青葉集選後所感           朝妻 力

 

仁清の色絵香合秋涼し          松浦 陽子

 仁清と言えば江戸前期の陶工、野々村仁清。国宝の色絵藤花茶壺で知られています。改めてネットをみると、丹波国桑田郡野々村の生れ。瀬戸などで修行の後、天保年間に仁和寺の門前に御室窯を開いたとあります。本名が清右衛門ということで、仁和寺と清右衛門から仁清と名乗ったとか。香合は香料を入れる容器。「色絵おしどり香合」など多くの作品を遺しておられるようです。残暑なお厳しき頃でありましょう。偉大なる先人の作品に触れつつ日本の文化に思いを馳せる……。〈秋涼し〉が実感です。

ガンダムの胸よりミスト天高し      瀬崎こまち

 テレビに「機動戦士ガンダム」が登場したのは昭和時代。あの特異な形のロボットは人が操縦する兵器であるとか。漫画やプラモデルなどでも子たちの人気を博しました。そんなガンダムの像がどこかに設置されているのでしょうね。厳しい暑さ対策として、胸からミストを吹きだしている……。ガンダムとミストとの配合が楽しい作品です。

原爆忌おこり地蔵といふ地蔵       木原 圭子

 NHKで松山のお寺でおこり地蔵の供養祭が執行されたという報道がありました。広島で被爆し、顔が仁王像のように怒った表情に変わった地蔵を寺に安置したということです。調べますと松山市の龍仙院という寺院で、絵本の「おこりじぞう」のモチーフになった地蔵ということです。悲惨な歴史を形で遺す、平和のためにも大切なことですね。

米寿なる我が誕辰の広島忌        浜野 明美

 ご自身の誕生日の作品。八月六日は原爆忌であり、わが誕生日でもあるという複雑な心境を淡々と詠まれました。これからも健康に留意して健やかにお詠み下さい。

状差しは娘の遺作七夜月         阿山 順子

 ご息女を亡くされたのが、令和三年の初秋。趣味で作られた状差しでしょうか。であるだけに、季語〈七夜月〉が様々な思いを醸し出してくれます。

狩場決め網張りそむる女郎蜘蛛      越智 勝利

 考えてみますと、蜘蛛が巣を張るにしても、どこが良いかなどと考えてのことでしょうね。〈狩場決め〉という把握は、今までも蜘蛛の作品にはなかった異色の把握です。

病む兄に最期の握手夏の夕        米田 幸子

 最期と表記しますと意味は臨終に特定されます。最近は臨終には間に合わなかった……という話を聞くことが多いのですが、作者は握手をしてのお別れ。辛いことは辛いのですが、せめてもの安らぎですね。

墓石に身じろぎもせぬ銀やんま      浅川 悦子

 故浅川副主宰の墓碑でありましょう。〈銀やんま〉を正さんの化身かとも見たのでしょうね。「俳句史研究30号」が発行されましたが、在りし日のあれこれを偲びました。

足腰の弱り叶はぬ墓参          村井 安子

 朝妻もいまはまさに足腰の弱っている最中。九月二二日に「半夜」の谷下一玄先生の通夜が執り行われたのですが、やっとの思いで参列することが出来ました。

子ら去んで戻る静けさ盆の月       松井 信弘

 盆休み。子たちにしても作者にしても久し振りということで賑やかに過ごされたのでしょうね。それにしても帰ったあとの静けさ。賑やかさも静けさも良いものです。

新涼や風に鳴りゐる樟大樹        徳山八重子

 秋口となりますと特に落葉樹の葉の柔らかさが消え、場合によっては少し色付いてきます。硬くなった分だけ風に鳴る音も大きくなるようです。これも新涼の一景ですね。

広島に八十年の夾竹桃          田中せつ子

 原爆投下後、数十年間は草木も生えないと言われた広島にいち早く花を咲かせたのが夾竹桃。その生命力は広島の皆さんに生きる希望と復興への力を与えてくれました。今も広島市の花として真っ赤な花をみせてくれます。

