若葉集選後所感           朝妻 力

 

人混みの一塊となりえんぶり来      星私 虎亮

 青葉集選後所感の渡部さんの選評にも書きましたが、えんぶりは小正月、現在では二月十七日から二十日までの四日間、八戸市一円を中心とする青森県南部地方各地で広く行われる豊年予祝芸能の一種。先端に鳴子板や金輪をつけた「ジャンギ」と呼ばれる棒を持ち、歌や囃しに合わせて街を練り歩きます。八戸にお住まいの作者。〈人混みの一塊〉が見事な把握です。

余生てふ宝たまはり春迎ふ        大澤 朝子

 余生は残りの人生。多くの人にとって子育てを終え、生業としていた仕事からも解放され……というあたりでしょうか。そんな余生を〈宝たまはり〉と把握したのが感性の凄さ。勝ち取ったのではなく周囲から賜ったという感覚。とても共感できる感覚です。

房総の崖大仏に春の風          関根由美子

 房総ですので、鋸山日本寺の大仏でありましょう。分類すれば磨崖仏になるのでしょうが、一塊の巨大な岩に彫られた大仏さん。歩いても歩いても歩ききれない広大さというのが四十年ほど前の印象でした。

人恋ふる想ひ重たき春の宵        小谷  愛

 おそらく亡きご主人を思っているのでありましょう。季語が春の宵であるだけに、〈想ひ重たき〉が切実にも感じますし、妖艶ともうけとれます。

誕辰の子にケーキ選る春隣        山﨑 尚子

 誕辰は誕生日。子はお孫さんでありましょう。色とか形とかデコレーションとか、お祝のメッセージとか……。選ぶこと自体も楽しいものですね。春も間近な一景でした。

豪快に雨滴溜めたる枝垂梅        佐々木慶子

 雨上がりの一景。豪快にとありますので枝垂梅はまさに満開なのでありましょう。枝垂梅は下向きに咲きますので花片の裏側や枝々にたっぷりと雨滴。日差しに煌めいていると思うだけでもときめきを感じます。

七種を漢字で書けと言はれても      布谷 仁美

 セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ……。必死に覚えた効あって、なんとか七つを言えるのですが、それを漢字でと言われるとぐっとくるものです。せいぜい芹と仏の座くらいでしょうか。意表を突かれる場面です。

山襞のほのと色めく春の雨        行竹 公子

 芽吹き前の薄紅色、芽吹きかけた薄緑色……。春雨の時期、〈ほのと色めく〉が実感ですね。

春の風邪一と日神学復習ひけり      進藤  正

 投句を拝見しているとまちがいなくクリスチャンである作者。〈神学復習ひけり〉とありますので、大切な役職を担っているのかとも思います。春の風邪で動けない一日を学習に費やす。すばらしいことですね。

天頂に青白き星冴返る          渡邊 房子

 二月の星空でありましょう。午後八時すぎであれば天頂近くにシリウス。太陽を除いて全天で最も明るい星です。冬の大三角形の一星としても知られます。

佇めば銀砂子めく雪解川         中野 尚志

 銀砂子は銀箔を細かい粉にしたもので日本画や蒔絵などにほどこされます。濁って汚い印象の雪解川でも見方を変えると色々に見えますね。

梅が香や堂に祈願の絵馬百騎       壷井  貞

 神に祈願をする際には馬(神馬)が奉納されました。その名残が現代の絵馬。駒形の板などに馬が描かれたり、馬の形の絵馬も存在します。掲句はどちらの絵馬でしょう。〈百騎〉と断定して力強さを出しました。

三代の芸を舞台に能始          長尾眞知子

 シテ方五流という語があるように演能の世界は世襲制を基本としています。掲句、三代の能楽師が同じ舞台にたったのでありましょう。三代と言えば、祖父・父・孫……。めでたし!ですね。

