◆課題俳句◆     岡田万壽美 選


課題  清水・真清水・山清水・岩清水・底清水・苔清水・磯清水・門清水・家清水・庭清水・浅清水・涸清水    寺清水・草清水・清水陰・清水堰く・清水汲む・清水掬ぶ・清水茶屋
 地中から湧き出る清らかに澄んだ水。「凍水(しみず)」が語源か。泉に対し、清水は水の清冽(せいれつ)さに重きを置いた言葉である。農家や市井の家の生活用水として用いられたり、通りかかる人の渇きを癒やすために用いられることもある。           (清水青風) 

             新版角川俳句大歳時記より

石工の鑿冷やしたる清水かな       蕪   村
絶壁に眉つけてのむ清水かな       松根東洋城
清水のむかたはら地図を拡げをり     高野 素十
白神のいのちの清水はらわたに      成田 千空
厠にも清水ながるる坊泊り        鷹羽 狩行
真清水の音のあはれを汲みて去る     黒田 杏子
父と子の水筒満たす山清水        山崎ひさを
山清水この上にもう家無きと       澤  好摩



特 選

真清水の底ひに小指触れにけり      河原 まき

 一読、平明に清水を飲もうと浸けた手の小指が底に触れた。それほどの深さしかない清水だったと詠んだ。けれど、その〈小指〉を思ったとき、触れた〈真清水の底ひ〉は、数十年、もしくは、それ以上前に降った雨や雪が時を経て湧いてくる〈底ひ〉だと。永い時間と大きな自然の営みを感じている〈小指〉だと思う。〈けり〉がその思いを強くする。〈真清水〉が動かない。真は、上五の五音のための真ではあるかも知れないが、この句においては、無くてはならない〈真〉であると思う。〈真清水〉だからこその一句!

ひれふして啜る寺領の山清水       小澤  巌

 〈ひれふして〉が強い。え、どういう場面?少し大げさではない?と思った。それくらいの態勢でないと飲めない〈山清水〉が湧く寺領があるのでしょう。凄いな。〈山清水〉という季語に最大限の敬意をもって対した一句ではないかと思いました。自分の行動、事実をほいと詠んだ句のようで、作者の生き方や俳句に対する心持をも感じさせてくれる句ではないでしょうか。

西行も翁も我も清水汲む         角野 京子

 なかなかに剛毅な句ですよね!西行さんと芭蕉さんと自分を一句に詠みました。やるな♪西行庵の近くの「とくとくと落つる岩間の苔清水汲みほすまでもなき住居かな 西行」芭蕉さんも二度ほど訪ねたと言われる、この苔清水を飲んだ作者の感慨です。偉大な先人二人の志が「清水」を汲むことで、八百年余の時を経ても、詩歌に触れて暮らす作者の今に繋がっていると感じさせてくれる心躍る一句。

真清水に一本立てて岨をゆく       浅川加代子

 なんて真っ直ぐで強い句でしょう。〈一本立てて〉に?で、聞いたことある気がするけれど……でした。「登山中に休憩を取ること。昔、剛力が荷運びの途中で休憩をとるとき、杖に使っている棒を背負子の下に立てて休んだ。剛力の運ぶ荷物は重さが数十キロもあるため、荷は一度地面に下ろすと再び背負って立ち上がるのがかなり困難となる。そのため荷は下ろさず立ったままの姿勢で杖を背負子の下に立てて休んだ。ここからきている言葉」だそうです。ほぉ~なんか、格好いい!〈岨をゆく〉のきりっと具合がまた中七に呼応して格好良さ倍増!登山者とこの句を支えているのが〈真清水〉です。季語の強さが発揮されていますね。
上五、中七、下五のどれも強いのにバランスが絶妙です。

青き香を羅臼直下の草清水        杉浦 正夫

 一読したときに〈青き香を〉の〈を〉は、「の」の方が、すんなり読めて〈草清水〉に焦点が絞れるんじゃないのと思いました。〈羅臼直下の〉に強く惹かれたのもあり、何度も読み返して……さあ、青き香を飲もうぞ!羅臼岳の恵みの草清水であるのだからと動詞「飲む」を省略した形として読んでいる自分に気付きました。〈を〉としたことで、雄大な光景に作者が登場します。〈草清水〉に辿りついた喜びが感じられ、〈羅臼直下〉が活きる一句になったと思います。

