害させられた大津皇子の陵があり、一日花の木槿に思いを馳せる作者です。二上山は千数百万年前に噴火を繰り返しその凝灰岩は加工しやすく、藤ノ木古墳、高松塚古墳、キトラ古墳、今城塚古墳などの石棺や石室の材料となっています。古墳時代の王を葬るにふさわしい石を切り出した山として、自然と手を合わせたくなりますね。
追ひ付けぬものに句歴差夏終る 越智 勝利
作者が所属しているのは新居浜如月句会です。句会案内によりますと幹事が深川隆正さんで指導は長岡静子さんです。緊張感のある句会をされているのですね。会で唸るような俳句が発表されました。作者名が分かり思わず、なるほど…さすが…と敬意を新たにしています。〈夏終る〉が絶妙で、句歴を重ね自分もそうありたいとしみじみと思う作者です。同月号より〈泉に映ゆ八頭身にはほど遠し 静子〉〈鬼灯は未完の楽器鳴りもせず 隆正〉
墓洗ふ介護の日々も懐かしく 松山美眞子
〈墓洗ふ〉は墓参の傍題で、墓参は季節に関係なく行いますので、盆に供養することに限り、歳時記の季語となっています。その時は我を忘れて介護をして、その月日も遠い過去となりました。闘病生活の中で交わした些細な会話なども懐かしく、語りかけるように墓を洗っています。そして十三日に迎えた精霊は晩年の姿ではなく、一番幸せだった頃の元気な姿で帰って来ました。
ミャクミャクも見慣れていとし秋の島 長浜 保夫
大阪万博の公式キャラクター「ミャクミャク」は目が六つあり、スヌーピーやキティちゃんのような可愛らしさはありませんが、性格は人懐っこく、誰とでもすぐに仲良くなれることが特技だとか。自在に形を変えられるので色んなグッズが作られ、閉会後も大人気だそうです。会場の夢洲はごみの埋立て地の人工島ですが、〈秋の島〉がいいですね。日本国の古称大八洲に一島加わりました。
もがきゐるかなぶんに指差し出しぬ 光本 弥観
〈かなぶん〉は、金属光沢があり黄金虫とも呼ばれますが幼虫は地中で草木の根を食べ、成虫は葉や果実を食べる害虫です。夏の夜に窓を開けていると、明かりに飛び込んで来ます。外に出ようと窓に体当りして失敗ばかり。亀の様に転んで起き上がれず、仰向けにもがいている金亀虫(こがねむし)にそっと指を差し伸べ、抓んで逃がしてやりました。〈金亀虫擲(なげう)つ闇の深さかな 虚子〉
一斉に日傘をとづる停留所 青木 豊江
停留所は見通しが良いように街路樹が切ってあり、屋根やベンチのない停留所も多くあります。朝からかんかん照りでバスに遅れないように出かけました。帽子では日差しを遮ることができず、みんな日傘を差して、無言でバスの来る方を見ています。バスが揺らいでくるのが見えましたが、信号は赤。それを越えるのを見届けて、停車数秒前にやっと一斉に日傘が閉じられました。
子の部屋の窓に望める新樹かな 山内 英子
大学生となり、下宿生活で家を離れたため、空っぽの子の部屋を思い浮かべました。窓を開け放ち部屋の掃除を済ませ、親としては一抹の寂しさを感じています。受験勉強の子に夜食を作ったり、クラブ活動の朝練にお弁当を持たせたりと一家を挙げて応援しました。〈新樹かな〉として子の明るい未来を願う作者です。筆者の母もこのような思いで子離れをしたのだろうかと思いました。
干し網に鱗が光る残暑かな 乾 厚子
今年の立秋は八月七日でした。気温が下がり始めるとされる処暑(八月二三日頃)の前日までが「立秋の候」で、その間の暑さが残暑ですが、今年は連日、命の危険が叫ばれる猛暑日でした。掲句は早朝の漁村を散歩して、干し網に干からびる鱗を見つけ、今日も厳しい暑さになることを予想しています。さりながら、秋の気配もあり、トワ・エ・モアの「誰もいない海」を思い出しました。
母者との昔話に緋のカンナ 植田 耕士
作者のお母さんは九十三歳で画家です。以前、〈和清の天母の絵筆が動き出す〉を取り上げた時、画像で作品を見せていただきました。花や静物や外国の町並などの中に自画像があり、その凜とした姿が掲句の〈緋のカンナ〉とぴったりだと思いました。〈母者〉に母に対するいとしさと尊敬の念がこもっています。むしかり句会でご一緒したおっとりとしてお優しい作者を産み育てた方です。
蟬の声赤子指先まで眠る 越智千代子
生まれたばかりの赤ちゃんは、寝る・ミルクを飲む・おしっこやうんちをするといったサイクルを繰り返し、次第に、昼夜の区別がつき、生活リズムが付いてきます。掲句はお盆の帰省でしょうか。皆の注目を浴びています。蟬の声を子守歌に、握っていた指がほわっとほぐれ、寝息を立てて大の字に眠り入りました。目元がどことなく亡くなった祖父母に似ています。
はんざきや土産物屋の裏の淵 小薮 艶子
山椒魚は半分に裂いても死なないので〈はんざき〉とも呼ばれます。赤目四十八滝の入口の水族館には大山椒魚が展示されています。掲句はどこで詠まれたのでしょうか。大山椒魚は世界最大級の両生類で特別天然記念物に指定されています。清流と大山椒魚が自慢の観光地ですので、土産物屋にはその名を冠したグッズもありますが、それよりも淵を覗いて大山椒魚の姿を探す作者です。