満ち欠けをせぬ太陽や蟬しぐれ      新倉 眞理

 月は日常的に満ち欠けをみせるのに、太陽はいつもぎらぎら……。暑さに耐えつつ、「太陽も満ち欠けしてくれたらいいのに……」と感じたのでしょうね。納得です。

上弦の舟かかりたり星今宵        松本 英乃

 今年は八月三十日が旧暦七月七日でした。この日は日が沈むと半月が南の空に現れます。月の東方向は暗いので、特に子どもたちが星を見るには最適。空の七日月はあたかも舟のよう。〈上弦の舟〉という把握が独自です。

眠りから見はなされたる夜長かな     松山美眞子

 特に変わったこともないのに中々寝付けないという夜があるものです。目をつむって眠さを待つしかないのですが……。〈見はなされたる〉、そんな夜にぴったりの把握です。

母と子の話静けき夕端居         水谷 道子

 お孫さんとその母との会話でありましょう。並んで夕涼みをしながら、学校であったことなどを話している母子。夕端居にふさわしい情景です。

見て見てと子が持ちきたる蟬の殻     三原 満江

 お孫さんでしょうね。見慣れないものを見つけて恐る恐る手に取ってみたのでしょう。何だろうと思って「お婆ちゃん!これなあに?」。幼いころの微笑ましい一コマです。

ひとり守る樺火しづけく灰となる     渡部 芋丸

 樺火は迎え火。キャンプでは乾燥した白樺の樹皮を着火に使ったものです。着火性能が優れているのでしょうね。

取り込めば処暑のにほひの濯ぎ物     宇野 晴美

 実際の処暑は暑さのピーク。〈処暑のにほひ〉、言い換えますと太陽の匂、暑さの匂でしょうね。

覚悟して列に付きたり鰻の日       榎原 洋子

 鰻屋さんの列でしょうね。作者のお住まいは大阪市福島。阪神野田駅の近くに「川繁」というとんでもなく美味しい鰻屋さんがあります。鰻の日は混み合いすぎて営業を控えているようですので、鰻の日の前日あたりでしょうね。

緋目高に大声上ぐる二歳半        片上 節子

 緋目高は目高の突然変異種。美しく可愛らしいので水槽でもよく飼われます。二歳半のお子、初めてみたのでしょうね。「おばあちゃん、見て見て!」などと大きな声を上げました。作者にとってはまたとない句材です。

おにぎらず作る小五の夏休み       五味 和代

 〈おにぎらず〉は、お握りのように握るのではなく、海苔の上に飯と具材を乗せて包むだけ。平成の初めころから登場しました。それにしてもおにぎらず、いい命名ですね。

からうじて嘉永と読める墓洗ふ      髙松美智子

 嘉永は江戸後期の年号。かろうじてということはそれだけ長く風雨にさらされてきたということでしょうね。私の実家では明和とある墓碑がありますが、いまは寄せ墓として墓地の隅に放置状態です。



 ~以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から~

連日の危なき気温処暑過ぎぬ       長浜 保夫
盆唄を乗せて夜風の吹ききたり      中村 克久
地蔵盆子も年寄もいたはられ       人見 洋子
威勢よきどんどこ舟や川煌々       穂積 鈴女
秋雨やマントも残す斜陽館        松本 葉子
新涼や魚影の走る吉野川         宮田かず子
湯の里のあぢさゐの道そぞろ行く     山内 英子
日焼の子伸びていよいよ逞しき      渡邊 房子
星屑のごとき小貝や秋立ちぬ       青木 豊江
夕時になりてやうやう蟬の声       伊藤  葉
早起きの褒美の如し草雲雀        上和田玲子
炎帝にむかひ立ちこぐ男の子かな     大澤 朝子
物言へば主語が抜けたり秋の風      太田美代子
吾子になきこれからてふ日秋に入る    糟谷 倫子
厄除けの粽の掛かる湖の宿        北田 啓子
はんざきや土産物屋の裏の淵       小薮 艶子
言ひきかすかに鳴く別れ烏かな      斎藤 摂子
朝明けの蒜山三座涼新た         関口 ふじ
夏落葉払ひて退けて杣暮し        髙橋美智子
暁闇に白く揺れゐる曼荼羅華       高橋 佳子
梶の葉に我が名を記し古人ぶる      竹村とく子