きららかや日照雨の届く底清水      川口 恭子

 〈底清水〉という季語に挑戦した一句ですね。現実に〈日照雨〉が清水の底まで届くかはわかりません。けれど、〈日照雨〉の雨粒が水面に跳ねて煌めく光と影は届いたと思います。〈きららかや〉にその様に心が浮き立つ作者が見え、掬った清水の煌めきが目に浮かびました。




入 選

底清水小さき渦にちさき泡        小林伊久子
あしゆびの象牙めきたる清水かな     志々見久美
とつときの地酒を冷ます門清水      田中 愛子
缶詰と飯盒めしと山清水         宮永 順子
看板に発破予告や山清水         糟谷 倫子
この石を誰も踏まへて岩清水       宇利 和代
叔母訪へば甕にあふるる山清水      青木 豊江
湖の底を渦たて清水湧く         中尾 礼子
岩清水過疎の荒地は孫の代        廣田 静子
筧より一筋縷々と石清水         吉村 征子
山清水盛り上がり湧く針江かな      櫻井眞砂子
屋久杉の十畳の洞清水湧く        島津 康弘
裏山の清水を引きて方便とす       福長 まり
水筒に妻へみやげの山清水        佐々木一夫
鳥獣の集まれる夜の清水かな       酒井多加子
岩清水絶ゆることなき供華かな      小山 禎子
滾々と阿蘇伏流の岩清水         住田うしほ
鳥辺野に落とす三筋の寺清水       宇野 晴美
渾々と居醒の清水底知れず        藤田 壽穂
錆多き説明板や岩清水          光本 弥観
新しき竹の柄杓や寺清水         上和田玲子
謂れある清水のそばに石地蔵       中野 尚志
山清水両手で受けて一息に        板倉 年江
継桜王子の下に清水汲む         伊津野 均
山清水守る不動の眼鋭し         奥野 雅應
木々の間の日の斑がゆるる苔清水     乾  厚子
オショロコマ遊ばす瑠璃の清水陰     野添 優子
山道に苔の鮮やぐ石清水         髙木 哲也
苔清水父の背中のまだ強し        星私 虎亮
神域をほそく貫く清水かな        渡部 芋丸
新しき楼門に湧く清水かな        岡山 裕美
玄海灘に近き峠の清水汲む        瀧下しげり
隠棲の女院の寺の山清水         北田 啓子
山清水子らに譲りて後につく       遠藤  玲
杣谷の朴の葉に及む山清水        中尾 光子
宮掃除終へて染井の清水汲む       平井 紀夫
願かけつつ掬ぶ鎮守の清水かな      福島 秀行
汲み来たる清水で酒を割りにけり     松井 春雄
去り際にもう一掬の岩清水        浜野 明美