北国の玄関フードに松飾         日澤 信行

 フードは風覆い。北海道では、雪の多い地方、北風の強い地方で玄関を風除け室で覆うお宅も少なくありません。これが玄関フード。玄関を覆っているので松飾もいきおいフードにということになるのでしょうね。

雛の日や男の子の客の靴三つ       扇谷 竹美

 お孫さんの雛祭でしょうね。玄関に男の子の靴が三つ。賑やかな楽しい一時であったことでしょう。

春風に兄の飛行機宙返り         上枝  桂

 兄弟がそれぞれ折った紙飛行機でしょうね。お兄ちゃんの紙飛行機が宙返り。元気に遊ぶ姿が見えるようです。

窓越しの六甲山の朝霞          秋山富美子

 雨上がりでしょうか。霞の濃くかかる六甲山。まだ風は冷たいのでしょう。窓越しに本格的な春を感じる作者。

ジャズ流し遺品見つむる余寒かな     榎原 洋子

 同時発表に〈入院の夫の笑みや春寒し〉があります。実はご主人が急逝されたとのこと。ご主人の好きだったジャズを流し、遺品を見つめる作者。俳句を詠んでご主人を偲ぶのも俳句の功徳と言えましょうか。

がんじきの松葉重たし冬の雨       大前 繁雄

 がんじきは竹製の熊手。郷里ではびんびらと呼んでおりました。雨を含んだ松落葉、結構重く感じるものです。

春眠し若きナースに髭そられ       北村 忠弘

 今月初登場の作者。お便りでは体調を崩して入院しておられるようです。入院は入院として楽しんでおられるようです。〈春眠し〉に余裕を感じますね。

人日や曽孫に送る守り札         神出不二子

 曽孫さんはおいくつでしょうか。今年から幼稚園とか、小学校とかの節目なんでしょうね。ひいばあちゃんの心遣いです。

リビングは孫のステージうららけし    妹尾ひとみ

 三歳位のお孫さんでしょうか。走ったり踊ったり歌ったりお話をしたり……。思い切り遊ぶお孫さんとそれを囃すお祖母ちゃん。まさに麗かな光景です。

啄むなとある立て札や実千両       寺岡 青甫

 千両の実を狙うとなるとおそらく鵯でしょうね。〈啄むな〉と命令調で立て札があるようですが、効果のほどはいかがでしょう!

立春や財布と運を新調す         中谷 房代

 財布と運を新調する……。良いですねえ。財布は分かりますが、運はどうやって新調したのでしょう。いつかお教えください。



 以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から

幼抱き詣づる二人春日さす        溝田 又男
能面の声なき笑みの冴返る        結城 澄子
逆さ富士に迎へられたり浅き春      磯野 洋子
春一番夫の自立度高まれり        小見 千穂
日差し濃し二種の黄蓮群生地       川尻 節子
春近し瓦礫を退くるニュースにも     福島 秀行
香を運ぶ二月の風のやはらかし      村川美智子
風花や屋根の形に流れゆく        山本 創一
生と死をいくたび超ゆる春の夢      天野 秀樹
梅の香や瀬音ゆかしき高瀬川       井上 信明
二万冊の蔵書見上ぐる二月かな      井上 浩世
窓を開けしばし空見る余寒かな      宇塚 弘教
雲切れて届く合格通知かな        岡田  潤
炭熾り松風を聞く蕪村の忌        岡田 寛子
爺の頃アスパラガスは白かりし      奥本 七朗
青空に富士くつきりと紀元節       加納 聡子
節替り妻の実家へ退院す         鎌田 利弘
寒椿時期忘れずに華やぎぬ        川村 和美
餌を得たる冬の翡翠動かざる       児島 昌子
燭ゆるる秘仏拝する浅き春        高岡たま子
一雨ごとに春の近づく朝の峰       髙松眞知子
名を知らぬ小花見詰むる二月かな     竹中 敏子
大観の富士を蔵する春の城        中村 和風
立春の靄たつ空に二上山         平井 高子
公園の少女の裸像風光る         福島 紫公