青葉集選後所感           朝妻 力

 

諏訪なれや木落し坂の草茂る       越智千代子

 諏訪ですので木落し坂は御柱祭最大の難所であり見どころでもあるあの急坂でありましょう。斜度三十五度、長さ百メートルの坂を長さ十七メートルと言う御柱が一気に下り降ります。柱には氏子たちが跨がっていますが、殆どの人は振り落とされ……。坂の対岸にある観覧場所から見たことがありますが、もはや壮大などとは言えないトンでもないイベントでした。寅年と申年いうことで今年は無かったのですが、坂に立って神事に思いを馳せる作者。
 今月号の談話室に隠岐の黒曜石について書きました。これは出雲の力の源泉。実は諏訪もまた黒曜石の産地でした。これが諏訪の力の源泉だったのでしょうね。稲佐の浜での国譲りでは大国主命の子の兄は譲ることに同意しますが、弟である建御名方(たけみなかた)は反対して戦いとなり、結局敗北して諏訪に逃げこんだとあります。出雲と諏訪、この辺も興味深いところです。

たましひは流線型か南吹く        新倉 眞理

 照葉集選後所感で三澤さんの〈蜘蛛の囲や大丈夫など無き暮し〉という主観俳句を取り上げました。掲句も典型的な主観俳句。〈たましひは流線型か〉という措辞が、なぜこんなことを思いつくのだろう……などと読者を引き寄せてくれます。風に揺れる木々を見やっての作品でしょうか。

眉少し細くととのへ夏に入る       青木 豊江

 眉を少し細めにする。いかにも涼しそうですね。と同時に見た目も良い……。女性らしい一句です。

野の宮にひちりき響く竹の秋       穂積 鈴女

 嵯峨野の野宮神社でしょうね。皇女が斎宮になるさい、潔斎のために一年間籠もった宮。『源氏物語』でも知られます。この時期ですと五月の神幸祭か還幸祭。平安絵巻を今に伝えてくれます。

遠景は南アルプス田水張る        松本 英乃

 東、甲府の方向からでしょうか、それとも西、駒ヶ根の方からの眺望でしょうか。東西に延びる南アルプスと日本の原風景でもある水田。景観と人々の生活がマッチした光景です。

白牡丹清楚とも又あやしとも       浜野 明美

 詠もうとしている対象をどのように見るか、対象がどんな印象を与えてくれるかは作品の出来の分れ目。掲句、〈清楚とも〉はとても素直な把握ですが、〈あやしとも〉と感じたことで一句が成立しました。

女紅場の跡と石碑や風青し        上和田玲子

 女紅場が初見でしたので調べてみると、女性の仕事場、裁縫などの手仕事を教えるために設けられた女学校とありました。女紅場跡をネットでみますと九条家河原町別邸内に設けられた、女子に高等教育を施す学校とのこと。男性優位の世にあって、女性への教育も始まったのですね。

小満や母はほどなく百一賀        金子 良子

 句会などでも七割が母もの俳句である作者。母君を大切に思っていることがわかります。今回は〈百一賀〉。調べますと百一歳を祝うことで、百二賀・百三賀と続いていくようです。これからも孝行を重ねて下さい。

