常葉・照葉集選後所感        朝妻 力

 

御田植祭一人相撲が神に負く       長岡 静子

 〈一人相撲〉、愛媛で調べてみますと今治市大三島町大山祇神社の神事。力士(一力山)が目に見えない稲の精霊と相撲をとり、その年の収穫を占うというもの。愛媛県の無形民俗文化財に指定されているそうです。皆さんの作品から、各地の風俗や歴史を知ることも選句の醍醐味ですね。

アレクサにあれこれ頼む宵の夏      中川 晴美

 アレクサは人の声を理解してあれこれ代行してくれるシステム。「アレクサ、A列車で行こう」と言えば聞いている曲を「A列車で行こう」にしてくれますし、「アレクサ、ピザ三人前」と言えば出前を頼んでくれます。「アレクサ、明日の朝七時に起こして」などと頼んでいるのでしょうか。

焦げしるき四天王像灯の涼し       浅川加代子

 東寺食堂の四天王寺像でありましょう。昭和五年の火災で黒焦げに焼けてしまいました。その後の修復で現状の維持が可能ということで国宝に再指定されました。数奇な運命の文化財を眼前にあれこれ思う。いいことですね。

春深し錆深々と七支刀          井村 啓子

 天理市石上神宮の七支刀。銘文により四世紀後半、百済で作られたことが分かります。門外不出の国宝ですが奈良国立博物館の「超 国宝ー祈りのかがやき」展に展示されました。写真などで見るのとは違い実物はリアルさが抜群。そんな中で錆が深いという一点に焦点を絞りました。

軽き身をいよいよ軽く更衣        宇利 和代

 どちらかと言えば小柄な作者。更衣でますます軽くなったと感じたのでしょうね。まさに軽やかな更衣を感じさせてくれます。

のれそれや句友を祝げる春の宴      岡田万壽美

 角野さんが瑞宝双光章を受章されました。五月のかきもり句会の帰路でのお祝の会。〈のれそれ〉は穴子の稚魚。昔は産地でしか食べられませんでしたが、冷凍・冷蔵技術の発達で伊丹でも美味しく頂けます。

赤ふんで鮒つかみ合ふ昭和の日      岡山 裕美

 同時発表の作品から作者がお住まいの八代市で行なわれる鮒取り神事の一景であることがわかります。蘇我石川宿祢がこの地を訪れた時に、若者たちが氷を割って鏡ヶ池に裸で飛び込み、鮒を手でつかまえて献上したことに由来するとか。貴重な神事を句で残すことも大事ですね。

