常葉・照葉集前々月号鑑賞      三代川次郎


牡丹粗朶燠となりても香ばしき      小澤  巖

 牡丹焚火は毎年十一月に福島県の須賀川牡丹園で行われる牡丹の古木や折れた木を供養する行事。季語となったのは比較的新しく昭和五三年の事です。牡丹粗朶はその副季語の一つとして採録されています。闇の中に焚火からかすかな香りを漂わせながら青紫色の炎の姿は幻想的な雰囲気を醸し出します。掲句は勢いの良かった炎が静まり燠となったものからもほのかな香りがしているという発見。中七の「も」の措辞が効果的につかわれていると感じます。

大漁旗に成人祭の女の子の名       酒井多加子

 女性活躍推進法が制定されて足掛け十年。この間女性が活躍する場が広がってきました。その中で、漁業はいわゆる「3k=きつい、汚い、危険」と呼ばれ「男の仕事」というイメージで中々女性の進出が難しかったようですが、最近は女性も増えてきて、その割合は乗組員の15%ほどになっているとのデータもあります。掲句の大漁旗は単にお祝物として女性の名前が染め抜かれているのでしょうか。実際に大漁旗に染め抜かれた名前の女性が乗り組んでいてそれが潮風になびいているのであれば素敵な景色ですね。

音もなく魚に近づく残り鷺        大塚 章子

 一般的に白鷺と呼ばれているのはコサギ、チュウサギ、チュウダイサギ、オオダイサギ。そのうち渡り鳥はオオダイサギだけです。掲句の残り鷺はそれ。春の残り鷺が抜き足、差し足で餌を求めて歩いている姿をスナップしました。

灯の暗き廊下に潜む寒さかな       伊藤 月江

 私の子どもの頃の家の廊下の電気は暗かった記憶があります。居間などは百ワットの電球がついていましたが廊下はせいぜい四十ワットぐらいだったでしょうか。この句を読んで、子どもの頃の家の中廊下の薄暗さと冬の廊下の板敷の冷たさを思い出しました。中七の措辞に惹かれました。

迎春を告げゐる手話の指弾む       伊藤たいら

 聴覚に障害のある方々のコミュニケーション手段で代表的なものには口話(相手の唇を読んで言っていることを理解することや聞こえないなりに声を出して口形を模倣して発音をすること)、と手話による会話があります。掲句は後者の手話による会話。新年のあいさつをしているのでしょうか。大きな手振りで会話をしている姿を〈指弾む〉という言葉で表現しました。新年のあいさつらしい一句です。

読初や栞代りの箸袋           板倉 年江

 私の年末のお約束事に正月から読み始める本を本屋で探すということがあります。大体二日になってからその本を読みだすということがここ十年ばかり続いています。作者の〈読初〉の本は何だったのでしょうか。栞代りに箸袋が挟んであるというところがこの句の眼目ですね。

五百羅漢五百の淑気湛へたり       冨士原康子

 五百羅漢はお釈迦様に従った五百人の弟子たちのことでお釈迦さまが亡くなった後、お経を編集する会議に集まったメンバーともいわれています。五百羅漢信仰は中国で始まり日本に伝来しました。掲句は鎌倉の建長寺の五百羅漢でしょうか。建長寺の五百羅漢は三門の上層の内部に安置されていて、それを潜ることで煩悩を払い、お参りするという意味があるようです。五百の淑気という把握に惹かれました。

庭に来て屢鳴く鳥も松の内        谷野由紀子

 正月、めでたさを感じるものは人それぞれ。作者は庭に来ている鳥の声に淑気を感じている様です。私の身の回りの冬の鳥声は鵯。正月も鵯の声で目覚めました。この句で〈屢鳴く〉という言葉を初めて知りましたが、この鳥は何でしょうか。きっと作者のお住まいの辺りは色々な種類の鳥が訪れることでしょう。しきりになく鳥声が作者には正月を寿ぐ声に聞こえたのかもしれません。

初詣母の遺愛の帯締めて         小山 禎子

 洋服は流行のサイクルが目まぐるしくデザインなども直ぐに古びてしまいます。それに比べて和服は流行り廃りがありません。私の妻も母、時々義母の着物を着ています。掲句、お母様の帯を締めての初詣。作者の気持はお母さまと連れ立っての初詣だったのでしょう。

はけに湧く水音親し冬すみれ       窪田 季男

 〈はけ〉は丘陵や山地の片岸のこと。この言葉が有名になったのは大岡昇平の小説『武蔵野夫人』と言われています。この小説は国分寺崖線の周辺を舞台として話が展開し、主人公は「はけの家」に住んでいます。この国分寺崖線沿いに通称はけの道が通り、湧水が多く澄んだ流れが続いています。その道沿いに小さなすみれを見つけたのでしょう。

七種粥賜ばり神馬にまみえけり      播广 義春

 掲句、一月七日に京都の上賀茂神社で行なわれる白馬奏覧神事での一句。この神事は年始に白馬(あおうま)を見ると一年の邪気を祓って健康に過ごせるという宮中儀式・白馬節会(あおうまのせちえ)を起源としています。このときには七草粥(若菜粥)を供え、神馬を曳いて大豆を与える御馬飼の儀が行われ、併せて参拝者には七草粥のふるまいが行われます。作者は神事を見学し温かい七草粥をいただきました。

初富士や沖へ伸びたる潮の帯       春名あけみ

 潮目は、海で速さの違う潮の流れがぶつかり合う場所で、それが帯のように見えているところ。掲句、伊豆あたりの景でしょうか。凪いだような伊豆の海と初富士。明るい穏やかな新年の景色が目に浮かびます。