若葉集選後所感           朝妻 力

 

平日は貝もまばらや潮干狩        山﨑 尚子

 一瞬エッ!と思わせてくれる作品。そうか……。浅蜊や蛤は人出に合わせて、漁協の方が事前に撒いているのですね。考えてみるといまはそんな時代です。実家から歩いて三十分ほどのところが海でした。眼前と言いましても、結構遠い佐渡を眺めながら貝をとったものです。潮の満ち干はほとんど感じない海ですのでズボンをまくり上げ、両手を海に入れて採ります。運の良いときは一升ほど。両親に褒められたことを思い出しました。

ででむしの乗る葉を残し庭手入れ     杉本 綾子

 青葉の生い茂る庭の手入れでしょうね。草をとり、剪定鋏も使って伸びた枝を切って……。ふと見ると葉の上に蝸牛。葉ごと切り取って捨てるには気の毒ということで切らずにおいたのでしょう。優しさの感じられる一句です。

夫の忌の雨しめやかに苔の花       行竹 公子

 ご主人の忌日、生前のあれこれを思いだしながら庭に出たのでありましょう。眼前に小さな苔の花……。〈しめやか〉には、ひっそり・しんみり・しとやかなどの意味がありますが「しめやかに葬儀が執り行われた……」など、亡き人を偲ぶ際に使われることの多い言葉。実感のあふれる作品になりました。

慌てずに行かふ狭庭の枇杷は黄に     髙松眞知子

 人生そのものでしょうね。肥料が効いて、太陽と雨があれば枇杷の実は自然に熟してゆく……。そんな枇杷を見て慌てずに生きて行こうと感じた作者。奥の深い感慨です。

古都行けば眉濃き車夫の汗ひかる     片上 信子

 人力車の発明は明治二年。当時は空気入りはなく総ゴム製のタイヤだったそうです。観光客を乗せて車を引く車夫、中には月収百万円を超える人もいるそう……。であるだけに、若くて健康ということなんでしょうね。

結跏趺坐にそろりと夏の風吹き来     宇塚 弘教

 僧籍をお持ちの、いわゆる尼僧であられる作者。瞑想とか座禅の場面でしょうね。夏の風と言っても暑くは無い、涼しい風が思われます。

三代のパラパラダンス昭和の日      野村よし子

 昭和の終りころにブームとなったパラパラダンス。足を前後とか左右に動かし、両手で振りを整えます。盆踊以上に取り組み易いということもあるのでしょうね。いかにも昭和の日らしい一コマです。

再びの万博へいざ風薫る         村川美智子

 昭和四五年の大阪万博。アポロ八号、月の石などが大きな話題になりました。そんな思い出を胸に万博を計画している作者。今回はどんな驚きがあったでしょうか。

五月雨や女人高野の塔光る        倉本 明佳

 聖林寺のご住職ですので、ここの女人高野は関係の深い室生寺でありましょう。今月号の伊津野さんの〈花過ぎのをみな住持の襷掛け〉の選評で「聖林寺の倉本明佳さんを……」と書きましたら、校正の段階で「ピンポ~ン。正解です」とメールがありました。