早乙女が籠をふりふりおざや節      小山 禎子

 岡山さん同様八代市に伝わる五穀豊穣を願う田植歌。おざやは大鞘の転で干拓地への海水の逆流を防ぐ目的の樋門をさします。干拓の雰囲気の濃い歌と踊りです。

薫風やのつてこバスが街をゆく      角野 京子

 〈のってこバス〉は大阪府太子町のコミュニティバス。町起しと言いますか、バスの名前でも工夫していますね。

女子高生のポニーテールや藤匂ふ     川口 恭子

 藤房の揺れ様を見て咄嗟に〈ポニーテール〉を感じた作者。実際に近くを女高生が歩いていたのでしょうね。

花房の重さに揺れてゐる牡丹       窪田 季男

 牡丹の様子を見たまま、素直に描写しました。確かに重く感じます。

緑さす秀頼公の胞衣塚社         小林伊久子

 秀頼公の胞衣塚ですから大阪城の南に位置する玉造稲荷神社でありましょう。作者も積極的に各地を歩いています。

針をもつ静かなる日や初夏の風      志々見久美

 布や糸が丈夫になったのか裁縫技術が向上したのか、最近は中々針をもつ機会がありません。初夏の静かな一景。

たまりやすき老軀の疲れ春深し      武田 風雲

 風雲さんより四歳下の朝妻ですが、この場面良く分かります。たまりやすくて抜けないのです。まさに春深し。

プーチンを叱咤するかに梅雨の雷     田中 愛子

 ご本人にもあれこれ言い分があるのでしょうが、戦は良くないです。世界のリーダーの皆様、宜しくお願いします。

秀吉の腰掛石や揚羽過ぐ         谷野由紀子

 秀吉の腰掛石。この句の楽しいのが〈揚羽〉。 実は織田信長の紋は揚羽なのです。「秀吉め、こんな所で休んでいるな」と信長が過ぎて行ったとか行かなかったとか……。

咲き初むる百合を真中に今朝の拝     船木小夜美

 拝(はい)は神仏を拝むことなどの意味がありますが、多くは参拝・拝観など熟語で使われます。掲句のような使い方には初めて接しました。〈今朝の拝〉が抜群です。

耀うて落花舞ひゐるみ空かな       松井 春雄

花吹雪受け師の句碑の開かれぬ      三代川次郎

 桜吹雪の作品二句。松井さんは桜を主に三代川さんは添える情景として詠まれました。四月二十日の天好園、たぶん一生に一度しか見ることの出来ないような桜吹雪でした。誰かが言った「ヤラせのようだ」がまさにぴたりでした。

蜘蛛の囲や大丈夫など無き暮し      三澤 福泉

 主観俳句でも一向に構わないですが、基本は読者の心に訴える力があるかどうか……。掲句は、〈大丈夫など無き暮し〉という感慨が凄い。一生懸命頑張ったのに、人や風に容易く破れてしまう蜘蛛の巣との配合が見事です。

ドイツ語で復習ふ第九や風薫る      横田  恵

 交響曲第九番。年末の定番となったのは昭和二二年、N響が十二月に演奏したのが嚆矢と言われますが、日本で初めて演奏されたのは大正七年、鳴門市にあったドイツ兵の俘虜収容所であったと言います。合唱、ドイツ語なのですね。この時期からの練習。成果が期待されます。

帰り来て牡丹疲れの夕支度        渡邉眞知子

 花疲は季語にありますが、牡丹疲れは初めて。牡丹園を巡ってきたのでしょう。心地好い疲れが残ります。

花過ぎのをみな住持の襷掛け       伊津野 均

 ついつい聖林寺の倉本明佳さんを思ってしまいます。桜の頃の妙に弾んだ気持も落ち着いて……。

田水張るいよよ地球は水の星       伊藤たいら

 考えてみるとまさにその通りですね。岩石・大気・水……。みなみな命の根源です。

牛蛙鳴きて宮趾の闇深む         今村美智子

 低くどこか威圧感のある鳴き声。音であるだけに闇の深さを感じさせてくれます。




 ~以下、当月抄候補作品から~

鮒取り神事に大いに沸ける暮春かな    原  茂美
心地よき心許なき夏蒲団         藤田 壽穂
春愁や憤怒あらはに不動尊        吉村 征子
大寺の悟りの堂や風薫る         酒井多加子
蓁蓁と若葉勢ふ樟大樹          杉浦 正夫
菜園に子の声大き清和かな        高野 清風
初面の舞粛粛と春灯           大塚 章子
葉桜の夜をからうじて笑み別る      河原 まき
詐欺らしき電話聞きゐる春の昼      木村てる代
害獣の罠を仕掛くる夏の嶺        櫻井眞砂子
島に住みいまだ旅人鳥帰る        島津 康弘
髪に挿す鈴の音軽く風青し        住田うしほ
流鏑馬の皆中遂げしをみな射手      田中 幸子
昭和の日白黒テレビありしこと      田中よりこ
能笛に爆づる篝や夜の新樹        冨安トシ子
青深き蔵王権現山桜           中谷恵美子
十薬やだるま神籤の並める寺       中村ちづる
能楽堂に居合の剣舞風光る        原田千寿子
羽音鋭く鴉縺るる薄暑かな        播广 義春
初夏の彼方に見ゆるおろち号       春名あけみ
筍やおほかた猿にやられしと       深川 隆正
地に苺並べ媼の小商ひ          福長 まり
子らの子に男の子は居らず柏餅      堀いちろう
初夏や百寿の著書に背を押さる      宮永 順子
直会を寿ぐやうに花の滝         吉井 陽子
緑さす鐘撞堂の拳鼻           吉沢ふう子
丸く切る紙の挿し蓋眼張煮る       板倉 年江
アナログの頃しみじみと柏餅       伊藤 月江
物干しに白のあふるる立夏かな      上西美枝子