佳 作

寺清水いつしか里を流れゆく       井手 公子
清水湧く嵐気ただよふ静けさに      横田  恵
弘法の清水てふ湧く堂宇かな       伊藤 月江
千年の清水湧き継ぐ三諸山        中谷恵美子
安らかに鯉集ひたる清水かな       加納 聡子
小魚の軽く光れる草清水         うすい明笛
富士山の清水に跳ぬる真鯉かな      木村てる代
社家町の昼を静かに庭清水        冨安トシ子
空海も掬ひしといふ寺清水        浅川 悦子
明王の火焔を伝ふ岩清水         香椎みつゑ
暗がりに涌く岩清水つべたまし      小見 千穂
コーヒーのための清水を汲む夜明け    窪田 季男
清水汲む山ふところの札所道       中尾 謙三
水滴のじわりぽとりと苔清水       太田美代子
み吉野の清水に想ふ永きとき       大野 照幸
順番を待ちて手に汲む石清水       金子 良子
磨崖仏清水に御身洗はれて       コダマヒデキ
大木の根に湧く清水掬ひけり       斎藤 摂子
校庭に清水流るる小学校         藤原 俊朗
どなたでもと書ける立札門清水      三原 満江
岩肌は乳房のごとし清水のむ       高橋 佳子
ひもすがら砂舞はしむる底清水      溝田 又男
不動尊祀り滝めく山清水         谷野由紀子
富士マリモの生息の危機底清水      鎌田 利弘
吉野山手窪に掬ふ苔清水         土屋 順子
道標の褪せたる文字や岩清水       吉沢ふう子
岩清水の幽き音に足を止む        長尾眞知子
御清水や越前大野まち巡り        林  雅彦
緑濃き筧零るる山清水          福原 正司
旨きこと疑はぬ義母山清水        野村 絢子
苔清水山城跡の野面積          長岡 静子
きらめきも音もすがしき山清水      穂積 鈴女
四万十の源流といふ山清水        松本 英乃
西行庵の道の辺に湧く苔清水       水谷 道子
真清水を汲む掌に光さす         岩橋 俊郎
神在す山の清水を手ですくふ       布谷 仁美
寺の名の由来の清水汲みにけり      原  茂美
山路来て両手で掬ふ岩清水        武田 風雲
謂れ聞く村に一つの山清水        西岡みきを
水神の祠を祀る苔清水          春名あけみ
子等揃ひ腹這ひで飲む清水かな      深川 隆正
山の神御座す清水を汲みにけり      船木小夜美
一村を護る観音岩清水          渡邉眞知子
真清水や美郷六郷湧水群         北村 峰月
真清水に砂糖を加へ馳走とす       五味 和代
今も尚清水汲みゆく峠ぐち        杉村 好子
山清水と竈で炊ぎ塩むすび        関口 ふじ
やうやうに辿り着き汲む岩清水      瀬崎こまち
利尻富士へ登る途中の清水汲む      中田美智子
湯加減に山の清水を入るる宿       中村 克久
真清水を光とともに掬ひけり       新倉 眞理
長命水てふ神域の清水汲む        松本すみえ
不動明王おはす古刹や岩清水       児島 昌子
岩清水コップ置きゐる行者道       佐々木慶子
直売の野菜置きたる庭清水        大澤 朝子
押し戴くやうに清水に口をつく      岡田 寛子
母と行きし山の畑に岩清水        人見 洋子
清水涌く山の麓をもとほりて       村井 安子
山の気ののど通りゆく清水かな      榎原 洋子
山小屋の桶に清水のおもてなし      寺岡 青甫
木洩れ日の小さき祠や山清水       村川美智子
地蔵堂横三筋の清水流れ落つ       渡邊 房子
つぎつぎと清水を汲みぬ山仲間      今村 雅史
絶え間なく苔岩つたふ清水かな      大塚 章子
山裾の田畑にそそぐ清水かな       原田千寿子
今もなほ庵近くの苔清水         播广 義春
山路きて全身しむる岩清水        冨士原康子
山路来てペツトボトルに清水汲む     小薮 艶子
裏山の清水の垂るる鯉の池        竹村とく子
鞍馬山天狗ゆかりの山清水        田中 幸子
苔踏みてペットボトルに岩清水      松本 葉子
放哉を訪ねて出会ふ庭清水        山内 英子
先人の備へしコップ岩清水        山下 之久
今も出る離宮の清水米を研ぐ       奥本 七朗
橋の下清水流るる宇治の里        河井 浩志
岩清水こぼるる音のゆるやかさ      川尻 節子
峠越へやうやく出会ふ清水かな      山﨑 尚子
清水もて顔を洗へる登山口        大木雄二郎
水筒に鳥海山の清水くむ         田中せつ子
岩清水に憩ふひととき憂さ忘る      髙松眞知子
静やかに音重ねゆく岩清水        今村美智子
一筋の清水に憩ふ沢の道         田中よりこ
眼閉ぢしばし瞑想岩清水         三澤 福泉
裏山の清水汲みゐる二人かな       宮田かず子
滴れる手水の水や山清水         妹尾ひとみ
しづかなり山に流るる清水かな      平本  文
奥院の胸にしみゐる苔清水        山本 創一
岩清水しずくに石仏濡れ給ふ       米田 幸子
山肌に添ひたる岩の苔清水        倉瀬 瑛子
石鎚の頂に湧く清水汲む         髙橋美智子
山路来て飲める清水のキリマンジャロ   田中まさ惠
岩清水皆で見にゆき皆笑顔        近藤登美子
山清水の美味コーヒーに包まるる     越智千代子
額から押しつけていく岩清水       長浜 保夫
苔清水を一口含み西行庵へ        平橋 道子
これからの定めに任せ岩清水       越智 勝利
谷川の清水の音やいと清し        竹中 敏子
山清水首手拭ひの沁み冷ゆる       行竹 公子
山清水木の根伝ひや木の祠        片上 節子
登山道それて寄り道岩清水        木原 圭子
山登り清水で友と憩ひけり        髙橋 保博




次回課題
・日暮・茅蜩・かなかな・寒蟬

締  切  9月末日
巻末の投句用紙又はメールで、二句迄。編集室宛
メール touku-kumonomine@energy.ocn.ne.jp