常葉・照葉集選後所感        朝妻 力

 

健気にも今朝一輪の牽牛花        藤田 壽穂

 今年は異常気象だった夏。連日の高温に植物も昆虫も平年とは違った動きを見せました。掲句の朝顔もそうだったのでしょうか。平年よりも遅く、それも一輪だけ。健気とも見えたのが小さな驚きと感動です。膝の治療のために二ヶ月間投句をお休みした作者。術後の経過は頗る順調とのこと。無理をされぬようこれからもご活躍下さい。

天高し褻にも晴にも伏見酒        浅川加代子

 褻の日、晴の日という語がありますが、晴の日は正月やお盆、冠婚葬祭といった非日常の特別な日。褻の日はそれ以外の日常の普通の日。〈褻にも晴にも〉ということですので、毎日ということでしょうね。健康な証拠です。

枝豆や阪神勝てばつつがなし       井村 啓子

 恙なし、よく恙虫病との関連が指摘されますが恙虫が病気を引き起こす原因であることが分かったのは近年のこと。聖徳太子の時代から恙は虫とは関係なく、病気の意味で使われてきました。たぶんご主人が阪神ファンなのでしょうね。今年は特別に恙なく過ごしておられる井村家。

夕端居左派の闘士も好好爺        小澤  巖

 作者自身でありましょうか。それともご友人か……。政治や社会に対する考え方など年齢を重ねるとかなりの確率で柔らかくなるようです。

渓流の主かとぐずの面がまへ       杉浦 正夫

 ぐずは川に棲む鰍。鯊の親分のようにも見えます。近江商人発祥の地、五個荘の川で見たことを思い出しました。

煎餅手に子らが寄りくる鹿子だまり    中川 晴美

 奈良公園一帯。夕方になると鹿が集まり団欒のように過ごす場所が鹿だまりです。子鹿たちは親たちに少し離れて群れを作ります。普通であれば鹿たちが煎餅に向かうのですが、これは逆の光景。小さな発見です。

文机に玻璃の文鎮秋涼し         原  茂美

 記念品として貰った硝子の文鎮でしょうね。球形の表面に団体名などが彫られています。まさに〈秋涼し〉ですね。

初月夜和服姿の嫁と孫          岡山 裕美

初月や夕風の色濃くなりぬ        渡邉眞知子

 初月・初月夜は三日月から七日月あたりという印象が強いようです。岡山さんの嫁は息子さんの連合いでありましょう。和服すがたが落ち着いて微笑ましいですね。
 渡邉さんは〈夕風の色〉と把握しました。夕方、西に傾く太陽を追っている月。日を追って満月に近づきます。