百年の転変確と昭和の日         大木雄二郎

 今年は昭和百年。世界大戦・敗戦・経済復興・成長など色々なことがありました。私たちもそんな時代の七割以上を生きてきたこととなります。世はまさに転変です。

ゴールデンウィーク寝癖付きにけり    星私 虎亮

 現役世代ならではの大連休の過ごし方。寝癖は普通には寝ている間に髪に付く癖をさしますが、ここは寝てばかりいる癖。折角の休み、ゆっくり過ごしましょう。

頰にくる五月の風に励まさる       小谷  愛

 特に理由は無いのに何となく滅入ったりすることがあるものです。そんな折に〈五月の風〉。暑くもなく寒いでもない、いわゆる東風を思わせてくれる風でしょうね。

朝明けの村を映せる植田かな       日澤 信行

 田植後二週間ほども経ちますと、自分の茎でしっかり立っているという印象になります。この当りまでがいわゆる植田。根づいてくれたかという安堵も生まれますね。

端午の日子供太鼓がお目見得す      近藤登美子

 子どもたちが中心になって打ち鳴らす太鼓。コロナ蔓延中は各地で中止となっていたのですが、去年、今年あたりから復活したようです。いかにも端午らしい一景。

青空に白き雲浮く夏初め         髙橋 保博

 白い雲はどちらかと言えば雨をともないません。青い空に白い雲、いかにも夏初めらしい一景です。

麦の秋いつから付きし怠け癖       安齋 行夫

 麦秋、農業で言えば忙しい時期ですよね。しかしまた暖かくなって動きの鈍くなる季節。怠け癖でも普通でしょうね。ゆるりとお過し下さい。

西日受け点滴バッグ光りけり       小見 千穂

 同時発表の作品からご主人の容体が急変して入院されたことが分かります。呼吸の音に一喜一憂するという事態も何とか乗り越えて退院。お大事になさって下さい。

風薫る門司に名代の叩き売り       西山 厚生

 ネットを見ますと実はバナナの叩き売りは門司が発祥の地なのだそうです。今は日本遺産となり、門司港バナナの叩き売り連合会が存在するほど。ガマの油は筑波、叩き売りは門司。啖呵売、なぜか嬉しくなりますね。

夏めくや上着をぬぎて朝歩き       平井 高子

 上着を脱いで長袖か半袖になるころ。日差しも風もとにかく心地良いものです。散歩は日課でしょうか。俳材を探しながらゆっくり歩きましょう。

茅葺きの大屋根映す植田かな       福原 正司

 〈茅葺き〉と言いますと五箇山や京都府美山のかやぶきの里が思われます。集落でなくても豪農の名残と思われる茅葺きが結構残っているものです。茅葺きに植田。初夏の日本の風景ですね。

薫風や幡翻る東大寺           森田 明男

 薫風に翻る幡。いい光景ですね。掲句はどんな幡でしょうか。あれこれ想像させてくれます。

石鎚のUFOライン春の風        山口 直人

 UFOラインは石鎚山の東北に位置する瓶ヶ森(かめがもり)を通る林道で、未確認物体(UFO)の目撃例が多いことからそう呼ばれているそうです。春風のなか、山口さんはUFOに出会えたでしょうか。

ラジオ体操の全身包む若葉風       神田しげこ

 卓球が趣味と言いますか、セミプロ級の作者。常に健康を心がけているのでしょうね。ラジオ体操を続けていらっしゃる。立派なことです。

初夏のひめゆりの塔の前に立つ      神出不二子

 三十年以上昔になりますが沖縄出張の折、朋友、喜舎場君から二日ほどの日程で戦跡を案内して貰いました。完成間もない平和の碑(いしじ)では彫られている犠牲者の数の多さに驚き、海軍司令官大田実中将が自決直前に海軍次官にあてた電文「沖縄県民斯ク戦ヘリ」碑の前では涙が止まりませんでした。従軍した看護女性のことも書かれていたと思います。この塔を訪れ、塹壕の前で手を合せたときも涙が止まりませんでした。



 ~以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から~

風いつか止みて野末の桜草        寺岡 青甫
豌豆の煮物肴に酒二合          山本 創一
境内に古本市や若葉風          井上 浩世
十重二十重影もゆたかに白牡丹      岡田 寛子
新緑や稚の寝息に風やはし        川尻 節子
黄金週間夢で宇宙へ一人旅        進藤  正
ぼうたんをしづかに崩す朝の雨      高岡たま子
青田風波打つ手取扇状地         中野 尚志
累年の筋トレ楽し春の風         野田 千惠
夏の朝血圧測り物思ふ          平本  文
世は激動天地変はらず清和なり      溝田 又男
この年もいつもの場所にカラー咲く    井上 妙子
子にもらふ絆創膏や風光る        大畑  稔
明石の月桃香る春の宵          河井 浩志
一族があれこれ話し武具飾る       木村 粂子
溝浚へ終へて穏しき流れかな       佐々木慶子