早苗田に歌垣山の風さやぐ        松本すみえ

 筑波山か奈良の海柘榴市(つばいち)かと思いましたが、調べてみますと大阪・能勢に同名の山があることが分かりました。山に囲まれた早苗田、気持良い風でしょうね。

雨止んで色重ねゆく山若葉        土屋 順子

 はじめは黄緑色などだった山もやがて緑を濃くしてゆきます。色々な木々の若葉が夫々の色を見せながら……。〈色重ねゆく〉がいい把握です。

葉桜や皺うつくしき行商女        渡部 芋丸

 行商女、言い換え対象用語すれすれという感じの言葉ですが〈皺うつくしき〉と讃えておられることもあり、不自然さはありません。緑蔭で一休みという場面でしょうか。

引つ越して更地となりぬ春深し      渡邊 房子

 長年住み慣れた屋敷を手放し、マンションに越されたようです。親族何軒かで住まわれていた屋敷が更地になって……。〈春深し〉に思いがこもります。

頼らるる事が幸せさくらんぼ       五味 和代

 ご主人でありましょうか。それともお子たちかも知れません。頼られると自分の存在価値を思いますよね。さらりとおいた〈さくらんぼ〉が見事。

春深し乳牛と聞くモーツァルト      関口 ふじ

 場面は牛舎。良い乳を得るために、牛たちに音楽を聴かせる。リラックスする効果やストレスを軽減してくれるのだとか。特にクラシックや女性ボーカルが良いそうです。

まづ麦酒次いで茅台呷りけり       髙木 哲也

 茅台(まおたい)は茅台酒。長年貿易関係の仕事をしておられるだけに、各国の酒に馴染が深いのでしょうね。さすがに茅台酒は飲んだ記憶がありません。

娑婆堂をゆるりと発ちぬ練供養      髙松美智子

 当麻寺の練供養。本堂(曼陀羅堂)西の娑婆堂に僧侶が集まり、来迎を迎える中将姫を囲んで経を読みます。そして曼陀羅堂に向かって練供養。厳かで神秘的な光景ですね。

咲き満つる未央柳の長き蕊        德山八重子

 未央柳は金糸梅によく似た花を咲かせます。最も目立つのは蕊の長さ。その名のように美人に見えます

一夜さに二本となりぬ銀竜草       野添 優子

 銀竜草は一名幽霊草。幽霊茸とも言われるように、茸の仲間です。成長する場面は見たことがありませんが、一晩でイッパシの茸になるのですね。よく見つけました。

約束を果せるごとく春の虹        野村 絢子

 ノアの箱舟を思わせてくれる作品。神と地上の生き物との間の永遠の契約の印である……というものですね。美しくかかった虹に咄嗟にそんなことを思ったのでしょう。

蝶の昼ケアマネさんの自転車来      人見 洋子

 要介護者の話に耳を傾け、ケアプランを立案し関係機関との調整を図るなどのケアマネ。蝶が軽やかに飛んでくるようです。

亀の手を酒の肴に星涼し         松本 葉子

 亀貝の亀の手。磯辺にびっしりと付着しています。食用になるか調べてみますと結構イケるらしいですね。

六甲に朱夏の山水掬ひけり        宮田かず子

 田植のあと、早苗饗で温泉を訪れたのでしょうか。軽い疲れの残っている時期、山の清水が気持良く感じられます。

記事となる十七文字や風光る       越智 勝利

 ご自分の作品が新聞に掲載され、紹介されたのでしょうね。俳誌でみるのと違ったうれしさや感想があるものです。



 ~以下、選評を書けなかった作品、当月抄候補作品から~

夫に聞く筍飯の出来ぐあひ        糟谷 倫子
天近く四継獅子舞ふ春祭         片上 節子
助つ人は外つ国の人田を植うる      鎌田 利弘
境内の藤匂ひ立つ雨余の午下       北田 啓子
夢に見し母の小言や花茨        コダマヒデキ
隅楼の鳳凰きらら夏日影         寿栄松富美
もののふも挿頭草付け待機せり      瀬崎こまち
園児らの手形鱗に鯉幟          高橋 佳子
魚島時の室津の浜の人出かな       竹内美登里
青苔に飛石の照る西明寺         竹村とく子
各国の言葉で鹿の子呼ばれをり      中尾 光子
短めに理髪を頼む立夏かな        中村 克久
側転を教へあふ子ら若葉風        松井 信弘
二十四の瞳の里や春の潮         光本 弥観
病む母に見よと神輿の迫り来る      三原 満江
頭下げせんべいねだる夏の鹿       村井 安子
鳥帰る年度始めの手帳買ふ        山内 英子
亡き人の庭に今年もリラの花       山下 之久
ネモフィラの丘陵ひろし春の風      米田 幸子
陽の中をゆつくり舞へる竹落葉      浅川 悦子
父の里の火の見櫓や草の王        伊藤  葉
山若葉折々に鳴く相思鳥         乾  厚子
和清の天母の絵筆が動き出す       植田 耕士
山帰来で挟みし母の柏餅         遠藤  玲