国境に霧笛の響く晩夏かな        角野 京子

 稚内吟行の一景でありましょう。樺太は元々日本の領地でありました。しかし、今は国境の北……。霧笛も複雑に聞こえたことでしょう。

遺さるる者の見上ぐる天の川       川口 恭子

 幼い子たちを遺して旅立った作者の娘さんを思っての一句。月日がたっても面影の消えることはありません。

仏前に足裏白き日焼の子         小林伊久子

 真っ黒に日焼けした子たち。しかし足の裏はさすがに真白です。帰省して仏壇に手を合わせる。いい場面ですね。

音ひとつなく整然と蟻の列        志々見久美

 当り前ですが、蟻の列は整然としています。蟻は声を発しませんので当然ながら音はありません。そんな当り前のことに着目するのが作者の感性です。

唐黍を生で囓れる山の朝         武田 風雲

 スイートコーンやホワイトコーンなどでありましょう。生食は新鮮な味と食感・栄養素・消化促進・水分補充などなど茹でるよりも利点が多いようです。

夏野行く鼎のごとく二本杖        田中 愛子

 鼎(かなえ)は三本足の鍋。ノルディックスキーのように両手にストックを持ち、それに作者自身が加わって合計三本足。とても安全に歩行できるそうです。

横断に手を添へられて秋涼し       宇利 和代

 思いもかけぬ場面でさりげなく手を添えてくれた人がいたのでしょうね。それを素直にうけた作者だけに〈秋涼し〉が実感です。

日盛の路地に二台の救急車        松井 春雄

 熱中症でしょうか。他の病気や事故かも知れません。どうしたんだろう、何があったんだろうと目を凝らす作者。

暁降ちおわら踊の町流し         三澤 福泉

 暁降ち(あかときくたち)、調べますと、明け方近くなるころとありました。季語は越中八尾の風の盆。九月一日から三日間行われます。圧巻は最終日。日付が変わって四日となりますと、これが最後ということで街がすっかり明るくなるまで歌い、踊り続けます。今年の風の盆、ネットで見たのですが知っている人は長谷川・橘さんと高橋竹童さんだけ。十年も過ぎるとメンバーも替わります。

片袖のたすきの女将新豆腐        三代川次郎

 片袖は袂が邪魔にならないように片袖をたくし上げた襷がけ。ちょっとした居酒屋でしょうか。元気のいい女将さんが思われます。

要塞に一人海見る晩夏かな        横田  恵

 戦のあった時代の要塞が残っているのでしょうね。夏の思い出にふけりながら要塞のあった昔に思いを馳せる作者。

伽羅木の純林分くる登山道        板倉 年江

 鳥取県のダイセンキャラボクでありましょう。調べますと特別天然記念物に指定されているということです。

踊る輪へ帰郷の小町楚々と入る      伊藤たいら

 八月のけやき句会に発表された〈みなが待つ小町の帰郷村祭〉の続編ですね。小町さん、どんな方でしょうか。

翔平に始まる一日夏旺ん         今村 雅史

 大谷翔平さんの活躍。朝一でネットで成績を確認しているのでしょうね。それにしても凄い選手が現れたものです。

薬味変へ昼いきいきと冷奴        今村美智子

 言われてみると冷奴そのものには味がありません。いきおい、薬味で味の変化を楽しむことになります。そんな変化で午後が生き生きしてくるのでしょうね。

新しき家族の増えて墓参         上西美枝子

 新しい家族、お孫さんでしょうか。父母や祖父母や更に昔のこと。墓参などを通して知ってゆきます。



 ~以下、当月抄候補作品から~

初秋や笛を構へて飛天舞ふ        吉村 征子
鉄砲虫の木屑あらはに楢古木       酒井多加子
慈雨今や秋の豪雨と変貌す        高野 清風
大夕焼桜三里のその向かう        長岡 静子
原爆忌高校生の絵に見入る        小山 禎子
石垣りんを読める八月十五日       香椎みつゑ
小道具をかたげて所作る暮の夏      河原 まき
鉄錆の匂ふ有馬の蛍の夜         木村てる代
まくは浮き水のしろがねあふれけり    櫻井眞砂子
石畳を下駄の音くる秋日傘        島津 康弘
天の川経由にていざホノルルへ      田中まさ惠
俳友の上梓言祝ぐ秋はじめ        田中よりこ
産土のバリアのごとき蟬時雨       谷野由紀子
ひだり手で結ぶおみくじ秋近し      中尾 謙三
御喋りのももは三歳桃香る        中谷恵美子
日本語に英語交へて秋の旅        中村ちづる
無花果を鴉が狙ふ朝ぼらけ        西岡みきを
透き通る裏見の滝のしぶき浴ぶ      原田千寿子
六甲にかかる薄雲涼新た         播广 義春
立秋の浜に黒曜石探す          春名あけみ
鬼灯は未完の楽器鳴りもせず       深川 隆正
最北の鉄路の遺構夏深し         福長 まり
街路樹ののび行く影や涼新た       冨士原康子
降りさうで降らぬ雨待つ秋の夕      堀いちろう
朝まだき夢のつづきに草雲雀       宮永 順子
酒かけて井月の墓詣でけり        吉沢ふう子
地獄絵に目連探す施餓鬼寺        伊津野 均
父の歳まであと少し墓洗ふ        うすい明笛
出港のクルーズ船へ大西日        大塚 章子
人生の枝道に入るサングラス       岡田万壽美