えんぶりの辞儀深々と舞ひおさむ 渡部 芋丸
えんぶりは小正月、現在では二月十七日から二十日までの四日間、八戸市一円を中心とする青森県南部地方各地で広く行われる豊年予祝芸能の一種。先端に鳴子板や金輪をつけた「ジャンギ」と呼ばれる棒を持ち、歌や囃しに合わせて街を練り歩きます。所々で行進をとめて舞の披露。「摺り始め」「摺り納め」等の間に子たちによる松の舞や恵比須舞が披露されます。華やかながら素朴感の漂う予祝行事。〈辞儀深々〉は観客に対する礼でありましょうか。あるいは地元の有力者から祝儀が出たのかもしれません。
免許証返納の日や梅満開 隠田恵美子
高齢の運転手による人身事故のニュースが後を絶ちません。特に後期高齢者ともなると、免許更新のときなど耳に痛いほど返納を迫られます。隠田さん、ついに決心して返納したのですね。多分、無事故無違反だったのでしょう。〈梅満開〉、見事です。
春を待つ野に小侍従の五輪塔 香椎みつゑ
小侍従は女房名ですので、多くの小侍従が存在したわけですが、一般には平安末期の歌人で「待宵の小侍従」と呼ばれた石清水八幡宮別当紀光清の娘が知られます。石清水八幡宮から川を挟んだ位置にある島本町、御所ヶ池池畔の供養塔でありましょう。一度訪ねてみたいものです。
のどけしや昔天下の台所 平橋 道子
天下の台所と言えば江戸時代の大阪。特に中之島は豪商淀屋常安によって開発されは諸藩の蔵屋敷が集中しました。中之島の薔薇園あたりでしょうか。のどかに歩く作者。
見当たらぬ運命線やうららけし 関口 ふじ
手のひらに運命線が無いという作者。手相の専門家からみるとあれこれ意見が出るのでしょうが、現実としては特段の問題もなし。うららかに過ごす作者です。
美麗社の手鏡の絵馬梅ふふむ 瀬崎こまち
下鴨神社の摂社、河合神社は玉依姫命(たまよりひめのみこと)を祀っていることから、美しくなりたいと思う願望や安産・育児・縁結びの神として知られます。手鏡の形の絵馬。女性の顔が描いてあるその絵馬に絵付け(化粧)をするとその通りに綺麗になれるとか……。
愚痴聞いて言うて八十路や日向ぼこ 木原 圭子
愚痴と言っても、そう深刻な内容では無いように思います。話題がなくなると、大したことではなくても愚痴るように話すもの。健康の証拠ですね。
貝母咲く老人の夢呼ぶごとく 井手 公子
釣鐘型で薄緑色の貝母の花。うつむいた様子と、控えめな色と形が謙虚さを思わせてくれます。掲句の〈老人の夢〉、花の様子と重なり合って、妙に説得力が出てくれました。
起伏なす若草山の末黒かな 土屋 順子
奈良のお山焼で知られる若草山。末黒という状態ですので尚更に起伏がはっきりと、見えるのでしょうね。
頰を打つ風まだ硬く春立ちぬ 中尾 光子
春は名のみの風の寒さや……。立春の頃はまだまだ冬の延長です。風はまだ硬いだけに、陽春を思う心が弾みます。
同病の歌手の急死や虎落笛 遠藤 玲
最近亡くなった歌手といえば八代亜紀さんでしょうか。八代さんは膠原病に罹患したと出ていました。遠藤さんも同じ病気なのでしょうか。〈虎落笛〉が切なく響きますが、無理をせず体調管理にお努めください。
早春の街をふらりと一万歩 青木 豊江
ふらりと出て一万歩が羨ましい作品。朝妻などは歩くつもりで出かけてもせいぜい三千歩。いよいよ春本番、元気よく歩いてください。
板前の飾り庖丁春立ちぬ 髙橋美智子
野菜などをさまざまな形に切る飾り切り。華やかさがぐんとアップしてくれます。掲句の飾り庖丁はプロ。人参のねじり梅、大根の扇など、素人でも結構楽しめます。
食細き人を気遣ふ節料理 野村 絢子
節料理ですので、ご両親かご主人か……。いずれにしても同居されているご親族でありましょう。食材や味付けなどご苦労が絶えないことと思います。朝妻も食が細くて体重が減っているのですが現状では打つ手なしです。
春めくや砂かけ祭の砂均す 松浦 陽子
砂かけ祭は奈良、廣瀬神社で行われるお田植祭。稲作に欠かせない水の豊かなることを祈念して、砂を雨に見立てて掛け合う神事です。掛け合う砂が多いほど雨に恵まれるとか……。参加者はレインコートやマスク・ゴーグルなどで完全防備して砂を掛け合います。そんな神社の祭前の一景をさりげなく詠みました。
走る筆墨吸ふ半紙風光る 松本 葉子
書を嗜んでおられるのでしょうね。作者の思い通りに走ってくれる筆、そしてしっかりと墨を吸ってくれる半紙。傑作を生んでください。
囀の良き鳥三羽アンテナに 村井 安子
鳴き声が良いとかは目にしますが、囀が良いという句は多分初見です。三羽ですので目白でありましょうか。いよいよ春爛漫です。
退院の妻の笑窪や木の根明く 山下 之久
奥様、入院しておられたのですね。加療・養生の甲斐あってみごとに退院。おめでとうございます。春、積もっていた雪が木々の根元のあたりから解け出すのが〈木の根明く〉。作者の実感ですね。
四講がつひに一講太々講 浅川 悦子
〈太々講〉は伊勢参宮を目的とした講。旅費を積み立てくじなどで交代で伊勢神宮に参詣します。お住まいの地域では昔、四つ太々講があったのについに一つになってしまった…。高齢化・過疎化・信心離れなど思わせてくれます。
散歩道に摘みて夕餉の土筆和 太田美代子
自分で摘んできたのですから食材費はゼロ。ただあく抜きや袴取りなど調理には時間がかかります。それにしても春という季節を一杯に感じさせてくれる野草ですね。
三輪車で走り回る子風光る 越智千代子
家の庭とか、公園でありましょう。自分の力で三輪車を漕いで動き回るって素晴しいですね。そんな子たちの様子を季語〈風光る〉に託しました。
夫婦岩を結ぶ注連縄風光る 柏原 康夫
伊勢二見浦の夫婦岩。重量感のある注連縄と〈風光る〉が響きあいます。あの岩、実は三波川変成帯に属する変成岩で、秩父青石・伊勢青石・紀州青石・阿波青石……と続いているその途中の伊勢青石。岩を眺めながら地球の歴史に思いを馳せるのもいいものです。
正月の数へ十二の晴れ着かな 金子 良子
数え十二歳ということは小学校五年生くらいでしょうか。正月に着物を着せてあげたのでしょう。まばゆいばかりのかわいさが思われます。
以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から